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 なんで別れたの。

 唐突にそう尋ねられた時、咄嗟に反応に困った。

「あれ、分かります?」

 思わずそう尋ねていた。

「メール打たなくなったから」

 言われて、あー、と佐藤は苦く笑う。

 彼女と付き合っていた一週間、これでもメールをよく打った方である。元々メールが頻繁に来るような事がないだけに、昼休みに携帯を触っていただけで彼女の存在に感付かれ、彼女の突然の仕事先訪問によりその存在は確定となり、そして今、また携帯を触らなくなった事で別れた事がばれる。自分って分かりやすいんだなと、佐藤は頭など掻いたものだ。

「めちゃくちゃ可愛かったのに。え、一ヶ月もった?」

「や。一週間ですね」

 そもそも彼女ではなかったが、とは言えない。

「もったいな。まー、でも色々あるわな。で、なんで別れたの」

 コンビニ弁当をぶら下げ現場に戻る道すがら、三つ年上の先輩は話のネタにとばかりに問うて来る。契約切れとは、やはりこれも言えない。

「あ、もしかしてお母さんの件関係ありとか? だったら申し訳ないけど」

 佐藤の母は先日、静かに息を引き取った。覚悟はしていたのだが、それでもやはり、堪えるものはある。葬儀や後始末に加え、心の整理がつくようにと長く休みを貰い、昨日仕事復帰したばかりである。

「いや、全然。亡くなる前に別れたんで」

「あ、そう。じゃ、なんで? 寂しい時程、人肌恋しくない?」

「まあ、そういうのが嫌だったのもあるというか。弱ってるの見られたくないのもあれば、弱っている事に付け込んで触りたくもなかったっていうか」

 実際は少しばかり気持ちがふらついて、一度抱き締めてしまったけれど。それも、言う必要はない。正式に付き合っていなかっただけに、言えない事が多いなと佐藤は一人、心の中で苦く笑う。

「甘えさせて貰えばいいのに」

「いやー自分的にはなしですね。それにほら。彼女可愛かったでしょ。何をどう見てももてる」

「だろうね」

「俺じゃもったいないでしょ」

「そんなもんかね」

 先輩は我慢できなかったのか、ホットフードを摘まむ。つられるように袋の中に手を伸ばした佐藤に、唐揚げを頬張りながら先輩は言った。

「佐藤が本当に振られたなら、彼女に見る目がない。次行け」

「……泣かしにかかってます?」

「悪いけど、俺も結構もてる」

 一瞬足を止めてた佐藤を置いて、あははと笑う先輩がすたすたと行ってしまうので、その背を小走りに追う。

 彼女が幸せになるといいな、と思う。自分を卑下する訳では決してないが、まだ学生で、来年からも大学生として多くの出会いがあるであろう彼女にはこれから、五万と選択をする権利がある。これ以上気を許す前に、情が移る前に、手放しておくが正解だ。

「そういう先輩こそ、別れたばかりじゃ?」

「それを言うなー」

 自分には今、共に笑い合ってくれる人がいる。今ならまだ、手放せる。

 

 どうか幸せにと願った彼女から「今何してる?」と意味が分からないメールが届くのは、もう少し後の事。

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10日間の恋人 みこ @miko-miko

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