第15話 依代


 柑橘系の軽く、爽やかさの中に、桃の果実のようなしっとりとした甘さと、香木の霧のような妖艶さが混ざる、匂い。


 焚かれている香の匂いだけでも、そこが高貴なる者が住む場所であり、また、女性の園であると認識できる。


『鳳凰宮』火袋のホゥアンが管理する後宮に、シュクはやってきていた。


「いやぁ、ありがとう。さっぱりした。昨日は風呂にも入れなかったから」


 湯浴みの後の、ほかほかとした蒸気を出しながら、シュクは注がれた果実水を口に含む。


 柘榴のような赤い液体は、その見た目のようにシュクの口に清涼さを与えてくれた。


「うんまい!! はぁ、口が本当に酷いことになっていたから、助かるー」


「……そう、それは良かったわね」


 そんなシュクを、この『鳳凰宮』の主人、ホゥアンが離れた席で見ている。


 シュクは今、檻の中にいた。


(いや、また囚われの身なのか)


(なんか、保護してくれるって話だったから、ホイホイついて行ってみたけど、お風呂上がりに牢屋に入れられるとは思わなかったなぁ。ジュースは美味しいからいいけど)


 シュクと銀狐のシルコは、脳内、というか心の中で会話する。


(まぁ、死刑判決を受けた身だからな。自由にするわけにもいかないだろう)


(クラウが喋った!?)


 シュクとシルコの会話に、クラウも参加してきた。


(……やっと出来たか。2人の会話は聞こえていたが、裁判中に声をあげるわけにもいかないから、どうしようかと思っていたのだ)


(……そういえば、クラウは今のシュクの体の持ち主じゃったのう。その黒いタヌキのような体も、おそらくはクラウ自身が作り出したもの。シュクを経由して、ワシらの会話に参加する程度のことは出来るのか?)


(……待て、俺のこの体は、俺が作ったのか?)


(なんじゃ? 気がついておらんかったのか? お主は元々『肉』を作り出すことが出来るんじゃろ? ならば、緊急時に自分の魂の器となる肉体を作り出しても不思議ではないじゃろうが)


(作ったのがその可愛い黒い豆タヌキなのは、余力がなかったから、かな?)


(……しかし、この体は動いているぞ? 俺は、死体を……『肉』を作ったことがあっても、生きている体を)


「ねぇ?聞いているのかしら?」


 ガンと檻を叩く音がして、3人は慌てて会話を打ち切る。


 いつの間にか、ホゥアンがシュク達の入っている檻の前まで来ていた。


「ホゥアン様ー危ないですよぅ。『術』を封印する檻の中といっても、そこにいるのはあの『人喰い』ですよ?食べられちゃいますぅ」


 ホゥアンの侍女の1人、艶のある桃色の髪の少女が、涙目になりながら彼女を檻から離そうとしていた。


「あのねぇ、マォ。その気になれば、クラウ様はこの程度の檻、いつでも出られるの。みてみなさい。彼の式神を。『術』を封じる檻の中にいるのに、平然と存在しているわ」


「それなら、なおのこと離れましょうよぅ。ホゥアン様は、ローヒルト様の妃となる方なんですよぅ?こんな、危ない『人喰い』王子に襲われたりしたら……」


「それは、アナタ達が言っているだけでしょう? 私としては、妃の勤めが果たせるなら誰でも……ヒルメール様の第二婦人とかでなければ……じゃなくて、そもそも、クラウ様は王族です。『人喰い』などと呼ぶことは許しません」


「でもでもでもぉ!さっき殺人罪で有罪で死刑になったじゃないですかぁ!!そんな人の近くにいたらダメですぅ!!」


「それも、というか、それを聞くためにこの後宮におよびしたのよ!さっき説明したじゃない!!」


「そんなの、知らないですよぅ」


 ざめざめとマォと呼ばれた桃色の髪の少女が泣いていた。


 どうやら、よっぽどクラウに、つまり、シュクに近づきたくないらしい。


「えーっと、もう大丈夫?」


 会話の途切れに滑り込むように、シュクはホゥアンに話しかけた。


「失礼しました。私から話があると言っておきながら……」


「まぁ、それは別に。こっちもシカトしちゃってたみたいなんで。それで、何か質問でもしていたの? 例えば……袋の化物について、とか」


「……聞いていたの?」


「それくらいなら、裁判での様子や、流れでなんとなく。一応確認だけど、袋の化物について、火袋のホゥアン様は何も知らないってことでいい?」


 シュクは、じっとホゥアンに目を合わせた。


 それは、ホゥアンが嘘をついていないか確認するためでもあるし、シュクが嘘をついていないと確認させるためでもある。


 ホゥアンも、シュクの目を見ながら、答えを返した。


「はい。その、クラウ様がおっしゃられている袋の化物がどういう形状をしているのか、どのような存在なのかも存じません。もちろん、その袋を出所も含め、私は何も」


 ホゥアンは、何かを握りしめている。


 それは、一本の髪飾り。


 ホゥアンが言っていた、殺された侍女の物だろう。


 その髪飾りにシュクは視線を移す。


「依代……」


「え?」


「あんな火の鳥を出すくらいだから、多少は呪い……この世界だと『術』っていうのかな?まぁ、そういうことに詳しいと思うけど、それって、『術』の媒体になる依代があると使いやすくなるよね?」


 シュクの質問に、ホゥアンが頷く。


「私の『鳳凰』も、私の髪の毛を依代にしています」


「そうなんだ。それは優秀だね。自分の髪の毛だけで、自分とは形状の違う生き物の呪いを……『術』使うのは難しい。素人には無理だ。まぁ、火の鳥をぶつけるだけだから、それでいいのかもしれないけど」


「……そうね」


「依代と、作りたい式神の形は似ている方がいい。そうすれば、形だけじゃなくて、思考のようなモノまで再現しやすくなる。特に、念が籠っている部分。髪の毛、とか頭とか」


 シュクの話を聞いて、ホゥアンはぎゅっと唇を噛み締めた。


「袋の化物は、人型だったの?」


「ああ、一見、人間が袋を被っているような、そんな化物だった」


「その化物の依代は……人の頭だったの?」


 ホゥアンの目には、涙が浮かんでいた。

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祠壊師は呪われたい ☆異世界に飛ばされたら、人喰い王子と出会いました★ おしゃかしゃまま @osyakasyamama

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