第3話 限界王妃は妻になる


 気づけばミシェルは玉座の間の扉を大きく開け、堂々と中に入っていった。


「やあ、兄さん。久しぶり」

「……兄さん!?」


 ミシェルの後ろにいたルシアは、驚いて思わず声を上げた。すると彼は小さく振り返って、とんでもない事実を伝えてくる。

 

「実は僕、一応王家の人間なんだ。ディラン兄上とは異母兄弟。王城にいた頃は、ずっと魔法の研究で部屋に閉じこもってたし、政権争いが面倒で早々に王城を後にしたから、君が知らないのも無理はないね」


 そんなやり取りをしていると、突然の侵入者に驚いていたディランが眉を顰めながら言葉をこぼした。


「お前……ミシェルか? 今さら何しに帰ってきた?」

「いや、ちょっと兄さんに用があってさ」


 こちらを睨みつけるディランをよそに、ミシェルはニコニコと微笑みを浮かべている。

 すると、ディランがミシェルの後ろに隠れていたルシアの存在に気づき、頭に青筋を浮かべながら怒りをあらわにした。


「ルシア、貴様……! とんでもないことをしてくれたな!!」

「それは兄さんの自業自得でしょ?」


 すごい剣幕で怒鳴りつけるディランに、ミシェルはルシアを背で庇いながらそう返した。しかしディランはその言葉を無視し、玉座の間にいた臣下たちに罵声を浴びせた。


「何をしている、このウスノロども! さっさとこの二人を捕えろ!! 玉璽を盗んだルシアは大罪人だ! 即刻処刑する!!」


 しかし、ディランの命令に動く者は一人もいなかった。その様子に、流石のディランも焦った様子を見せる。


「……どういうことだ。おい、ミシェルお前――」

「ルシアと離婚してくれないかい? 兄さん」


 困惑するディランの言葉を遮り、ミシェルは静かにそう告げた。


「なんだお前、いよいよそいつが欲しくなったのか? そんな貧相な女くれてやる! いいから、さっさとこの状況を説明しろ!!」

「ありがとう、兄さん。良かったねルシア、これで君は自由の身だ」


 ミシェルはそう言うと、どこからともなく取り出した紙切れを破り捨てた。それは、ディランとルシアの婚姻証明書だった。王城で厳重に保管されているこんな重要な物を、彼は一体どうやって入手したというのだろう。


「さて、状況説明だったね。残念ながら、今の王城に兄さんの味方は一人もいないよ」

「お前、まさか……」

「お察しの通り、クーデターってやつだよ。それにしても、随分と城の人間に嫌われてるね、兄さん。僕が王位を簒奪したいって話を持ちかけたら、みんな泣きながら歓迎してくれたよ」


 ミシェルが笑顔でそう説明すると、状況を理解したディランの頭から血の気が引いていくのが見て取れた。


「なぜ今さら! お前は王位に興味などなかっただろう!!」

「うん。そうだったんだけど、気が変わってね。国が滅んで、魔法の研究が思うようにできなくなるのも困るし」


 するとディランは青い顔のまま、最後のあがきを見せた。玉座から立ち上がると、剣を抜きミシェルに斬りかかろうとしたのだ。

 しかし、ミシェルが指をクイッと下におろす動作をした途端、ディランは床に倒れ縫い付けられたように動かなくなった。


「さて、兄さん。どういう最期がお望みかな?」


 ミシェルはディランを見下ろしながらそう言った。

 一方のディランは激しくミシェルを睨みつけるも、もはや国王ではないこの男にはどうすることもできない。


「お前……こんなことをして許されると思うな!?」

「許されないのは兄さんの方でしょう? 全部聞いたよ。散々好き放題したことも、ルシアをひどい目に合わせてたことも」


 そう言うミシェルは、ひどく冷たい目をディランに向けていた。そして彼は、ルシアを振り返りニコッと笑うと、よくわからない質問を投げかけてきた。


「ルシア、苦手な生き物、いる?」


 ルシアは質問の意図がよくわからないまま、とりあえず聞かれたことに答えることにした。


「ええと、カエル、とか?」

「いいね! カエルにしよう!」


 ルシアの答えにミシェルは満足そうに笑うと、なんと彼は『えいっ』と言ってディランをカエルに変えてしまったのだ。その場にいた全員が目を丸くしながら、そういえばこの人物が辺境の魔女であることを思い出していた。


「どうする? 踏み潰す?」

「……いいえ、やめておきます」


 ミシェルにそう尋ねられ、ルシアはカエルの内臓が飛び散るさまを想像して、流石に断った。


「そう? じゃあ、兄さんは鳥か蛇の餌にでもなるといいよ」


 ミシェルはそう言うと、カエルになったディランをつまみ上げ、城の窓からポイと投げ捨てたのだった。


「さて、邪魔者はいなくなったところで、ここからが本題だ」


 ミシェルはパンパンと手を払いながら、ルシアの前に戻ってきた。

 そして、真剣な表情をしながらその場で跪き、優しくルシアの手を取る。


「ルシア。もしよかったら、僕と結婚してくれない?」

「え……?」


 いろいろと急展開すぎて頭が追いつかないルシアは、突然のミシェルの求婚にポカンと口を開けてしまった。すると、その様子を見たミシェルが慌てて弁明をする。


「ああっ、誤解しないで! 君をこき使うためとかじゃないから! まだ君がやりたいこと、全部叶えてあげられてないだろ? もちろん嫌なら断ってくれていいし、他国に行きたいならそれ相応の手配をする。とにかく、君の自由にさせてあげたいんだ」


 あまりに必死に言葉を紡ぐミシェルを見て、ルシアは思わずクスリと笑ってしまった。


「ありがとう、ミシェル。でも、どうしてここまでしてくださるの?」


 ルシアのその問いに、ミシェルは少し恥ずかしそうに答えを返した。


「実は僕、昔から君に惚れてたんだ」

「え!?」


 ミシェルの告白に、ルシアは目を丸くした。そもそも彼に会ったことがあっただろうかと記憶を辿るが、すぐには思い出せそうにない。

 するとミシェルは、ルシアの反応を見て苦笑しながら言葉を続けた。


「やっぱり覚えてないよね。まだ随分と幼い頃の話だけど、魔法の研究に使う薬草を取りに薬草園に向かう途中、怪我をしちゃってね。そこで、手当してくれた優しい女の子がいたんだ。それが君」


 そこまでの情報を与えられて、ルシアはようやく思い出すことができた。王城の中庭で、ひとり泣いていた男の子。あれは、ルシアがまだ十歳の頃だっただろうか。


「ごめんなさい、全く気が付かなくて……!」

「仕方ないよ、一度しか会ってないんだし。それで優しい君のことを好きになったんだけど、兄上の婚約者って知ってね。もともと王城から出ていくつもりだったのもあって、諦めちゃったんだ」


 そこまで話した後、ミシェルは苦しそうに顔を歪めながらルシアに謝罪した。


「でも、諦めなきゃよかった。僕は王城から出て俗世からも離れてたから、君が追い込まれてたのを知らなくてね。ごめんね、もっと早く助けてあげられていればよかったのに」

「いいの。だってわたくしは、あなたに出会ってから随分と助けられたもの」


 ひどく後悔するミシェルに、ルシアは優しくそう声をかけた。そしてルシアは、彼の瞳を見つめ、力強く宣言する。


「ミシェル。わたくし、もう一度王妃になります」


 ルシアの言葉を聞いたミシェルは一瞬大きく目を見開いた後、すぐに顔をほころばせた。


「僕の求婚を受け入れてくれてありがとう、ルシア。一生大切にする」

「こちらこそありがとう、ミシェル。もちろん王妃となった以上、全力で貴方をお支えする所存です」


 ルシアが当たり前のようにそう告げると、ミシェルは焦ったように言葉を返してきた。


「えぇっ!? 頑張らなくていい、頑張らなくていい! 僕は君を甘やかしたいんだから!」

「そういうわけにもいきません。わたくしが城を離れていた間、きっと仕事が溜まりに溜まってますわ。早急に取り掛からなければ! それに、ミシェルの研究の時間も捻出する必要があります!!」


 真剣な顔でそう言うルシアに、ミシェルは苦笑しつつも頭を抱えた。


「全く……君ってやつは!」



 その後王位についたミシェルは、妻のルシアとともに国の復興に励んだ。そして国は、二人の尽力によって大いに発展したという。



 ミシェルが仕事人間のルシアを甘やかすのに苦労することになるのは、また別のお話。




――あとがき――

最後までお読みいただきありがとうございました!

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【短編】

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身投げした王妃は、辺境の魔法使いに甘やかされる 雨野 雫 @shizuku_ameno

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