51.幼い女神の社員旅行


 『ブイブイゲームス』の第三作目は、ウルの出身世界を題材にした異世界双六ゲーム。実在する異世界を舞台とするならば、当然ながら入念な取材は欠かせません。会社のお金を使って、取材名目で豪遊旅行をしようなんてつもりは決して……まあ、なくはないかもしれませんが。



「じゃあ、留守番組のみんなは精々頑張って労働に励んで下さいね」


「くっそぅ、なんでジャンケン負けちゃったかなぁ自分!」



 とはいえ、流石に社員総出で出かけるわけにはいきません。

 現行の『ダンジョンワールド』や『ふぇありぃ王国』の保守管理の仕事もありますし、取材旅行は何班かに分かれて一グループずつ順番で行くことになっています。

 サーバー管理などを要する通常のゲーム開発に比べると『ゲームの世界に入れるゲーム』は色々な融通が利くのは確かなのですが、一般ユーザーからの意見メールや関連会社への対応などについては旧来の仕組みとそう変わりません。結局は人間が地道にやらないといけない部分はあるのです。



『じゃあ、我。みんなのお世話をお願いするの』


『ちゃんと分かってるのよ、我。こっちの我にドーンと任せておけばいいの!』



 保守管理というならば他の誰よりウルの働きが重要になるわけですが、そこについては何も問題ありません。神の権能によってゲーム世界の運営をするウルと、地元に帰って会社の皆と豪遊するウルが二柱いれば、どちらの役割も恙無つつがなく遂行することができるでしょう。

 これについては、そもそも何故異世界の神であるウルが呑気に日本で遊び暮らしていられるのかという根本の部分にも関わるのですが、何ということはありません。単純に、思考や記憶をリアルタイムで共有できる複数の『自分』を、必要な数だけ増やしているだけなのです。



「やっぱ何度見ても驚くなぁ、ウルちゃん様のリアル分身の術」


「仕事しながら遊びに行けるとか羨ましすぎる」


『ふっふっふ、もっと褒めてもいいのよ?』



 これはウルに限らず彼女の姉妹神も同様なのですが、このように『自分』の数を増やせるおかげで世界各地の神殿全てに常駐することができますし、同時に地球や様々な異世界で仕事や遊びをすることもできるのです。

 まあ可能だからといって必ずしもそうするとは限りませんし、いくら神でも面倒くさいことはなるべく避けたいと感じるのは人間と大差ないわけですが。



『ずっと地元にいるほうの我が神官の人にお願いしておいたから、向こうでの交通の足とか泊まる場所については全部バッチリなのよ。それから知り合いの王様とか皇帝の人に聞いたら、普通なら見学できないお城の中とかも見せてもらえるって言ってたの』


「いやぁ、すごいなゴッド権力」


「権力の甘い蜜ってこんな味かぁ」


「ていうか、ウルちゃん様のコネがすげぇ~」



 これは厳密には神としての能力というわけではありませんが、なにしろウルは神様なわけですから、神殿の神官に一声かければ大抵のワガママは通りますし各国の為政者とも顔馴染み。今回の社員旅行に当たって、スムーズに取材が進むよう関係各所に対して事前に話を通しておいたようです。


 生命の創造を得意とするウルは、地元では豊穣神として広く信仰されています。

 食料生産や土地の豊かさは国力に直結する要素ですし、彼女の世話になっていない国は一つとしてありません。ちょっと見学の便宜を図るくらいでウルの心象が良くなるのなら、どんなに気難しい権力者でも喜んで首を縦に振ることでしょう。



『おっと、そろそろ行かないとそろそろバスの時間なのよ』


「俺、界港って行くの初めてだわ。成田のすぐ近くだっけ?」


「羽田じゃなかった? まあ、バスに乗りさえすれば問題なく着くっしょ」



 ちなみに『界港』とは空港の異世界版みたいな施設です。

 通常の海外旅行と同じようにパスポートを見せたり、荷物の検査や両替をしたり、機能面においても空港とあまり変わりません。施設内の土産店で『東京ばな奈』や『白い恋人』など日本各地の名物が置いてあるところまで同じです。

 新宿や品川など都内の大きい駅のバスターミナルから直行便も出ているので、界港の場所が分からなくて迷子になる心配はまずないでしょう。



『それじゃあ、行ってくるの! お土産、楽しみに待っててね』



 と、そんなこんなで『ブイブイゲームス』御一行様は、真面目な取材旅行のため異世界へと旅立ったのでありました。


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幼い女神の迷宮遊戯 悠戯 @yu-gi

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