第29話 月例試験・実技課題5(魔法探知)その7
「あ、ブロンズ3のトロッコが見えてきましたね」
解説者のミリエルが言った。
彼女の言う通り、既に肉眼でトロッコは見える。
「そうですね。ではニコライ先生、出発の準備をお願いします!」
それはもじゃ頭にとって死刑の宣告に等しいものだったのだろう。
彼は蒼白な顔色のまま、硬直したように動かなかった。
それはそうだ。
誰だってゾンビに体中を食い千切られながら死んでいくなんて、嫌に決まっている。
しかもその後は同じくゾンビとなって動けなくなるまで徘徊する事になるかもしれない。
だがそんな彼に放送部員は無情に死の宣告を突きつける。
「ニコライ先生、出発の準備をなさって下さい! もうすぐにブロンズ3のトロッコが戻ってきます。入れ替わりですぐに出発しないと間に合いません!」
もじゃ頭はそれでも動かなかった。
いや、動けなかったのかもしれない。
そして全身がおこりののようにガタガタと震え出した。
(こんな醜態、生徒の前では晒せないだろ。教員席が生徒席と離れている事が彼にとって救いだな)
だが生徒たちにはそれがわからない。
なぜ先ほどあれだけ威勢のいい演説をしたニコライ・ニコラウスが、すぐに助けに行こうとしないのか?
多くの生徒は「何かの準備をしているのか」と思いながら、期待を込めた目でもじゃ頭を見ている。
「ブロンズ3の生徒が、ついに会場に戻って来ました!」
会場にブロンズ3のトロッコが着地する。
そして田村梨花とフリージアがトロッコから降り立った。
「ニコライ先生。ブロンズ3のトロッコが到着しました。もう出発できますよ!」
放送部員がじれたようにそう言う。
しかしもじゃ頭は動こうとしない。
「ニコライ先生、どうしたんですか? いま出発しないとブロンズ1と2の生徒が危ないです」
それに解説者のミリエルが続く。
「ニコライ先生。すぐに出発する必要があります。ブロンズ3を追って来たワイバーン・ゾンビはまだ防御結界の近くにいます。このままではブロンズ1と2の生徒が戻って来ても、挟み撃ちにされてしまいます。一刻も早く彼らを助けに行かないと!」
もじゃ頭は目を見開いたまま、小さく首を振った。
近くで見るとイヤイヤをしているようだが、遠目には分からないだろう。
その様子を隣で見ていた赤マントが、小さい声だがハッキリと告げる。
「ニコライ君。行くしかないだろう。君が決めたことだ」
もじゃ頭は見開いた目で赤マントを見た。
口を開いたままワナワナと震えているが、その声は出ない。
「ジャック・ガーランド先生。ニコライ先生をトロッコまで連れて行ってあげて下さい。どうやら武者震いが止まらないようだ」
赤マントが冷酷にそう言った。
屈強な魔法剣術の教師は、背後からもじゃ頭を引き立たせる。
ニコライはそれに僅かに抵抗を示したが、やがて諦めて教員席からトロッコのある会場中央まで降りていく。
途中で何度も足がくじけて倒れそうになるが、それをジャック・ガーランドが支えていた。
ついにトロッコの前までもじゃ頭は辿り着いた。
だがトロッコに乗ろうとしない。
足を踏み出そうともしていない。
ついにキレたように放送部員が叫んだ。
「ニコライ先生、急いでください! もうブロンズ1と2のトロッコが防御結界まで来ます!」
ミリエルも叫んだ。
「ニコライ先生、何をしているんですか! さきほど『ワイバーン・ゾンビを一掃する』っておっしゃたばかりじゃないですか!」
他の生徒も一斉に騒ぎ出す。
「ニコライ先生、早く出発してください!」
「本当に手遅れになってしまいます!」
「ブロンズ1と2の生徒を見殺しにするんですか!」
「いまそんな余裕を見せている場合じゃないでしょ!」
「お願いでから、彼らを助けて!」
「ニコライ先生の力、見せて下さい!」
もう逃げ場はない。
全員がもじゃ頭に期待しているのだ。
そしてその原因を作ったのは他ならぬ本人だ。
だがニコライの足はガクガクと震え、そして身体は突っ張って一本の棒のようになって動かなかった。
そしてトロッコの近くにはフリージアと梨花が居た。
フリージアも怪訝な目でニコライを見ていた。
「ニコライ先生……」
見るに見かねたジャック・ガーランドが彼の背を軽く押す。
するとニコライはその場で四つん這いになったかと思うと、嘔吐し始めた。
全員がその様子に目を見張る。
もじゃ頭は激しく嘔吐したかと思うと、カエルのようにひっくり返り、そして白目を向いて痙攣していた。
意識を失ったのだ。
「ニコライ先生?」
放送部員が躊躇うようにその名を口にするが、もじゃ頭は痙攣したままだ。
「あれは……意識を失っている?」
解説者のミリエルが唖然としたように呟いた。
会場の生徒たちももじゃ頭のあまりの姿に、一瞬沈黙に包まれた。
しかしすぐ後に嵐のような罵声が沸き起こる。
「なんだよ、それ!」
「さっきの勢いはどうした!」
「気絶したフリか? そこまでして自分が助かりたいのか?」
「寝てんじゃねぇ! 起きろ!」
「ブロンズ1と2の生徒は、今にも殺されそうなのよ!」
「生徒を見殺しにするの?!」
「このままじゃ間に合わない!」
「かまわねぇ! そのままトロッコに乗せて、ソイツを囮にしろ!」
「無理やりにでもたたき起こせ!」
だがどれだけ罵声を浴びせられようと、罵られようと、もじゃ頭は白目を向いたまま起き上がる事はなかった。
(しかたない……)
俺は教員席から立ち上がると階段を駆け下り、会場中央に走り出た。
「「レオ先生?!」」
放送部員と解説者のミリエルが同時に俺の名を呼んだ。
俺にはもじゃ頭を助ける気はなかった。
彼は俺を陥れるために田村梨花を危険にさらし、そして知識不足から周囲のワイバーン・ゾンビを起こしてブロンズ1・2の生徒も危機に陥れたのだ。
自分が起こした策が失敗した場合、自分がその責を負うのは当然の事だ。
非情だが、戦場とはそういうものだ。
そうでなければ、一人の失敗が部隊全体を危険に落とし来んでしまう。
だが、ブロンズ1と2の生徒は無関係だ。
彼らが命の危険に直面しているのを、見過ごす訳にはいかない。
俺はトロッコに飛び乗った。
魔法エネルギーを注入し、フライング・トロッコを起動させる。
「防御結界を解除するんだ!」
俺は教員席に向かって叫んだ。
だが赤マントは動こうとしない。
そんな中、ジャック・ガーランドが俺に近づいて来た。
「防御結界を解除したら、あのワイバーン・ゾンビの集団が学校の敷地内に侵入してしまう。そんな危険を冒す理由はなんだ?」
「説明しているヒマはない。ともかく犠牲者を出さないために、今すぐ防御結界を解除してくれ!」
ジャック・ガーランドが俺を見つめた。
「何か策があるのだな? レオ大尉」
彼も軍上がりだけあって、いまでも俺を「レオ大尉」と呼ぶ。
「無ければこんな事は言わない」
ジャックは頷いた。
「わかった。防御結界は吾輩が必ず解除する。約束しよう」
「頼む!」
「私も手伝います!」
フリージアがそう言うのを待たず、俺はトロッコを発進させた。
フライング・トロッコは打ち出されたように斜めに上昇していく。
「いま、レオ先生が飛び出しました! ブロンズ1と2の生徒の救出に向かってくれたようです!」
拡大されたその放送が、背後から聞こえて来た。
全速力でトロッコを西の方角に飛ばす。
俺の膨大な魔法エネルギーのため、フライング・トロッコはそれまでとは別格の速さを示していた。
正面の空域では梨花たちを追って来たワイバーン・ソンビが飛び回っていた。
防御結界のため中に入れないが、しかし人間の肉を諦めきれないのだろう。
だがその防御結界が消えた。
ジャックが約束を守ってくれたのだ。
ワイバーン・ゾンビたちが一斉になだれ込んでくる。
だがたかだた十数体のゾンビだ。
俺は右拳を突き出した。
その拳を一気に開く。
指先からゾンビの数と同数の炎弾が発射される。
それらは不規則な動きで飛ぶワイバーン・ゾンビをホーミングして命中した。
全てのゾンビが一瞬にして燃え上がり、そして灰となって消えていった。
俺はその灰と炎の中を、トロッコを駆って進んで行く。
ブロンズ1と2のトロッコは、今のままではゾンビの群れに追いつかれてしまう可能性が高い。
それを救うためだ。
やがてブロンズ1と2のトロッコが見えて来た。
想像通り、そのすぐ後ろまでワイバーン・ゾンビの群れが迫っている。
二台のトロッコがほぼ並走していた事は、俺にとっては幸運だった。
俺は空中で自分の乗るトロッコをスピンターンさせると、ブロンズ1・2のトロッコの間に入った。
「「レオ先生!」」
両方のトロッコの生徒が喜びの声で俺の名を呼んだ。
操縦席の教師二人も安堵の表情を浮かべる。
「二人とも、大丈夫か? ケガなんかはしてないか?」
ゾンビによる噛まれた傷があったら、すぐに魔法治療をしてもらう必要がある。
「大丈夫です。ここまで追いつかれる事はありませんでしたから」とブロンズ1の生徒。
「ブロンズ1の彼が、僕を助けてくれたんです」とブロンズ2の生徒。
(なるほど、それで二台が並走していた訳か)
俺はブロンズ1の生徒に感心した。
「君は勇敢だな」
「そんなんじゃないです。たまたま近くにいるのがわかったから、遠距離魔法で援護しただけで」
俺はその生徒に好感を持った。
いずれ自分の部隊にスカウトしたい。
だが今はそれを話している場合じゃない。
「いいか、今から俺が二台のトロッコに魔法エネルギーを注入して、俺のトロッコと一緒に高速飛行に移る。振り落とされないようにしっかり捕まっていてくれ」
「そんな事ができるんですか? トロッコの性能は決まっているはずですが?」
ブロンズ1の操縦席にいた教師が疑問と驚きが入り混じった声でそう尋ねた。
「大丈夫ですよ。ともかく俺に任せて下さい。先生方はハンドルを握っているだけでいいです」
もうワイバーン・ゾンビもすぐ背後に迫っている。
「いいですか、いきますよ。1・2・3!」
三台のトロッコは急激にスピードを上げた。
俺を先頭に三角形の形でトロッコは進む。
さすがに俺一人で乗っていた時ほどのスピードは出ないが、それでももうワイバーン・ゾンビに追いつかれる事はない。
(だが防御結界の中には入ってしまうな)
そんな考えが頭の中をチラッとかすめる。
ワイバーン・ゾンビの群れは確かに百体を越える大集団だ。
そしてヤツラは、俺たちのトロッコだけではなく、学校内に集中している人間のマナに反応している。
ゾンビたちは汚らしい涎を垂らしながら、奇声をあげて追いかけて来ていた。
そして教師や生徒が集まる会場に戻る。
「みんなは着陸してくれ!」
俺は二台のトロッコにそう指示した。
そして俺はさらにトロッコを上昇させ、ワイバーン・ゾンビを誘うためにマナを放つ。
ゾンビの群れが俺に向かって進んで来た。
地上では生徒たちが恐怖と、そして俺が何をするのか期待と好奇心の目で見つめていた。
ワイバーン・ゾンビの群れが俺を取り囲むように飛ぶ。
俺のマナを追って来たのだが、俺から放たれる気配に警戒しているのか?
会場の上空をワイバーン・ゾンビが埋め尽くすように飛び回った。
(これぜ全部集まったか?)
「精霊界接続アクセプト・スピリット、火の精霊、風の精霊。コネクテッド・マインド。火の妖精サラマデル召喚。風の妖精エアリアルに受諾要請。要求宙域、我の居る場より半径百メートル……」
小さく呪文を唱える。
俺の目が赤い光を放っている事が実感できる。
呪文を唱えつつ「学校でここまでの魔法を使うのは初めてかな」と考えた。
とは言っても全力の十分の一も出す訳ではないが。
「
俺を中心に炎の輪が波のように発射される。
その輪に触れたワイバーン・ゾンビが灼熱の炎に包まれる。
ゾンビたちが奇怪な悲鳴を上げる。
地上にいる生徒たちは呆気に取られてその様子を見ていた。
彼らの目には頭上の空が赤黒い炎に覆われたように見えるだろう。
全てのゾンビが火に包まれた。
俺はそこで大きく両手のひらを打ち鳴らす。
今度は俺を中心に光の輪が放たれた。
炎に包まれたワイバーン・ゾンビは既に焼かれて灰と化していた。
そこにさらに高温の光の輪が広がる。
ゾンビたちはチリも残さずに消滅する。
後には何もなかったかのように青空だけが広がった。
会場の生徒も、教師も、全ての人間がまるで奇跡を見たがごとく呆然と見上げている。
しばらくの後、誰かが「すごい……」と一言漏らした。
そこからさざなみのように「信じられない」「これがレオ先生の実力?」「まるで奇跡だ」という声が広がっていく。
俺としては、こういう目立つ事はやりたくなかったんだが、この状況では仕方が無かった。
俺はトロッコを地上に降ろすと、そのまま教員席に戻ろうとした。
その時、会場中からドッと歓声が沸いた。
「レオ先生!」「レオ先生!」「レオ先生!」「レオ先生!」
教員席の前にいたフリージアが俺に駆け寄って来る。
「すごい、すごいです! レオ先生! あれだけのワイバーン・ゾンビを一瞬でチリも残さずに焼き払ってしまうなんて」
「いや、これはそんな大したことじゃないんです。戦術魔法の一つであって、飛行する敵に対してよく使われる魔法であって」
「それでも凄いです! 私、尊敬します!」
彼女は俺の両手を取って興奮しながらそう言った。
まるで少女が憧れの存在を見るような目で俺を見る。
普段は冷静な彼女らしくない表情だ。
俺は戸惑いながらも、やはり教員席の前にいたジャック・ガーランドに目を向けた。
彼も満足気な表情をしている。
だがなぜだろう。
どこか悩むような影が感じられた。
俺はジャックにも礼を言いたかったが、彼は俺と目が合うと一度だけ頭を下げ、そして俺を避けるように自分の席に戻っていった。
(まだ俺に何かあるのか?)
最初、彼が俺に明確な敵意を持っているのは解っていた。
だがこの一日目の試験の後では、会議で俺の意見に賛成してくれた。
今回も俺に協力してくれたのは彼だ。
俺に対するわだかまりが無くなったのかと思ったが、違うのだろうか?
再び実況者の放送が流れた。
「凄い、凄すぎます! レオ先生! ワイバーン・ゾンビを一掃したのは、ニコライ先生ではなく、やはりレオ先生でした!」
ミリエルも興奮した声で叫ぶ。
「彼こそが私たちの救世主、英雄です! さすがは軍屈指の戦闘魔法士。私たちは彼の教えを受ける事ができて本当に幸せです。私は今から次の授業が楽しみで仕方がありません!」
大歓声が俺を包み、賞賛の声が続く。
(こういうの苦手なんだがな……)
俺は苦笑しつつそう思った。
ふと見ると、もじゃ頭ことニコライ・ニコラウスの姿は消えている。
白目を剥いて痙攣していたが、気絶から覚めたのだろうか。
俺は教員席に目を向けた。
赤マントの悔しそうな顔が見える。
この先、俺の教師としての生活はどうなるのか。
ブロンズ3の連中は、一年後に退学にならずに魔法士として進歩と遂げていられるのか?
しかも赤マントたち教師による妨害。
飯島グループによる授業のボイコット。
問題はまだほとんど解消していない。
だが俺は自分から相手に仕掛けないが、不当な攻撃には強く闘志を燃やすタイプだ。
このまま彼らの思い通りになりはしない。
俺はわざとらしく、彼に向かって手を上げて見せた。
それが勝利のポーズに見えたらしく、会場中の生徒たちから大歓声が沸き起こった。
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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魔法教室の教師になった俺、教え子は元クラスメート 震電みひろ @shinden_novel
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