砕氷
たなみた
魔王討伐
魔王。それは絶対的な悪。配下である魔物と人型の魔物である魔族を引き連れ人間を脅かす存在。
人類側は対抗策を講じた。魔王に対抗できるもの、勇者の誕生である。
勇者。それは絶対的な救世主。
苦しい戦いの末勇者は魔王を倒して世界は平和になりました。めでたしめでたし。
そんなことは御伽話でしかない。
「勇者を指名手配する...!?正気ですか」
国王が笑いながら語りかける。
「世界が平和になった以上...唯一の脅威は勇者だけなのだよ。彼は力を持ちすぎた」
「だから殺すと?世界を救った英雄を?」
「英雄ではない。魔王だ。魔王を倒した勇者は魔王の力に魅入られ次の魔王になった。そういう筋書きだ」
「クズですね」
「勇者の仲間であるお前もただで済むと思っているのか?モルテよ」
「殺すならすぐしてたでしょ。事情をわざわざ話したってことは」
「そうだ。世界を敵に回したくはないだろう?」
「勇者を殺せ」
「...」
「ここは喜ぶべきところだぞ。魔王を倒す勇者になれるのだからな」
「そうでしょうね。ですがそれは人間の価値観でしょう?」
「何?」
「俺魔族なんで。魔王様に従うのが筋ってもんなんじゃないですか?」
「なっ!!デタラメを...貴様のことは隅々まで調べたがただの人間だったぞ」
「人間ごときに見破られるわけ無いでしょ」
「殺せ!!真偽などどうでもいい!!反逆者を殺せ!!」
刹那。辺りに冷気が漂う。
「できるとお思いですか?平和ボケしたあなた達が」
「う、動けん!!」
「寒い...凍えそうだ」
「体が...!!」
次々と苦しみだす兵士達。氷の彫像が生み出されていく。モルテが指を弾くと氷の彫像は細かい礫となってしまった。思わず玉座から転げ落ち後退りする国王。
「驚きました?俺にここまでの実力があるとは思わなかったでしょ?」
「隠していたのか...!!このことを予見して...!!」
「まあ知り合いに未来視てもらったので。ほんとは信じたくなかったけど一応備えといて良かったです」
「いいのか!?一時の感情で世界を敵に回しても!?どこにも逃げ場などないのだぞ!?正気の沙汰とは思えん!!」
「誰が敵に回ろうと関係ないです。俺はアイツの親友で、味方でい続けます。そのためなら俺は世界だって敵に回せる」
「待っ...」
パチン。
氷漬けになった城を後にする。するとそこに勇者が息を切らして現れる。
「モルテ...?どういうこと?どうしてこんなことを」
言い切る前に突如勇者に斬りかかるモルテ。勇者は魔王との決戦で弱っていたものの見事な反応速度でモルテの剣を防いだ。
「...どういうつもり?」
「ふふふ...あはははははは!!!!!この時を待ってましたよ勇者!!!!親友のふりをするのは本当に苦痛でした!!」
狂ったような笑みを向けてくるモルテに対し動揺を隠せない勇者。
「...!?」
「まだ気づかないんですか?魔王を倒してくれてありがとうございます。これで俺が新しい魔王になれる!!!」
「最初からそのつもりで...?うそだ」
「せいぜい悩むといいです。殺しやすくなる」
氷の剣を大量に生成し勇者に向かって射出する。
勇者は動揺しながらも辛うじて全て撃ち落とすことに成功する。しかし砕けた氷の剣の背面からモルテが剣を構えるのが見える。
「...っ」
「もう少しで首だったのに。惜しいですね。まともにやったら俺に正気はなかった。でも魔王との戦いであなたは力をほとんど使い切った!!!あなたなんてもはや敵ではない!!!」
剣を力任せに押し込むモルテ。勇者は徐々に押されていく。
モルテは本気だ。こちらも本気を出さねば殺される。勇者はそう判断した。残る力のすべてを込めて全力の一撃をモルテへと叩き込もうとする。弱体化してるとはいえ勇者の全力だ。モルテもただではすまない。だがモルテは氷魔法で鉄壁の防御力を誇る。全力を出しても死なないと判断した。無力化して話し合おうとした。しかしモルテは驚くべき行動に出る。
勇者の剣が迫る寸前、全ての防御魔法を解除し剣を取りこぼす。
「え...」
違和感に気づいた勇者だがもう間に合わない。
「...ごふっ」
モルテの腹部に剣が突き刺さる。致命傷だ。意識が飛びかかるが気合いで耐えるモルテ。
(まだだ...まだ寝るな...成すんだ...)
息を思い切り吸いこんでこう叫ぶ。
「俺は必ず復活する!!!それまでせいぜい備えておくことですね!!!」
いつの間にか周囲には夥しい量のギャラリーが映像魔法を通じて二人の戦いを見ていた。
モルテはそれを確認すると映像魔法を氷漬けにして強制的に遮断してしまう。
「...これでいい」
「これで世界は勇者の力を必要とし続ける。少なくとも排斥されることはない」
「勇者...お前はこれから幸せになるんだ」
モルテは勇者と二人きりのときのみ敬語が崩れる。
「モルテ...?まさか!?」
「ふふ。お前のそんな表情を見れるとはね。命かけた甲斐がある」
「俺のために全部...?演技だったの...?」
「名演技だったろ?俺の人生最大の演目だ。そりゃ成功させないとな」
軽口を叩くモルテ。だが取り返しの付かない量の血を流しており息も絶え絶えだった。
「お前は今まで苦労してきたんだ。勇者の力で無理矢理救世主にされ、娯楽を奪われ戦うことだけを強いられる兵器扱いされてきた。名前すらも与えられなかった」
「でも今は違う。好きなことやれるようになったんだ。勇者の力が弱まった今ならできる」
「モル...」
名前を呼びかけた瞬間モルテの体は氷の礫となって辺り一帯に降り注ぐ。非常に幻想的な景色だった。そんな美しい景色を見ながら勇者は涙を流していた。
「幸せになれって...そこに君がいなきゃ意味ないんだよ...モルテ...」
こうして勇者は魔王を倒し、世界に平和が訪れました。めでたしめでたし。
これはそんなお伽噺。
砕氷 たなみた @tanamita0213
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