勇者の小指

夜明野いふ

第1話 ⚠︎このエッセイには地震の描写が含まれています。

 それがくると私は舌打ちをするようになった。つい数年前までは、メデューサと至近距離で目が合ったごとく固まっていた。

 さすがに動悸はするものの、私は勢いよく立ち上がり廊下をつま先に重心をおいて、なるべく振動と音を最小限にして守るべき相手がいる場所へ小走りで向かう。

 地震のPTSD(心的外傷後ストレス障害)があるその人(ここでは勇者と呼ぶ)のいる部屋に着くころには、私は廊下でかぐや姫のように心配を脱ぎ捨てケロッとした顔で勇者の置かれている状況を見極める。

 怪訝な顔でその人は私の顔を見る。今回は大丈夫だったようだ。日頃から小走りで動き回り、急にエビカニクスを踊る私がカモフラージュになったようだ。

 気づいていない場合はいい。「うぇーい」などとパリピのフリをすれば「なんだこいつ。やっぱ生粋の天真爛漫系美少女だわ。最高」と思ってまたスマホをいじってくれる。たぶん。


 しかし、問題は気づいてしまった場合だ。突然来るそれは日常を光の速さでダンジョンへと引きずり込んでくる。勇者は涙をぽろぽろと流し、寝るまで覇気のない蚊の鳴くような声で過ごすようになる。そうならないために、私は数々の暴論攻撃を振りかざしてきた。


 「揺られるな、揺れろ」と両手を掴み、「自らの意思で揺れている。それが何か?」といった感情にさせることで誤魔化すことができる。これはいつかのテレビで見た踊らされるな踊れ、的なことを参考にしたものだ。

 ありがとう考えてくれた人。ありがとう私の吸収力。

 ときには「え? いま? 揺れた? わかんなかったよ。揺れてないんじゃない? 私が嘘ついたことある? 私の言ってること信じてくれないの?」などと面倒くさい上にごり押しなひゃばい人間を請け負う。

 そうすると、「あぁ、お前がそう言うならそうか」などと納得してくれる。「そうだよね」と念を押してその場は、まあなんとかなるものだ。


 とはいえ、こんな暴論がまかり通るまでかなりの時間がかかった。トラウマというものはそう簡単に消えてくれるものではない。目に見えない傷は本人も気づかぬうちに、膿んだり、カサブタになったり、何かの拍子に思ったよりも剥けてしまうものだ。

 私もよくささくれが気になって、引きちぎって余計に剥けて痛くて被害者面をしている。


 ここいらで敵のレベルの説明を入れておく。レベルは時間と誰といるかで決まる。朝の寝ぼけた頭を1とする。仕事中は6。勇者曰く仕事中はONモードだから恐怖心が減るらしい。

 そして敵の襲来を知らせるアラームが9。夜中、自室に1人で寝ている時はMAXの10。夜の敵は特に粘着質で危険度が高く丸一日は持続的にダメージを与えてくる。

 翌日、MAX10の敵と戦った勇者の頭の上では「−10」とダメージが表示される。

 敵が来たその時ももちろん、次の晩にベッドに入って「よし寝るぞ」と思った瞬間予期不安が襲うようだ。

 数日間は勇者が寝れているかをそっと確認する。ぷーぷーと寝息を立てて寝ていることを確認できると、私も安心して眠りにつくことができる。

 こういうとき、「あれ? 私こども産んだ? 親になった?」という気持ちになる。誰かを愛し心配することは親になるということかもしれない(?)


 勇者と暮らす者として、できる限り勇者のパニックを起こす要因となるものを排除することが任務だと思って日々生活をしている。

 しかし、24時間365日常に神経を研ぎ澄まさせているだけではない。そんなことをしたら、私の神経が爆竹の如く音を立ててどこかへ飛んでいってしまう。

 私が小学生の頃、畑で野菜を育てていた祖父が爆竹を鳴らして鳥かモグラをビビらせて追い払っていたのを思い出した。

 懐かしいと感じてしまうほどに私は大人になったのだと、半開きの遠い目をしてしまった私は虚無感を帳消しにするべく口角を上げておく。


 私が冒険に駆り出されない時は極めて普通の生活が繰り返される。

 体重が増加した私たちは一緒に筋トレをして、互いに褒め合い、喝を入れ合い切磋琢磨している。

 勇者はジムに通っているが私はジムに行くことすら手間だと感じ(面倒くさいという言葉はよろしくない気がして「手間」という言葉を使うことでワンランク上の面倒くさいを表現することができる。知らんけど)家トレに励んでいる。

 ゲームのマッチング中の数分は筋トレをするというルールにしたり、レンジの温め待ちにベリーダンスをしたり、生活の中に筋トレを入れ込むことで筋トレへのハードルを下げる。

 これほど熱弁すると、筋トレを勧めるエッセイになりそうなので、やめておこうと思う。

 軌道修正するべく、私が敵への予期不安、恐怖を和らげる方法を述べておく。はじめに言うと良い方法ではないので、これは勧める気はない。

 あくまでもこういうパターンもあるよ。という例だ。

 ズバリ、疲労。

 私は前職でかなり精神力と体力を使う仕事をしていた。やる気を上回る精神力と体力の消耗は私のエネルギーを根こそぎ持っていった。

 そんな時にトラックが通った程度の揺れに、びくりと体は反応する。それでも動悸が起きることなくいられたのは、確実に疲労が要因だった。

 「いやぁ、今何かが起きても逃げる体力ないな。立ち上がって少し逃げたとしても、手遅れで即死だ。うん。即死しか信じていない」


 という思考に陥ったのである。救助を待つ間、命が持つのかという不安でパニックになることを私は一番に恐れている。

 だから死ぬときは即死。という答えが私の中ではベストアンサー。

 この思考によって予期不安はほぼ無いに等しいくらいまでに落ち着いた。

 即死を願うという良いか悪いか分からないことを言っているが私はまだまだやりたいことがたくさんある。

 とりあえず温泉に入りたいし、髪を綺麗に伸ばして、よく美容室のSNSで見る、櫛で髪の毛を揺らしてとぅるとぅるの液体なんじゃないかって疑いたくなるほどの美髪を育てたい。

 こういう強欲? と単純さが私を救ってくれたのかなと今では思う。

 パニックになって心労で体に負担をかける前に、自分の中で落とし所をつけ、また生きる。そうやって日々がうまいこと積み重なれば無問題だ。

 それと、私よりも敵を恐れる勇者の存在は私を守る側にさせてくれた。だから強くなれたのかもしれない。

 勇者にも守りたい何かができたら、心構えが変わったりするのかななんて思ったりする。


 即死の件も「守らなきゃ」という私の思い込みの強さも良い効果を及ぼしている。

 先日、運転中散歩している人と犬を見かけた時も


「あにゃにゃにゃにゃー♡ 君は誰かなぁ?♡」


 と犬を見つけた私はテンションが上がり、独り言を言いながら進み、その子の正体に気づく。


 「耕運機」


 中型〜大型犬あたりを予想していたがまさかの機械。

 さっきまでのふわふわのもふもふのテンションをその耕運機で耕して更地にしてくれ! と心の中で叫んだ。

 こういう思い込みの強さも、案外役に立つものだ。


 勇者にもいい方向に思い込む力を存分に引き出してもらって、私みたいにあっけらかんとしてほしい。


 エッセイを書くことは勇者に許可を取ってある。なんならタイトルも一緒に考えたほどの協力ぶり。

 はじめ、私はエッセイを書くかどうか迷っていた。

 トラウマを思い出させたくないと思いながらも、同じPTSDの家族を看病する家族たち、また当事者のアイデアの1つになれたらなと思いこのエッセイを書いている。

 被害を風化させないことも大切だと思うのと同じくらい、トラウマを呼び起こすことも避けたいと心の底から思っている。

 特に緊張感が走るのはテレビを見ている時。ニュースで災害の現場などを放送している時、私は光の如くチャンネルを変える。

 今の世の中を知ることも大事だが、それによって勇者が苦しくなり日常生活に支障をきたすなら、知る時は、今ではない。

 風化させないこととパニックを防ぐことを両立することは勇者には未だ酷だとも感じている。

 でも勇者はカウンセリングを受けたり、認知行動療法でパニックが起きた時の状況を伝えて整理したり、苦しんで、それでもパニックが起きない平穏な生活を望んでいる。


 これからも勇者からパーティ要請が来ても来なくても無理矢理にでも一緒に冒険に行って、恐怖心を倒して進みたい。

 勇者の小指くらい微力な私だけど、案外無いとバランスが取れない存在だったり、そうじゃなかったり。するかもしれないし。

 私はいつでも肩をぶん回しているから安心して豪華客船に乗ったつもりで暮らして欲しい。

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勇者の小指 夜明野いふ @soranoaosa

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