医者として
(ミリ視点)
私は故郷を離れ、ディスト王国の診療所へと帰ってきた。僅か二日間の旅だったが、充実していた。帰りの馬車も、行きよりもずっと短く感じる。
街についてすぐ、ロミーナが出迎えてくれた。
「おかえり、ミリ! 久々の故郷はどうだった?」
「最高だったな。友達にも会えたし、母とも仲直りできたよ」
「それはよかった! ずっと心配してたんだ」
旅の感想を一通り話し終えると、ロミーナが切り出した。
「ねぇ、ミリ。前に診療所を担当していた医者が、この二日間診療所にいてくれたんだけどさ。その人がミリに会いたがってるんだ」
「私に?」
確かに私もそのつもりだった。ちゃんとお礼を言いたかったしな。それにしても、私に何か用事でもあるのか……? どんな人なんだろう。野蛮な人で、突然殴られたりでもしたらどうしよう。その時はヒールか。
そんなことを考えながら、私は診療所へ向かった。不思議な感覚だが、きちんとノックしてから入室した。
そこにいたのは、いかにも大人の女性といったような人物だった。小綺麗なローブを身にまとい、本を片手に窓の外を見いた。そして、彼女がこちらに気がつく。
「あら、あなたがかの有名な天使さんですね? はじめまして。私はエヴァンといいます」
「あ、どうも」
「かの有名な天使も、こうしてみると可愛らしい女の子なんですね」
エヴァンは「ふふっ」と、いかにもな笑い方をした。動作や口調も、全体的に上品な人である。私とは対照的だな。できればその豊かな胸部の膨らみを譲ってはくれないだろうか。
「で、私に何か用が?」
「そうでした! その……お願いがあります。天使さんに助けててほしい人がいるのです」
「助けてほしい人?」
「はい。ディスト王国のはずれにある小さな村で、とある少女が難病に苦しんでいるのです。私はその子の両親に依頼されて、治療を試みましたが、技術不足でした。でも、天使なら治療できるかと……」
「えっ、私がか?」
すると、エヴァンは私に頭を下げた。さっきまでの優雅さが嘘みたいにである。彼女はそのくらい必死だった。
「その子はまだ幼く……もしかすると死んでしまうかもしれません! 天使さんの力でなんとかできませんか? その間、診療所は私にまかせてください」
「やけに必死だな?」
「それは……その村は私の故郷なんです。病気になった子は私の親戚でして……」
「なるほどね」
「どうか、助けてくれませんか?」
私はしばらく考えていた。懸念点はただ一つ、私に治療できるかどうかである。その病気は、目の前にいるこの医者にも治せなかったものだ。果たして私にそれが可能なのか?
……まぁ、試してみるか。幼い病人を見殺しにするほど、私は駄目なガキじゃないからな。
「まぁ、引き受けるとするよ」
「ありがとうございますっ! 天使さん、どうかあの子をよろしくお願いいたします」
こうして私は、ディスト王国のブルース村というところに向かうことになった。カバンにはいつもの四冊の本と手書きのメモ、買ったばかりの呪いの本、それから薬草などを持ってすぐさま出発する。これらを使うかは分からないが、後で「持ってくれば良かった」とはならないようにしたい。
行き帰りの馬車は手配してくれているらしく、出発まではスムーズだった。
休む暇はなかったものの、事態は一刻を争う。私は馬車の中で昼寝をし、到着するのを待った。
◇
ブルース村はのどかであった。ディスト王国は平原が多く、こうした小さな村が点在している。ここも、その中の一つだった。
エヴァンに渡された地図を頼りに、村で一番大きな家に向かった。どうやらお金持ちの家らしい。その外観は、私の実家とは違いとても大きく、きちんと整備された庭があった。
私は豪華な装飾がなされた扉をノックして「ミリだ。エヴァンさんに依頼されて来た」と大きな声で言った。すると、中から一人の男性が現れた。どうやら、この人物が少女の父親らしい。私の姿を見るなり、少し不安そうな顔をしていた。すまなかったな、ガキで。
「君が噂に聞く天使ですか! よかった……どうぞ、入ってください」
「どうも」
男は随分とげっそりしていた。娘のことが心配で心配で仕方ないといった表情だ。案内されるまま部屋に入ると、医学の本が机に積まれているのが見えた。娘を救うために色々していたのかと思うと、少し感心する。
この家には、それ以外にも沢山本があった。本は高価なので、ここまで集めるのも大変だっただろう。やはり金持ちは一味違うな。
男に飲み物を出されたが、早く患者の様子が知りたかったので飲まないことにした。そして、例の少女がいるという、二階にある部屋に案内するよう指示した。
言われるまま二階へ上がり、案内された部屋に入ると、青い髪の少女がベッドでうなされていた。エヴァンから聞いた通り、幼い子どもである。少し離れたところでも、すでに息が荒いことがわかる。
駆け寄って、体温を確認する。酷い熱があるみたいだ。また息も荒く、目は虚ろだった。私が脈をとっていると、背後で男が不安そうに言った。
「ミリさんは、なんともないんですか?」
「なんともない、とは?」
「その子に近寄ると、何故か息が苦しくなるんです……そのせいで、まともに看病してあげられなくて」
「ほう……それは呪いの症状かもな」
呪いとは、人為的に発動するものもあれば、自然とかかってしまうこともある。それに、似たような症状をちょうどクラリスの店で買ったばかりの本で見たことがある。
それにしても、私は何故なんともないんだろう。そう思い、その本をパラパラとめくった。すると、呪い耐性についての項目が目に入ってきた。どうやら、生まれつき呪いに耐性のある人が存在するらしい。
そういえば、シーナの右目を見た時、私は何も感じなかった。最初は生まれつき魔力量が多いからだと思っていたが、それはジジイの嘘だったらしい。つまり、私は呪い耐性という才能を持っていたんだな。
「む、娘は治りそうですか?」
「それはわからん。でもやってみる」
「お願いします! どうか娘を……」
「わかってるよ。じゃあお前は、とりあえず飲水と布を用意して」
「はい!」
私はすぐさま治療にとりかかった。
治療の流れはシンプル、薬草を炊いてから解毒の魔術を流して呪いを解く。どうやらこの呪いは、解毒魔法で打ち消すことができるらしい。その後、回復魔法で治療する。それを何度も繰り返すだけの単純な治療だ。
そして、たまに水を飲ませる。脱水もまた、怖い要素ではあるからな。
私は、日が暮れるまで少女を治療し続けた。魔力をここまで使ったのはサファイアの時以来だろうか。やはり、使いすぎると体に良くないらしく、頭痛や吐き気に苛まれた。
少女の両親が定期的にやってきて、食事や飲み物を持ってきた。私は半分ほど手を付けてまた、治療を再開する。
少女は、意識があるのかないのか。ずっと荒い呼吸をしている。治癒の魔法を使っている時だけは、少しマシになるが……。
ずっとこの調子だったのだろう。きっと食事だってろくにしていないはずだ。
私が医者になると決めたときよりも、もっと幼い子どもなのに、原因不明の呪いや病気に苦しんでいたのだ。さすがの私でも心が痛む。だから私は、魔力を惜しまず使ってこの子をヒールし続けた────。
到着から翌日の朝。少女は目を覚ました。顔色はすっかり良くなり、熱もなくなった。意識はまだ朦朧としているようだが、呪いも解けている。これで安心だ。
私はもうクタクタだった。とにかく、少女が無事だったので、寝ることにする。よって、とっととその場を離れ、親子だけの空間にしてあげた。私ったら気が利くな!
借りた客間のベッドはフカフカで、寝転んだ瞬間ふっと全身の力が抜けるのがわかった。かつてないほどの疲労感に苛まれていたが、ここに来て正解だったと思う。
私が断っていれば、あの少女は…………助からなかっただろう。
私は改めて医学の偉大さを実感しながら、深い眠りについた。
◇
目が覚めて、日が落ちていることを確認した。あれから何時間経っていたのだろうか。検討もつかないが……。
そろそろ帰ろうかとベッドから起き上がると、横には私が助けた少女が座っていた。ずっとここにいたのか……? そして、彼女はぎこちなく頭を下げて、私に礼を言った。
「あの! ありがとう!」
えらいな。この年でお礼が言えるのか。私が同じくらいの歳の時は言えただろうか?
まぁ、私も頑張ったしな。よし、お礼にその黒い髪を撫でさせていただこう。少女は猫のように目を細めて、嬉しそうに笑った……が、その直後、少女は私に抱きついて泣き始めてしまった。
「私、死ぬかと思った……ミリさんが助けてくれなかったら……」
「そうか。よしよし、よく頑張ったな」
「辛かったよ……」
少女は、私が来るずっと前からあの状態だったという。エヴァンですら何もできず、私に頼んだぐらいだからな。
私は運良く治療できたものの、それは結果としてそうだっただけ。もし、はるばるやってきて何もできないままこの子が衰弱死するのを見届けるようなことになっていたら…………。
腕の中で、少女は震えていた。もしかすると私も震えていたかもしれない。私が学んでいた医学というものは、人の命と密接に関わる大事な学問だ。今まで、それを実感する機会などなく、なんとなく理解していたつもりだった。
この少女を救った医学という大きな力に、私は感謝した。
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