ゴブリンのナニ描け!

七渕ハチ

鬼畜ゴブリンの噂

「本日はどのようなご用件でしょうか」


 後ろで愛想のいい声が何度も聞こえてきた。他にも喧騒が多いのは、酒場が併設された冒険者ギルドの日常である。


 わたしは受付奥の隅っこで、紙切れに魔法陣のスタンプを内職ばりに押していく。契約の魔法がお手軽に付与できて依頼書に早変わりだ。王都で営むギルドのため驚きの繁盛ぶり。こんな仕事でも腱鞘炎との戦いだった。


「タマキくん、話があるので来てください」


「え? あ、はい……」


 ここを任されている責任者に呼び出しを受ける。あまり顔を出さないどころか、会話も稀な相手で嫌な予感がした。


 連れて来られたのは執務机と応接セットが置かれた偉い人の部屋だ。ソファーに座るよう言われて素直に従う。


「最近の調子はどうかな」


「ぼちぼちですけど」


「それは良かった。そんな君に素晴らしい提案を持ってきた」


「……」


 自分に大層な務めが回ってくるわけがなく。期待ゼロでため息をこらえた。


「とある支部に欠員が出てね。タマキくんにそこの責任者を任せようと思う」


 案の定な厄介案件。欠員でいきなりの責任者は地雷も地雷だった。


「やってくれるね?」


「……はい」


 拾われた恩もあって、残念ながら断れる立場ではない。話が終わるとスタンプ押し係はお役御免で、借りている部屋に戻って荷物の整理をした。


 翌日には馬車に乗って数週間の旅が始まる。その間に身の振り方を考えてもまとまらない。ただただ、悪路の揺れでお尻が痛くなった。


 ようやくの弾丸行程でたどり着いたのは辺境の田舎町だ。大都市で見られた門や外壁などはなく畑が大部分を占める、のどかな場所だった。


 まずは地図とのにらめっこ。ランドマークが僅かなので等高線を参考に高台へ赴く。ポツンと寂しく建つ木造の平屋が任された支部だった。


 扉に手をかけると閉まったまま。受け取った鍵を使い中へ入ると埃っぽさに鼻がムズムズした。


 奥の居住スペースを除けば、建物内には受付と依頼書を張り出す掲示板が設置されるだけ。ワンオペ上等の規模感だし、逃げたくなる気持ちは非常に分かる。現在の職員は責任者、つまりわたし一人。他に雇うのも自由ながら資金はなかった。こんな冒険者ギルドが出来上がるのは、運営が国から民間に移ったことによる弊害でもある。


 国の運営が長らく続いた結果、ギルドは腐敗の温床になったと聞いている。その解消に様々な商会が運営する形へ変わり、競争が生まれて正常化したようだ。


 けれど、年月は新たな問題を作り上げる。依頼を受ける冒険者の争奪戦だった。


 定番の酒場を始めとしたサービスの提供合戦など、それぞれの商会が宣伝に力を入れた。結果、業界内支部数ナンバーワンという触れ込みまで利用する始末。正直なところ、大手はどこも似たり寄ったりで細かなアピールが冒険者の興味を引いた。


 しわ寄せがくる下っ端にはたまったものじゃない。ある程度の依頼を達成しなければ運用実績なしとして警告、からの資格剥奪が待っている。誰かに責任を取らせたくて必死か。そろそろ、ブラックギルドを取り締まる制度を導入すべきだろうに。


 文句を言っても仕方がなく、荷物を奥の部屋に置いて掃除をする。そして、町長への挨拶を嫌々終わらせた。はいはい、といった対応だが近くの森にゴブリンが棲みついて困ってるらしい。


 引退した冒険者はいるものの、討伐を頼む費用には限界があるとか。ギルドが用意する依頼報酬は国の予算で、商会はそこから運営費諸々を得る形だ。


 もちろん、町が要請を出すことで依頼が作られる場合は多い。何かと手間がかかって、すぐさまというわけにはいかない話は度々聞く。そんな時に支部でもあれば対応が早くなる、と便利は便利な存在だった。


 当面のノルマはこなせそう。ただ、引退者を頼るのは冒険者を家業にする人が町にいない証拠だ。考える事柄が多かった。


 初日は旅の疲れをひたすらに寝て回復し二日目。受付カウンターに座ってあくびをする。あんなにうるさかった冒険者ギルドも場所が違うと、打って変わっての静けさ。サボり放題とはいえ、責任は全て自分の肩にのしかかる。


 逃げたところで行く当てはなし。精々、真面目な振りをしながら仕事に向き合おう。


 棚に仕舞われていたスタンプは低級モンスター用でゴブリンにも使える。通常は分かりやすく絵を描くが、専門の職人はいない。わたしが久しぶりにやるか。


 記憶を探って紙に描きつつ作戦を練る。わざわざゴブリンの討伐に離れた地域から冒険者を呼ぶのは非現実的だ。どうにか、この町で完結させる必要があった。


 ゴブリンが繁殖済みなら複数人の協力が欲しい。新人勧誘をしたとして教育がネック。引退冒険者にお願いできれば万々歳だけど。


 困ったことに、最近は教育軽視の傾向にある。低級モンスターの依頼はギルドにとって旨みが少なく実力者ばかりが注目され、新人の死亡数が年々増えて問題になっていたはずだ。


 責任者になったからには安全第一を掲げたいな。そのために何ができるか……さっぱり分からない。そもそもが下っ端職員だし。


「うーん……」


 わたしが新人冒険者だとして。生き残るのに不可欠な要素はなんだろう。


「たとえば……恐怖感?」


 どんなモンスターにも油断大敵の姿勢だったら生存率は高まりそう。しかし、ゴブリンは臆病なうえにタレ目垂れ耳で怖さが薄い。女の子を執拗に襲わないし。世間的な雑魚認識が根底にある気はした。


 嘘も方便で鬼畜エピソードを作って、恐怖を煽るのはどうか。新人相手なら騙せるかも?


 ゴブリンの絵も素直に描かず。筋肉質で醜悪な表情、舌を出してヨダレを垂らす。これだけでも圧倒されるな。いや、ここは必要以上に……いきり立った……巨大な……ナニを……。


「……」


「……」


「……うん。我ながら完璧」


 血が騒いで興が乗った。しばらく筆を握っていなかったけど人に見せても恥ずかしくない出来栄えだ。


「よし」


 とりあえず、引退冒険者に相談しよう。第三者の意見を聞くのは大事。外へ出て町長に住む場所を教えてもらい、家のドアをノックした。


「はーい!」


 可愛らしい声が聞こえ、ドアが開くとこれまた可愛らしい女の子が顔を見せる。まだ年齢は一桁です、みたいな体型だった。


「どちらさまでしょうか!」


「え? ああ……近くの冒険者ギルドを任された、タマキです」


「ママのお客様だね! 呼んでくる!」


 女の子が戻って納得する。架空の鬼畜ゴブリンを公開しなくてよかった。


 子供がいるなら、あまり危険な仕事はさせたくない。新人教育係として雇えれば嬉しいんだけど。


「待たせたね」


 出てきたのは戦士の身体つきを持つ女性だ。年齢が読みにくい美人さんで頬に傷があった。


「初めまして。タマキと言います」


「ムツリだ」


「快活なお子さんですね」


「ああ、血はつながってないんだがな」


 軽い談笑で距離を詰めるつもりが、重い話題に入りかけた。


「何か用か?」


「実は……」


 かくかくしかじかで、と町に来た理由やこれからの予定を説明する。


「なるほど、新人冒険者の教育か」


「ゴブリンへ対応するには人手が必要だと思うんです」


「そうだな。私も森へ足を運んだが発見が遅かったようだ。感触的に繁殖済みで数が増えている。近辺に広がって、他モンスターとの縄張り争いに発展するのは避けたい。ぜひ協力させてもらおう」


「ありがとうございます!」


 大変助かる返答だ。依頼料が届くまで当面、賃金は誤魔化さないと。


「あ、まずはこれを……」


 先に描いた絵を見せておく。


「わたしが調べたところによると、ここのゴブリンはとんだ鬼畜野郎なんですよ。女の子をさらっては〇〇〇にする連中でして。無限の性欲を持って毎日のように〇〇〇〇を繰り返すんです。〇〇させられても地獄は終わりません。やつらの目的は他種族を介した繁殖でもあるので。無理やり栄養を取らされ、その間も〇され続けます」


「……」


 ぺらぺらと適当を述べて新人を騙せるかの判断を、と考えたんだけど。ムツリさんが無表情に紙を持ち家の中へ戻ってしまった。


 妄言を抜かすイカレ野郎と思われた? 先に嘘だと前置きすべきだったか。身のこなしが自然過ぎて訂正を入れられず。やらかしたな。


 謝りたいが闇雲にドアをノックしても余計怒られそう。諦めるには適任すぎるし、菓子折りを買って頭を下げるしかない。


 子供向けの何かを探すべく回れ右すると音が聞こえた。振り向くとムツリさんが大剣を背負い出てきた……?


「改めて様子を見てくる」


「え? あー、お願いします……?」


 離れていく背中に手を振る。怒った訳じゃなかったのか。というより、わたしの言葉を丸々信じた? 予想外の展開に嘘でしたとは言えず仕舞いだ。


「……戻るか」


 とにかく当初の目的、教育係の手配は達成だ。後はムツリさんの帰りを待ち、冒険者の勧誘諸々を相談しよう。


 ギルドに着き、これから使うゴブリン用の依頼書を作成だ。残念ながら複写の魔導書がないため、絵は一枚一枚描く必要があった。


 手間はかかるが、暇はあり余る。リハビリに筆を走らせていると、手元の暗さに気づいて顔を上げた。熱中が過ぎて、すっかり日が落ちる時間帯だ。


 灯りを点けて伸びをする。そこで扉が開いた音にあくびが止まった。入ってきたのはムツリさんだ。


「お疲れさまです。首尾はどうでしたか?」


「数十匹を倒してきたが、この絵と同様の特徴を持つゴブリンはどこにも」


 鬼畜ゴブリンの絵が描かれた紙を手に首を振る。当たり前だし数十匹って。一人で狩り尽くしそうな勢いじゃん。


「こんなに立派な……実際に見てみたいが……」


「え……?」


「あ、あぁ……いや、一刻も早く倒さねば町に危険が及ぶ。私も冒険者に復帰するときがきた」


「……」


 何か熱いものに火がついた? 時間が遅いので話はまた明日に、と別れたけど。次の日は朝からゴブリン討伐に向かったらしいムツリさん。下手に新人を育てるより全て任せた方がいいような。


 しかも日が経つにつれ、なぜか噂を聞きつけた現役冒険者が増えていく。わたしが流していない以上、ムツリさんが発生源のはず。


「今日もゴブリンの討伐でいい?」


 ギルドの受付に座って依頼の手続きを行う。そこそこ繁盛しだしたのが不思議だ。〇ん〇んって奥深い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゴブリンのナニ描け! 七渕ハチ @hasegawa_helm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画