7:【悲報】俺、殺処分ですか!?!?!?
「クロノには前にも言ったことあると思うけど、私、昔ちょっと、異世界に転移しててね」
まるで「昔はヤンチャしてたの」みたいなノリで異世界渡航者だったことを打ち明ける母さんに、朝夜輪ミケコは、明らかに困惑していた。
「は、はあ……」
「ごめんなさいね。こんな話、いきなりされても困っちゃうわよね」
まるで頓珍漢な話だが、先ほど、母さんが天使のような姿に変身して俺のお尻を治した現場を目撃してしまっている。
信じられないが、疑いようのない事実だった。
……お尻はもう、痛くない。
「クロノくんからも、その猫耳の理由を聞いたら、同じようなことを言われました。自分の父親は異世界の獣人の王子様だって。私も亜人ですが、そんな話、聞いたことなかったので、信じていませんでしたけど……やっぱり、本当なんですよね?」
「そうね、あの人はもう王様になっちゃったと思うけど。……私、この子を身ごもったとき、つわりが酷くてね。もう死んじゃうんじゃないかってくらい。よっぽど異世界の空気が合わないんだろうってことになって、こっちの世界で里帰り出産することにしたの」
「里帰り出産……」
もちろん、国の重鎮たちからは猛反対されちゃったけどね。と母さんは申し訳なさそうに笑った。
一時的とはいえ、次期国王の正妻。かつ、世界を救った聖女の損失は、あまりにも国力を低下させる。民も不安になるだろう。
なんて、言われたそうだ。
だけど、夫である王子が「我が妻も子も健やかであることが第一だ。行ってきなさい」と言ってくれたことで、こっちの世界に戻ることを決意したとのこと。
しかし問題が二つあった。
一つ目は、次に異世界へ戻れるのが二十年後となること。
二つ目は、まず間違いなく、俺が
「だから、聖女の力で、世界の常識を少し変えたの。『我が子がどんな姿で産まれても、世界は個性として受け入れる』とね」
「せ、世界規模で、げ、現実を改変したっていうの!?」
ミケコはもう、開いた口が塞がらない。
反応を見る限りでもうかがえることだが、それでも、それってヤバいの? と聞いてみた。
「当たり前でしょ!? 要はもし仮にこの人が『私はこの世界の王』だって現実を改変してしまえば、それだけでもう世界征服よ!?」
「おお、確かに……母さん、こわっ!」
「怖くない怖くない! そんなことしないわよ! どうせあと数年で異世界に戻るんですから、こっちの世界でそんなことする必要ないでしょ!」
まあそうだ。そもそも母さんがそんなことする人だなんて思いもしないから、単に冗談で怖がってみただけだけど。ミケコは本気で恐怖しているみたいだが……ん?
「え、母さん、異世界に戻るの?」
「え、そうよ? あなたもね?」
「え?」
「え?」
突然の告知に、目が点になる。
え? 俺、異世界に行くの?
でも普通に考えたらそりゃそうか。だって母さんは里帰り出産しただけ。
俺も向こうの世界では王子様なんだから、あっちの世界にとってはいなくちゃ困る。
「……あっ、もしかして、クロノ、このこと全然考えてなかった?」
「うん、まあ……正直、びっくりしてる」
いやだって前に一回二回聞いた程度の話だし、その時だって俺も一緒に異世界に帰るだなんて、言ってなかった……よね? そもそも信じてなかったし……。
まったく現実味がない。
「異世界転移の扉は、あなたの産まれた年から二十年後。つまり、あなたが二十歳になったら開くわ。そうなったら、私は、異世界に戻ります。最愛の夫の元にね」
――クロノ。あなたは、どうする?
母さんは、少し悲しそうな顔でそう言った。
「……え? 俺に選択権あんの?」
「当たり前じゃない。あなたの人生なんですもの。もし残るなら、この家と、当面は困らないだけの財産もあるし、おじいちゃんおばあちゃんもきっと助けてくれるわ」
二十歳を過ぎて一人で暮らすことになっても、当分は困らないだろうとのこと。ふむう……。
「もちろん、私としては、元気に育った息子と一緒に戻って、あの人と共に国を支えながら、三人で仲良く暮らしたいわ。だけど――」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」
母さんの言葉を遮って、あまりの事態にうっかり存在を忘れていたミケコが大声をかける。
振り向くと、ミケコは間髪入れずに、口火を切った。
「ク、クロノくんのお母さんの力があれば、私たち、この世界に生きる亜人も、世間から迫害されずに生きていけるのではないですか!? お願いします! 亜人が日向を歩ける世界に改変してください!」
母さんの返答は早かった。
「ごめんなさい。それはできないわ」
「どうしてっ!?」
泣きつくミケコに、母さんは淡々と言った。
「それは、私がこの世界の王様にならない理由と同じ。私はあと数年で異世界に帰るから、それはとても意味がないことなの」
「そんな――っ!」
なんて冷たい言葉だと、息子ながらに思う。
自分にとって益がないことはしない。普通、みんなそうだ。
母さんだってそう。別に財産が有り余ってる専業主婦だからといって、どこかに寄付をしているわけじゃない。昼間はボランティアに参加しているわけじゃない。
誰だって、見ず知らずの人に金を貸してくれと言われても、100%断る。
母さんの対応は、それくらい当然の反応なのだ。
だけど、ミケコは、どうしても諦めきれない……。
「だったら……クロノくんは、殺します」
そう言って、ミケコは神妙な顔つきでカバンからカッターを取り出した。チキチキチキ……黄色い、オモチャのようなグリップから、収納式の鋭利な刃が顔を出す。
……が、目を閉じ、またチキチキチキと、今度は刃を収納して、カバンに放り込んだ。
「……だけど、今じゃありません。もし彼が、この世界に残る選択をしたなら……あなたが異世界に帰ってから、殺します。あなたの手の届かないところで殺します。吸血鬼の一族総出で殺します。生きたまま、血の一滴まで啜って殺します」
いや怖いよ! ミケコさん!?
えっ、この世界に残るなら、俺、殺処分ですか!?!?!?!?
母さんは異世界帰りにつき、獣人(ケモメン)の俺は今日もモフモフされまくる 八゜幡寺 @pachimanzi
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