第8話 [アラクネ] 8

「我々の負けだ。今回は申し訳ないことをした」

 [軍人リーダー]が潔く負けを認めた。

「国内ではライブバトルによる決議が一般化する中で、そのルールから逃れて利益を保持していると、この森に対して悪い感情を持つ市民が多かったのだ」


 本心を打ち明けた相手に、[シルバーバック]が返答する。

「確かにこの森は国とは公言されていないが、資本が集まっているのも事実だ。武力が不要となれば、矛先が向かうのも必然だろう。遅かれ早かれ、別の国とこうなっていたかもしれない」


 このバトルで今回の取引は無効にはなったが、根本的に森と諸外国の関係が改善したわけではない。

 むしろ、ずっとそこに合った問題が浮き彫りにされた状態だった。

 [シルバーバック]はこの問題を先送りにするべきではないと考えているのだろう。

 しかし、解決の方法を決めあぐねていた。

「我々市場に携わる者が率先して、森のあり方を変えるべきなのだろうが……」



「森が減らないなら好きにやって大丈夫よ」


 声の方向の人垣が割れて、白金色の髪をした少女が円の中心に歩いてくる。

 シルクのゆったりした服に身を包み、少女の外見にそぐわない大木のような落ち着きを感じさせる彼女を見て、初めてでも何者かが分かった。


 エルフを見たのは初めてだった。


 [エルフ]が右手をわずかに動かすと、広場に生じていた魔力のドーム状の環流が、その場の誰にも害を及ぼさずに、魔力の本流に混じって消えた。

 他の種族であれば、調流師の素質を持ち、その技術を長年磨いた者が、時間をかけて解消するような魔力だまりを一瞬で無害化したのだ。

 そもそも本来、生物は自身の体内の魔力のみ操作可能であって、場の魔力の流れを操ること自体あり得ない。

 広場に集まっていた魔物のうち、魔道具を身に着けていた者たちはそれらから感じるノイズが一瞬で消えたことから何かが起こったのを察し、特に魔力流に対して敏感な種族は目の前で起きた超常現象に絶句していた。


 続いて[エルフ]は[獣少女]に近寄って目を見つめる。

「あなたなかなか腕のいい調流師ね。それに歌も素敵だったわ」

「あ、あの、魔力を繋げる歌、こんな風に使っちゃって、その、す、すみません!!」

 先ほどのリラックスして歌っていたときとは、打って変わって[獣少女]はガチガチに緊張していた。


「何の被害も出てなかったからいいのよ。それに森を守る役目をしっかりと果たしていたわ」

 [エルフ]の言葉に、[獣少女]の肩から力が抜けて、ふらついた。

 彼女を後ろから抱きしめるように支える。

(こんな小さい体で、あれだけ堂々と歌っていたんだもんな……。)

「大丈夫か?」

 彼女に問いかけると、小声で「うん」と返し、体重を預けるように私の胸に寄りかかって来た。


 [エルフ]が[シルバーバック]の方に向き直る。

「久しぶりね。こんな小さな子に助けられるなんて、もっとしゃんとしなさい!!」

「お久しぶりです[エルフ]殿。おっしゃる通り、精進いたします……」

 彼らは顔見知りのようだ。

 市場では誰からも尊敬されている[シルバーバック]がへりくだっているのを見ると、エルフの森での立ち位置がよくわかった。


 続いて[軍人リーダー]達のほうに向きなおると、表情を柔らかくして話し始めた。

「初めまして。森へようこそ。 せっかく森の子が勝負で上手くやったようだから、あなた達にいくつか頼みごとをさせてもらうわ。 まずは、森も外との交流を徐々に開放していくから、あなた達が森に不利のない取引が行われることを保証しなさい。今回のような件が他国と森の間であった場合に正式に仲介するように。森の代表は[シルバーバック]が行うわ」

「寛大にもご容赦いただき、心より感謝申し上げます。拝命させていただきます」

「[シルバーバック]、あなたは森が新しい文化を受け入れつつも、自衛できるように準備なさい。エルフの名の下に組織やルールを作ることを許可するわ。森の生命量の維持を最優先として行動しなさい。」


 今まで森での明確なルールや法律はなかったが、それらの制定を許可する旨だった。

 [シルバーバック]は過去にもこのような無茶ぶりを頼まれたことがあったのか、諦めたような表情をしていた。

 市場の主から森の外交官にジョブチェンジとは、お気の毒だ。

 まあでも、この場に居合わせた森の住民は協力してくれるだろうし、[シルバーバック]なら上手くやるだろう。


 腕の中でうたた寝を始めた彼女を抱えて帰路に就いた。

 [シルバーバック]や市場の商人から、お土産をたくさん貰ってしまった。

 二人で食べきれるだろうか?


 市場の端に差し掛かったあたりで、市場を抜けてきた風に背中を押された。

 果実や香辛料を思わせる、いい香りの風だった。

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