小さな村の小さな天使

 何はともあれ少女は元気になった。別に尻尾も獣耳も生えていないが、それはそれはキュートな少女だった。例えるならそう、天使である。

 その少女は、エマという名前だった。エマは私にとても懐いて、その日の夜も一緒の布団で眠った。


 翌朝、私が帰りの支度をすると、エマは泣きながら駄々をこねた。どうやら私ともっと一緒にいたいらしい。両親がなだめても、エマは「行かないで!」と抱きついてくる。

 流石に気の毒になったので、経過観察という名目でもう三日間滞在することにした。


 エマは大喜び。すり寄って来る少女は大変愛らしかった。


 その後、エマの両親は私に金貨の入った袋を手渡してきた。が、私はそれを受け取らなかった。その代わり「私に払う必要なんてないから、エマに使ってあげろよ」という名言(?)を残して颯爽と部屋に戻った。かっこいいだろ。



 やがてエマは、医学に興味を示すようになった。どうすれば怪我や病気を治せるのか、どうすればそれを学べるのか。

 気になるのも当然だろう。実際に、その力に命を助けられたのだから。


「医学を学びたいなら、本を読むのが一番だな。この世にはたくさんの本があるからな」

「本で勉強するの?」

「君のお家にあるやつで、回復術の本はないのか?」

「うーん、あれは全部水魔法の本らしい。私を治療するためにお父さんが借りてきた回復魔法の本はもう返しちゃったみたい」


 あれだけ沢山あった本は全部水魔法か。いいなぁ。私も少しだけ使えるが、あくまで基礎だけだ。水魔法も悪くないんじゃないか。かっこいいし。


「じゃあ水魔法を勉強したら?」

「えぇー、回復魔法がいいなぁ……」


 エマは不満そうだった。これはあれだ。目の前で回復魔法の偉大さを証明してしまった私にも非があるな。全く、私ったら偉大すぎ!


 ……思えば、私はお金目当てで医者になった。あとは当てつけか。

 人助けとか、そういうのが大嫌いだった。少しも信じていなかった。クラリスに「世の中は人助けだ」と言われた時は、そんなものは幻想だとすら思っていた。

 お金欲しさに一番報酬の多い診療所に行ったし、実際に金貨の山を見て心が躍った。が、それも最初だけだった。


 私は多くの人に助けられた。そして、多くの人を助けた。やがてそれが生き甲斐になった。

 お金なんかよりも大切な「人助け」に夢中になったのだ。


 もし、この子が人を助けるようになったらいいな。


 私は鞄をガサガサと漁った。

 そして、ボロボロの中古本を取り出す。今となっては必要ない、入門の本だ。ずっと持ち歩いていたのは、いわばお守り代わりである。


 クソガキがたったの銅貨三枚で手に入れた、夢のある本だ。

 後から知ったが、これらは星の数程ある入門書の中でも優れた四冊だ。しかし、中々手に入らないため中古ですら高値で取引されるような代物。ジジイがくれた大切な宝物だ。

 頭の中で、ジジイを思い浮かべる。その瞬間、私はあの頃の幼い姿に戻っていた。そして、問いかける。


『おいジジイ! これ、譲ってもいいか?』

『もちろん』


 ジジイは優しい笑みを浮かべた。


 私は、ずっと大切にしていた四冊の本をエマに渡した。


「これ、あげるよ」

「えっ……? いいの?」


 少女は目をキラキラさせた。もう、キラキラしすぎて眩しいほどだ。

 あの日、くたびれた古本屋で、きっと私も同じ目をしていた。卑屈で生意気だが年相応の目だ。


「その代わりちゃんと勉強して、もし困っている人がいたら助けてあげろよ?」

「うん!」


 エマは、ボロい本を抱きしめて笑う。私はそっとその頭を撫でて「頑張れ」と言った。それらは、私みたいなクソガキですら医者にしてしまった最強の四冊だ。エマみたいな立派な子なら、私をも超える超最強の医者になってしまうかもしれない。



 帰るまでにやることができた。


 あの中古本、入門としては素晴らしい本だが所詮中古。読めないところや抜けてるページが沢山あった。

 私は当時、それに苦戦してギャーギャー喚いていた記憶がある。なので、キュートなエマを導くため、補足事項なども交えたメモを作ったのだ。以前エリカに魔法について説明するために書いたメモを改良したものだ。


 なるべく分かりやすいように書くことにする。重要なところだけでなく、もしかすると使うかもしれないような豆知識なんかも沢山書いておいた。

 アドバイスやメッセージなど、よけいなお世話をしまくっていたら、なんと紙が十枚も埋まった。


 出発までの間、それと並行してエマの毛並みチェックは欠かさない。いや、ただ撫でたいわけではないぞ? これはちゃんとしたチェックだからな!


 エマは可愛らしい少女だったが、礼儀も正しかった。どこかのクソガキとは大違いで、謙虚だったのだ。早速例の本を読んでみたとのことだ。文字はちゃんと読めるらしい。


「ミリさん、本のここがわからないんだけど」

「もうここまで読んだのか? すごいな。えっと、ここはだな……」


 エマがあまりにもキュートだから、色々教えたくなった。

 一日中色んな話しをした。回復魔法や私の生い立ちも……まぁ、ところどころ美化したが。


 逆に、エマも色々教えてくれた。

 この村の習慣や、仲の良い友人。この村にしかない植物など……彼女は博識だった。様々なことに興味を持ち、様々なことにチャレンジする。昔の私とは違い、元気で明るい子だった。



 私は、村を出る前にメモを完成させた。その名も「ジジイの意思〜生意気少女の夢を添えて〜」である。いや、長いな。通称・メモ。


 エマがそのメモを受け取ると、彼女はかつてないほどの笑顔を見せてくれた。私はそれを見た途端、少しだけ寂しさを覚えた。

 願わくば、もう二、三日滞在して毛並みをチェックしながらゲヘゲヘと笑いたいところではある。しかし、診療所での仕事が待っている。いつまでもエヴァンに任せておくわけにはいかない。


 私がエマに背を向けると、後ろから震えた声が聞こえた。


「もう、帰っちゃうの?」

「あぁ、そうなるな」

「……もうちょっとだけいない? 一日だけでいいから」

「いや、帰ってやることもあるしな」


 エマが私を引き止めるたびに、なんだか申し訳ない気持ちになった。こういうとき、なんて言えば元気になってくれるだろうか……。


 そうか、これが「さよなら」じゃないことを教えてあげればいいんだ。


「エマ。これで一旦お別れだけど、また会えるから。だから『さよなら』じゃなくて『またね』だ」

「そっか……じゃあ、またね! ミリさん!」

「あぁ。またな、エマ」


 私は母と喧嘩して、家を飛び出した。けれどまた会えた。クラリスや魔法学園の皆ともまた会えた。ジジイとは……会えなかったが。


 私はそのまま、歩き出した。



 かつて父を失った私は、命というものがいかに儚いのかを知った。


 あの時の私は復讐に燃えていたようで、実はずっと人を助けたかったのかもしれない。医学という力で、私と同じような思いを皆にさせたくないと、そう思っていたのかも────。



 これからも私は、皆を癒し続けるだろう。そう、「卑屈な天使」として。

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異世界診療所の卑屈な天使~農民の私が一流の医者になる話~ Hazai @Hazai

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