5:母さん炸裂!!!
小走りで帰路につく俺の後ろを、朝夜輪ミケコは健気についてくる。
腕にツチノコを丸めたタオルを抱えて、息を切らしながらひたすら走り続けている。その目には涙を溜めて、こぼれる前に、グイと袖で拭った。
……せめて、カバンは持ってやろうかとも思ったけど、正直、そこまでする義理がない。
なんか俺が悪者みたいな感じになってるけど、違うからね?
殺人未遂の被害者だからね?
で、こいつ容疑者ね? てか犯人ね?
問答無用で警察に突き出しても良かったんだからな?
それをお前、しかも俺のお尻に嚙みついてきた爬虫類を助けてやろうってんだぞ。ちくしょう、まだズキズキする。思いっきり噛みやがって……。
たぶん血も出てるけど、確認するのが怖いからそしらぬふりで走ってる。
……間もなく、我が家だ。
立ち止まって、ミケコが追いつくのを待った。彼女は息も絶え絶えに俺に追いつくと、切羽詰まった様子で、苦言を呈した。
「ちょっと、はぁ……はぁ……急いでるのよ、待ってなくていいから、早く……」
「もう着いたんだよ。お疲れ。ナイスガッツ」
十五分は走った。貧血だし、運動が得意なようでもないのに、よく頑張ったと思う。
汗だらだらの彼女は、もはや返事もできないくらい疲弊して、唾を飲むのも苦しそうだった。
……こんな状態なら、さすがにもう襲ってこれないだろ。いや今襲うタイミングじゃないのはわかってるけど、一回殺されかけてるから、臆病にもなる。
「ほら、行くぞ」
……だけどやっぱ、手の届く距離で彼女に後ろを見せるのはなんか嫌だから、横に立って、背中を押した。
俺の手にもたれかかる様に歩き出すミケコ。もしかしたら、躊躇の後ずさりだったのかもしれない。だけど問答無用で玄関の前まで連れてきて、チャイムを押してから扉を開けた。
「ただいまー! 母さん、ちょっと来て! 大変なんだよ!」
母さんはすぐにやってきた。チャイムを鳴らしたこともあり、俺の声色でも察して、慌てた様子で。
「え、なに? どうしたのクロノ。大丈夫?」
そう言いながら、茶髪にパーマをかけた専業主婦の登場だ。エプロン姿が、晩御飯の支度途中だったことを物語っている。
まるまるの目は俺に向けられてから、そしてすぐに、横のミケコへと移った。
俺はハっとした。
もしかして、彼女を連れてきたと思われてる?
「あー、違うから! こいつとはそういうんじゃないから!」
「はあ? 何言ってんのよこんな時に? ほら、あなた、バカはほっといて早くその子を見せて」
母さんは、ミケコにそう促すと、オドオドしている彼女の手からあっさりとタオルを受け取り、中を開いた。
そして、隠れていたツチノコをすぐに見つけて「怪我してるじゃない」と心配そうに手をかざす。
瞬間、母さんの手から放たれる白い光がツチノコを包み込んだ。
光が収まると、弱弱しかったツチノコは瞬く間に回復してみせた。辺りをキョロキョロと、何が起こったのか理解できないでいる様子だったが、ミケコを見つけて、嬉しそうに彼女の手の中に飛び乗った。
母さんは、俺が怪我をしたとき。他人にさせたとき。
ときおりこうして、魔法としか思えない方法で、治療することがあった。
ミケコは驚いて、目を丸くして、母さんを呆然と見ていた。
「すごいでしょ。じつは私、聖女……」
「なるほど。あ、あなた、魔女ね!」
母さんがふふんと得意げに何かを喋ろうとするのを遮って、ミケコは唐突に、そのように叫んだ。
なるほど、母さんは魔女だったのか……。
確かにこんなすごい魔法を見せられたら納得だ! まさか、俺に猫耳が生えているのも何かの魔法によるもの!?
「すげえ母さん、魔女だったのかよ!」
「いや……聖女……」
「ここまで強力な魔法が使えるなんて高位の魔女よ! 数百年は生きてるはず……! お、恐ろしい……!」
「マジかよ母さん! じゃあ他にはどんな魔法が使えるんだ!?」
「だから、聖……」
「クロノくん、あなたはもしかしたら、この魔女が生み出したホムンクルスよ。それか動物を強制的に変化させたミュータント……!」
「マジか……俺は、母さんの実験の成果……!?」
「ち、違うわ! 違うってば! てか、あなたは誰なのよ!?」
まあ俺はミケコの推測に悪乗りしただけだからここまでにしとくか。母さんは「傷つくわあ」と涙目になっていた。
これは一からきちんと説明せねばなるまい。そんな決意がうかがえるようすで、母さんは俺達を家の中に迎え入れた。
ミケコはもう、母さんを魔女認定して、怖がっていた。
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