流れ星の約束
snowdrop
愛は光
流れ星の約束
今夜も、流れ星が音もなく降り注いでいます。
山々に囲まれた聖王国フィスカルドのはずれにある小さな村に、マーヤという少女が住んでいました。
村はずれの古びた家で育った彼女は、一人で果樹園を営む生活を送り、毎晩自分の部屋の窓から流れ星を眺めることが日課でした。
「未来が変わりますように。もっと幸せな世界が来ますように」
マーヤにとって、星空は唯一の慰めであり、夜空に輝く星々は希望そのものでした。
小さな頃は両親と一緒に星空を見上げていましたが、流行り病で両親を失くして以来、残された果樹園を守りながら流れ星を見つけては、願いをかけていました。
聖王国の伝説によれば、流れ星には特別な力が宿っており、その力を借りるためには「真実の愛」を見つけなければならないといいます。
そんな寓話を聞いて育ったマーヤですが、愛がなんなのか、どうしてそれが必要なのか、わかっていません。それでも心のどこかで、流れ星に願いをかけることでなにかが変わるのではないか、と信じていました。
ある晩のことです。
いつものように流れ星を探していると、ひときわ大きな光がマーヤの目に飛び込んできました。まるで彼女が呼び寄せたかのように、夜空を切り裂いて流れ落ちてくるようでした。
あっという間の出来事に、声を上げる暇もありません。
しかも彼女の目の前に、謎めいた青年が現れたのです。
「ようやく会えてうれしいよ。待っていたんだ」
青年は柔らかな光に包まれたまま、彼女の目の前に降りてきます。燃える炎のような髪を逆立てながらゆらめかせ、星の輝きをもった円らな瞳、幼いようで凛々しく長身。その姿はまるで、星そのものが人の姿に変わったかのようでした。
「あなたは誰?」
マーヤは瞬きしながら尋ねます。
青年は穏やかな笑みを浮かべ、歌うように答えました。
「僕はケンタリオス、星の精霊だよ。君が流れ星を見たのは、僕が君に力を貸すための合図なのさ」
おもわずマーヤは、目と口を大きく開きます。
ケンタリオスの話によれば、マーヤの願いを叶えるためにやってきたというではありませんか。
「わたしの願いを叶えてくれるの?」
「もちろんさ。ただし、そのためには一つ、条件があるんだ」
「条件?」
窓から見上げながら、マーヤはケンタリオスに尋ねます。
ケンタリオスは微笑みながら頷きます。
「君も伝説は知っているよね」
「えぇ、もちろん」
「だったら話が早い。願いを叶えるには、君が『真実の愛』を見つける手助けをしなければならない」
「手助けですか?」
「そうだよ。僕に見せて欲しい。『真実の愛』ってやつを」
マーヤは耳を疑ってしまいます。
真実の愛がなんなのかもわからない彼女に、見つける手助けをする役目ができるなんて、信じられなかったのです。
翌日から、マーヤとケンタリオスは村をまわり、様々な人々と出会いながら、愛について学びはじめることにしました。
村の年老いた夫婦の仲睦まじさ、子供たちの無邪気な友情、互いに支え合う兄妹。鳥や獣、草花の咲き乱れる様子。
彼女はそれぞれから愛の形を学んでいきます。でも心のどこかで、ケンタリオスのいう「真実の愛」とはなんなのか、未だに理解できずにいました。
「ねえ、どうして愛はこんなに難しいの?」
マーヤはある日、ケンタリオスに尋ねます。
「そうだね。難しいから、君に手助けしてもらっているんだよ」
「だけど、わたしには愛がまだ、よくわからないの」
ケンタリオスは立ち止まり、マーヤを見つめます。
「愛は、誰かを大切に思う気持ちからはじまる。でも、それだけでは足りないんだ。ときには、犠牲が必要になることもある」
「犠牲?」
ケンタリオスの言葉に、マーヤはなにかしら感じ取ります。でも、それがなんなのかはわかりません。
ただ、ケンタリオスと一緒にいるうちに、次第に心が温かくなっていくのを感じていました。彼と過ごす時間が、どんどん大切なものになっていたのです。
ある晩のことでした。年に一度、村の広場で催されるお祭りに、マーヤとケンタリオスは参加することにしました。
星空の下、賑やかな音楽とともに踊る人々を見ながら、二人は静かに寄り添って座っていました。
近くでは年老いた夫婦が手を取り合い、互いに微笑みながら踊っていました。その姿は長年の愛情と絆を感じさせ、マーヤは愛が時間と共に深まることを学びました。
また、別の場所では若いカップルが初めて出会い、照れくさそうに話している様子がありました。彼らの笑顔や恥じらいは、新しい恋の始まりを感じさせました。その姿を見て、自分もいつかそんな経験ができることを夢見ました。
「マーヤ、君はなにを望んでいるんだ?」
突然、リオが尋ねてきます。
マーヤは一瞬戸惑いますが、ぬくもりを感じながらすぐに答えました。
「わたしは……ずっと幸せでいたい。ただ、それだけです」
その言葉に、ケンタリオスの表情が少しだけ曇ったように見えました。しかし、すぐに彼は笑顔を浮かべます。
「君の幸せが、僕の幸せでもあるよ」
その瞬間、マーヤの心が震えました。
ケンタリオスの言葉に込められた優しさ、なにより、彼の存在そのものが、マーヤにとってかけがえのないものになっていたのです。
重なるケンタリオスの手のぬくもりに包まれながら、マーヤは顔を上げ、星々の輝きをみつめます。
冷たい夜風に頬を撫でられ震えるも、星々の輝きが未来を照らしてくれている、そう思えた瞬間でした。
心臓が高鳴り、まるで星が瞬く音が聞こえるみたいに音が降り注いできたのです。
マーヤはケンタリオスの顔を見つめ、そっと目を閉じました。
お祭りの後、二人は静かな夜道を歩きながら、空を見上げます。流れ星が一筋、暗闇を切り裂いて落ちていくではありませんか。その美しさに、マーヤは思わず見とれてしまいます。
「ねぇ、ケンタリオス。わたしの願いを叶えてほしいの」
マーヤは静かに、彼の手を握ります。
「あなたと、ずっと一緒にいたいの」
その瞬間でした。
流れ星が輝き、マーヤの願いが叶うかのように空が一層明るくなったのです。
かわりに、ケンタリオスの表情は次第に険しくなっていきました。
「マーヤ、その願いを叶えることはできる。だけど……」
「だけど?」
「代償として、僕はこの世界から消えることになる。僕は星の精霊だから、人間界には長く留まれないんだ」
「えっ」
マーヤは、信じられませんでした。
ケンタリオスがいなくなってしまうなんて。考えただけで胸が締め付けられるように痛み、指先が冷たくなっていきます。
「お願い、そんなの嫌っ」
マーヤは涙をこぼしながら彼に擦り寄ります。
「わたしはあなたを失いたくない、一緒にいたいの」
ケンタリオスは優しくマーヤの手を握り、静かに見つめます。
「愛とは、ときに自己犠牲を伴うものなんだ。君が望む未来を手に入れるために、僕はその運命を受け入れなければならないだ」
「いなくなったら、わたしの願いは叶わないよ」
「そうかもしれない。だけど、僕を失うことで君は『真実の愛』を手にできる。それは君の願いでもあるんだ」
「そんなの嫌。ケンタリオスと一緒にいたい。もし願いを取り下げたら、側にいてくれる?」
「さっきもいったように、僕は星の精霊だから。人間界には長く留まれない。なんの願いも叶えられず消えることになる」
マーヤは、なにも言えませんでした。
彼を失いたくない一心で、願いを取り下げても消えてしまうなんて。いったいどうしたらいいのだろう。
悩むマーヤに、ケンタリオスは微笑みます。
「愛や悲しみ、あらゆる感情は、体験しなければ知ることはできないんだ。感情を知らない者は、生きているとはいえない。君は生きているだろ」
「でも、だからって」
「君が僕の幸せを願ってくれるなら、それが僕の幸せだよ」
マーヤは目を閉じ、涙をこぼしながら決心します。
自分の我が儘よりも、ケンタリオスの幸せを選ぶべきだと。それが本当の愛だと、ようやく理解したのです。
「ありがとう、ケンタリオス。あなたと過ごした日々は、わたしの人生にとって一番大切な宝物だよ。愛をありがとう」
流れ星が再び輝くとともに、マーヤの目の前でケンタリオスの姿が淡く消えていきます。
「また、いつか、どこかで」
手を振りながらみせた彼の微笑みが、マーヤの心に深く刻まれました。
その後、マーヤは村で流れ星を見るたびに、彼と過ごした日々を思い出します。
彼女の願いは叶いませんでした。でも彼への思い、愛はいまも胸の中にあり続けているのです。
愛とは、決して簡単には手に入りません。ですが、それでも真実の愛を知った彼女はあるがままを受け入れて、確かに続く明日へと歩き続けていくでしょう。
流れ星の約束 snowdrop @kasumin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます