50.幼い女神の曇りなき情熱


 回転寿司のレーンから新作ゲームのヒントを掴んだらしいウル。翌月曜日、彼女は早速『ブイブイゲームス』のスタッフ達に、自慢のアイデアを発表しました。



『ズバリ、双六すごろくなの!』



 お寿司が流れてくるベルトコンベアから着想を得て、決まったマスの上を進む双六ゲームを思いついたのでしょう。ゲーム初心者から上級者まで楽しめて、マス目の種類によってはハラハラドキドキの一発逆転も起こり得る。歴史あるジャンルだけあって、実によく練り込まれたシステムです。



『ふっふっふ、我の素晴らしいアイデアに驚いて、みんな声も出ないくらい驚いてるみたいね』


「うーん、まあ、悪くはないんじゃない?」


「そっすね。まあ、そこそこ面白そうではあるような?」


『あれぇーっ!? なんか思った反応と違うのよ?』



 いえ、別に頭から否定するほど悪いアイデアではありません。

 日本古来から伝わる『双六』や海外においては米国発祥の『モノポリー』など、様々な文化圏で遊ばれてきただけあって根強いファンも数多くいます。古くは紀元前の古代エジプトやローマ帝国の遺跡からも、現代の双六に似たルールで遊ばれていたと推測されるゲーム盤が出土しているのだとか。

 近年においては、コンピュータゲームの発達に伴って、他ジャンルのアナログゲームと同じように電子化。いわゆる『桃鉄』や『人生ゲーム』のように、大きなヒットを生んだタイトルもいくつかあります。



「その手のゲームをリアル化するとなると、止まったマスのイベントをプレイヤーが体感するみたいな感じ? うん、まあ、悪くはないかな」


「実在の色んな地方に行って、そこの名物を食べられるとかね。まあ、それなりに楽しそうなんじゃない?」


『もうっ! みんな、「まあ」が多いのよ! そんなに我のアイデア駄目かしら?』


「いや、だから別に悪いわけじゃあないんですよ。ただまあ、何も決まってない段階で言うのもなんですけど、いまいちパンチが弱いかなって」



 ウルとしてはかなり自信があっただけに、この手ごたえの弱さは予想外。

 異論反論がどんどん出てきたのなら、むしろファイトを燃やして猛然と反撃する気にもなったのでしょうが、これではどうも反論のし甲斐がありません。



「もうテレビのバラエティ番組で似たようなことやってそうというか」


「そういや正月特番とかで見たことあるかも」


『言われてみれば、我もそういうテレビ見たことあるの』



 なにしろ双六というのは太古の昔から存在するゲームなわけで、それを盤上のコマではなく実在の人間で再現しようという発想は、『ゲームの世界に入れるゲーム』の登場以前からあったのです。

 もちろん、ウルが手掛ければリアリティの面で既存のそれとは一線を画したゲームになるでしょうが、新奇性という面でやや弱いのは否めません。



「列車に乗ってあちこち行って、物件を買ったりお金を増やしたり? 悪くはないんだけど、もう一声欲しいっていうのが正直なところかな」


「ターン性での対人対戦がメインとなると、じっくり観光とかグルメを楽しんでたらテンポが悪くなっちゃいそうだよね。他の人のターン中にできることを増やせば対応できなくもなさそうだけど」



 仮に実在の日本列島を舞台にしたゲームを創るとして、実際の観光地巡りをするのと大差ないのでは、わざわざゲームにする意味がありません。

 いっそのこと、とことんまで振り切って現実の温泉地などを事細かに再現した観光地シミュレーターでも創れば需要はあるかもしれませんが、あまりに再現度が高すぎると現実の観光業への営業妨害になってしまいます。流石にそれは避けておくのが無難でしょう。



「日本じゃなくて海外とか、いっそ完全に架空の世界を舞台にするのは?」


「先にプレイヤーの設定がどうなのかを考えたほうが良くない? モノによっては赤ん坊から老人までを爆速で体験したりもするわけだし」


「それ、ゲーム内の操作キャラが若いうちはいいけどさぁ、どんどんすごい勢いで自分がトシ取ってくのは心に来そうだから、プレイヤーの年齢はずっと一定のままのほうが良さそう」



 双六系ゲームに共通の特徴ですが、ゲーム内の時間の流れは基本的にかなり早め。作品によってはワンプレイで、一人の赤ん坊が老人になって亡くなるまでを疑似体験することになるわけです。リアリティを追求するあまり、余計な部分までリアルにしないよう注意する必要がありそうです。



「年齢どうこうって話なら、いっそプレイヤーを不老のエルフって設定にするとか?」


「まあ定番だけどさぁ。そういえば、ウルちゃん様の世界にはエルフっているんですか? やっぱり美形だけどプライド高くて排他的だったり?」


『うん、いるけど我が知ってるエルフはみんな良い人ばっかりなのよ。我と仲の良いお姉さんなんか、よくクマとかイノシシを素手で倒しては神殿までお肉のお裾分けに来てくれるの』


「……なんか、思ってたのとイメージ違うなぁ」


『たしかに我も言ってから思ったけど、それはそのお姉さんが特殊なだけな気が……あれ? 今、なんだか良いアイデアが出かけたような?』



 アイデアというのは、常に分かりやすい形で転がっているとは限らない。しかし経験豊かなクリエイターであれば、その気配には敏感に反応するものです。

 まだ本人にすらどこに引っ掛かりを覚えたのか分からずとも、何故か妙に気にかかる。そんな直感に従って思考を深掘りするところから生まれた名作は数知れません。


 さて、ウルは一体どこからヒットの匂いを感じ取ったのでしょう。



『うーん、うーん……我ってば、どこに引っ掛かったのかしら?』


「素手でクマを倒す、とか?」


『そこじゃないの。もうちょっと前』


「じゃあ、エルフの話? 創作のテンプレと本物はやっぱ違うもんなんすね」


『ううん、エルフの人も多分違ってて、あとは……あっ!』



 しきりに頭をひねっていたウルですが、とうとう自分が何に引っ掛かりを覚えたのか分かったようです。今度は自信を持ってアイデアを口にしました。



『我の世界をゲームにすればいいの!』


「ええっと……? そりゃまあ何をやるにしても、ウルちゃん様がゲームの世界を創ってくれるのが前提なわけですけど」


『そうだけど、そうじゃないの! 我の出身地の世界ってこと!』



 つまりは、異世界双六ゲーム。

 ウルにとっては自世界ですが。

 彼女の地元世界のあちこちを巡り、各地の文化風俗に触れながら他のプレイヤーと順位を競う。ここで競う対象はオーソドックスに金銭的な資産でもいいですし、雰囲気作りも兼ねて魔力のようなエネルギーでもいいかもしれません。



『我ってばゲーマーの人達に大人気でしょ? そんなカワイイ我の世界のことなら、みんなだって知りたいって思うはずなの』



 凄まじいまでの自己肯定感です。

 しかし実在の異世界をテーマにする発想そのものは、切り口の斬新さといい興味の誘因力といい案外悪くないかもしれません。昨今の日本や海外各国での異世界ブームとも噛み合います。

 それに何よりウルは本来その世界の神様なわけですから、権威のゴリ押しによって建物や国名などの使用許可を交渉する際に大幅にラクができそうです。



「……それなら、本腰入れて取材をしないとですよね?」


「資料を取り寄せたりはもちろんするけど、やっぱり現地の空気感っていうのは大事だもんね」


『ふっふっふ、大丈夫。我はちゃんと分かってるの。社長のコスモスお姉さんに言って、取材旅行の予算を出してもらうのよ! それで取材の名目で会社のお金をジャブジャブ使って、みんなで遊びまくるの!』


「「「いえーい、ウルちゃん様サイコー!」」」



 優れた作品を作るには入念な取材や資料集めは欠かせません。

 飽くなき創作への情熱とユーザーを楽しませたいという純粋な気持ちが、『ブイブイゲームス』一同を突き動かしていました。

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