第4話 『育て屋』カイナ

「ヴルルルルァァァァッ!」


 ――『はじまりの街』スタルトは大混乱に陥っていた。

 とある勇者候補が捕獲して連れてきた魔物、ブリザードウルフ。

 それが拘束を抜け出して、街の中で暴れているのである。

 スタルトは外敵から身を守るため、街の周りを石造りの壁で取り囲んでいる。

 それが逆に仇となり、ブリザードウルフの暴走から簡単に逃げ出すことができなくなっているのだ。

 いわば、飢えたライオンの檻の中に、人間が閉じ込められているような状態。

 唯一の出入り口である門に人が殺到しているが、門は狭く、混乱した人々が我先にと外に出ようとして混雑している。


「ヤバいヤバいヤバい、ヤバいぞ! 街の中で被害者を出したと知れたら、女神から罰を食らうかもしれない……!」


 魔物を連れてきた勇者候補は顔面蒼白になっていた。


「皆さん、落ち着いて! ひとりずつ、ゆっくり行動してください! 押さないで!」


 賢人ケロンが声を張り上げても、悲鳴を上げている人々の耳には入らない。

 押し合いへし合いして、群衆は今にも将棋倒しになりそうな危機的状況に陥っていた。


 ――そんな中。


「ん? 何の騒ぎだろう?」


「なんかみんな門の方に集まってるわね。勇者様でも帰ってきたのかしら?」


 スタルトで自分のできることを探そうと、街の中のギルドで仕事を探していた帰りだったカイナとパン屋のエイミーは、何も知らないまま、そこを通りかかったのである。

 そして、偶然にもその魔物騒動に巻き込まれることになった。


「君たち、建物の中に避難しなさい! 街の中が危ない!」


「へ?」


 カイナたちに気付いたケロンが叫ぶが、状況がわかっていないカイナはキョトンとしている。


 ――その背後から、巨大な狼が迫っていた。


「カイナくん、エイミーくん、後ろ!」


「え? ――うわぁっ!」


「カイナ!」


 ブリザードウルフが、カイナに飛びかかる。

 カイナはバランスを崩して、地面に仰向けに倒れた。


 狼はその大きな口を開けて、カイナに食らいつくかと思われた。

 だが。


「んん……くすぐったい……」


 ブリザードウルフは、カイナを食らうことなく、ペロペロと舌で彼の顔を舐めていたのである。

 カイナの顔は狼の唾液まみれになっただけ。

 勇者候補も街の人達も、唖然としてその光景を見ていた。


「あの凶暴なブリザードウルフが、初対面の人間に懐いている……?」


 ケロンは興味深そうに、カイナと狼を見比べている。


「ケロン先生、彼は何者ですか?」


 あっけにとられた勇者候補は、ケロンにカイナのことを尋ねた。


「彼はカイナ。君と同じ、イレギュラーとして召喚された者です」


 賢者ケロンは、ようやくカイナの正しい能力を見抜いたのだ。

 それを、街の人々に伝える。


「カイナの秘められた力は、おそらく魔物を従わせるものです」


 騒ぎを聞きつけてやってきた地方領主は、その事実に驚いた。


「なんと。つまり、モンスターテイマーということかね?」


「厳密には違うかもしれません。カイナくん、君はこの世界に来る前に、魔物と触れ合ったことは?」


 カイナは首を傾げた。

 現代日本に魔物なんているはずがない。

 しかし、過去の記憶をたどって、彼は「あっ」と声を上げた。


「僕、ゲームのモンスターを育てるバイトをしてたんです」


 それは小学生の頃の記憶だ。

 モンスターを育てて戦わせるゲームが流行っていた頃、ゲームを買ってもらえなかったカイナは、友達のモンスターを育てる代わりに好きなお菓子を奢ってもらうというバイトをしていた。

 それで彼は、その小学校では有名な『育て屋』と呼ばれていたのである。


「ふむ、では間違いない。彼の能力は魔物の育て屋です」


 カイナの力は、剣技でも格闘技でもない。

 弓矢でも魔法でもない。

 魔物を従わせ、育て上げ、魔物に代わりに戦ってもらう能力。


 それに皆が気付いた時、カイナは今度こそ街の人々に認められたのである。


「すごいよ、カイナ! あなたはやっぱりイレギュラーだったんだ!」


 隣にいたエイミーがカイナに抱きつく。


 イレギュラーと呼ばれる勇者候補の中でも、とびきりのイレギュラー。

 それが、『育て屋』カイナであった。


 その後、ケロンに真の才能を見出されたカイナは、地方領主と交渉をする。

 領主から打ち捨てられた牧場を土地として与えられ、彼は育て屋の仕事を始めることにしたのだ。

 最初に育てることになったのは、あのブリザードウルフである。

 狼を連れてきた勇者候補は、「君に任せるのが一番良さそうだ」と言い残して、街を再び旅立った。


「ねえ、この子に名前をつけてあげましょうよ」


 パン屋の娘エイミーはもふもふとした狼の毛皮に顔を埋めている。


「そうだなあ……ブリザードウルフだし、お前の名前は『フブキ』でどうだ?」


 純白の狼は満足そうに、ぺろりとカイナの頬を舐めた。


 それから、カイナとエイミー、ケロンと街のボランティアで協力して、牧場を整備・開拓しながら、育て屋として魔物を育てることになったのである。


『育て屋』カイナの魔物牧場。

 彼は魔物を育てて鍛え上げ、魔物に代わりに戦ってもらう。そうして、街を守り世界に平和をもたらすのは、このあとの話だ。


〈了〉

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『育て屋』カイナの魔物牧場 永久保セツナ @0922

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