6:思ったよりも重症だった件
「私は吸血鬼です」
座布団に正座する朝夜輪ミケコは、そう言って、鋭い八重歯を覗かせた。口の端に指をひっかけて、いー、と。
すまんがかわいい。
ミケコは母さんを魔女と信じ切っているので、怯えている様子なのは申し訳ないが、おとなしく話をしてくれる雰囲気なので、まだこのままの現状を維持したいと思う。
「この子はツチノコのノコッチ。私が生まれた時からずっと一緒なんです。……助けてくれて、ありがとうございます」
自らの膝ですやすやと眠るツチノコを撫でながら彼女は言った。
さらっと爆弾発言。でも、妙に納得できた。
俺の血、めっちゃ舐めてたし。
あと、今朝に彼女とぶつかったとき。頭についたジャム。
俺は最初、血だと思って焦ったんだ。だって、血のにおいしてたから。
なるほど。吸血鬼特性の血のジャムだったってわけだ。
彼女はきっと、これまで人の目に怯えながら暮らしてきたのだろう。それが、俺みたいな亜人がのほほんと普通の人のように、人の目なんて気にせず生活してるんだ。
彼女はこのままでは、いずれ俺が世間の目に晒されてしまえば、自分の正体も芋づる式に暴かれるんじゃないかと気が気じゃなかったんだ。
そして彼女が割れれば、彼女の家族にも危害が及ぶ。吸血鬼という一族の危機にも繋がる。
そう考えての行動だ。彼女はただ一人で、吸血鬼という種族の将来を抱えてしまったのだ。
世界中の吸血鬼の存続が脅かされると考えれば、
「その……さっきはごめんね、クロノくん。でも本当に殺すつもりなんてなかったから……私、吸血鬼の能力で、ある程度は血を操れるんだよ。ほらっ」
そんな言い訳をしつつ、ミケコは俺の首筋に手をやった。
き、急にさわるなよー。
すると、既にかさぶたになっていた傷口から、するするする〜赤いと糸状の血が伸びてくるのだ。おお、凄い。
彼女はそれを自分の人差し指にからめて、綿あめみたいにして、パクっと食べた。
「いや食うんかーいっ」
「あ……ごめんつい。おいしくて……」
そうかい。俺の血はうまいか。
……まんざらでもない。
また母さんに向き直るミケコは、姿勢を正して、深々と頭を下げた。
「でもごめん。クロノくん……。お願いです、お母さん。どうかクロノくんをもう、これ以上登校させないでください……。じゃないと、力の強い魔女であるあなた様はともかく、せっかく日陰で細々と生きてきた私たちみたいな、弱い亜人に被害が及ぶかもしれないんです。お願いします……!」
腕を組んで、前のめりで、ただ黙って話を聞いていた母さん。
突然頭を下げられて、ようやく、口を開いた。
「……ごめんなさい。ちょっと話が急で……え? あなた、うちの息子を殺そうとしたの? クロノの首の傷はなに? あなたがやったの?」
あ……そりゃそうだ。母さん、ツチノコ治しただけで、まだ何もまったく知らねーんだもんな。
俺を傷つけられた事実を知って、ちょっと怒ってるのがわかる。母さんは怒ると怖いのだ。
空気が重くなったのを察したミケコが「しまった」って顔をして、みるみる涙を浮かべるものだから、慌ててフォローに入った。
「いいんだよ母さん。俺って丈夫で強いから。ツチノコに噛まれたケツはまだ痛いけど、大したことじゃない」
カッターて切りかかられた。なんて言ったら普通に殺人未遂だし言わないでおく。ツチノコに噛まれたことを大げさに言っただけってことにしよう。
おちゃらけて、母さんにお尻をぷりんと見せてみた。
あ、制服のズボンにツチノコの歯形ついてるの、怒るかな?
「うっ!? ク、クロノ!? それ、あなた……大丈夫なの!?」
「え?」
急に大声出して慌てふためく母さんに、俺もビビる。
え? なになに? どういうこと?俺のお尻、どうなってんの?
「あ、ああ! ク、クロノくんごめん! 実は後ろついていく時からもう毒は侵攻してたんだけど、あの時はノコッチのことだけが心配で……ああ、どうしよう、それ……!」
「え? え? 毒? なに? 確かにずっと痛かったけど……なに? こわい!」
ミケコも顔面蒼白で謝ってきた。やめて! その反応やめて!
あー、なんか気分悪くなってきたかも……。
「だ、大丈夫よクロノ! 私の全身全霊の力で、絶対にあなたを治してみせるから! 異世界を救ったこの力……! 息子一人救えなくて、何が聖女よ!」
俺は見た。
母さんの背中から白い翼が生えてたのだ。
頭には光の輪が出現し、神々しい風が母さんを中心に暖かく吹いた。
――俺のお尻どんだけ重症なの!?
いやあああ! 想像もしたくないいいいっ!
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【Tips】
ツチノコには毒があるぞ! 霧状にして噴射もできるぞ!
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