第28話 月例試験・実技課題5(魔法探知)その6

――――レオのいる学園試験会場――――

「ブロンズ3を追っていたワイバーン・ゾンビ、その先頭の何匹かが突然爆発しました!」


放送部実況者が驚きと感嘆が入り混じった声で叫ぶ。


「なにが起こったんでしょうね? ブロンズ3の生徒か、それともフリージア先生が魔法を使ったんでしょうか?」


それに対して解説者のゴールド1の生徒ミリエルが付け加える。


「さぁ、ここからではよくわかりません。フリージア先生が魔法を使ったとすると試験では違反になりそうだし……でもこれは不測の緊急事態だから例外措置になるのかな。どちらにしても、この爆発でワイバーン・ゾンビは怯んでいますね。これでブロンズ3は逃げる時間をだいぶ稼げたはずです」


「ミリエルさんの言う通りだと思います。この隙にブロンズ3がゾンビたちを引き離し、学園の防御結界内に逃げ込んでしまえば安全ですからね」


俺はその放送を聞きながら結果に満足していた。


(ウルタ上級曹長はうまくやってくれた。彼女のお陰だ。後でたくさん褒めてやろう)


ちなみに彼女は顎の下を撫でられるのと、耳の後ろを撫でられるのが好きだ。

顎の下は人目があるので、やる事は滅多にないが。

そんな風に思っている俺の耳に、その当人からの声が聞こえた。


「レオ大尉。新たな問題が発生しました!」


耳にはめた魔石により魔法通信だ。

念話のため、俺が声に出さない限り周囲に会話が聴かれる心配はない。


「なんだ?」


俺は思念だけで返答する。


「山岳地帯の方から、新たに大量のワイバーン・ゾンビが迫って来ています」


「なんだと!」


俺はブロンズ3のトロッコを映したマジック・スクリーンを見上げた。

だが角度が悪いせいか、彼女の言うようなものは見当たらない。


「それはブロンズ3に追いつきそうなのか?」


「いえ、ブロンズ3のトロッコは大丈夫です。それにそのゾンビの群れが追っているのは、ブロンズ1や2のトロッコのようです」


「数は、どのくらいだ?」


「正確な数字はわかりません。ですが百体以上はいるかと……」


(心配していた事が起こってしまった)


俺はそう思った。

やはりワイバーン・ゾンビが飛び回る事で、山中にあった他のワイバーンの死体をゾンビとして呼び起こしてしまったのだ。

それにブロンズ1と2のトロッコが追われているらしい。


「ブロンズ1と2のトロッコはワイバーン・ゾンビから逃げ切れそうか?」


「わかりませんが……難しいかもしれません」


「そこから援護はできるか?」


「それも難しいです。マジック・ミサイルの矢はあと二本ですし、彼らのところまで行くとなると学園からの距離が遠すぎてレオ大尉の念波が届かないと思います。そうなるとマジック・ミサイルのホーミング機能が使えない」


「それでも構わない。ブロンズ1と2の方に移動してくれ。ホーミングが効かなくても、時間を稼ぎが出来ればいい」


「了解しました。それでは今からブロンズ1とブロンズ2のエリアに向かいます!」


俺は再びマジック・スクリーンに目を向けた。

今は学校に向かって一直線に飛んでいるブロンズ3のトロッコだけが映っている。

そして映像よりも先に、放送席に情報が入ったらしい。


「ええっ、本当?」


放送中という事も忘れて、実況者が思わず素で叫んだ。


「どうしたんですか?」


解説者のミリエルが尋ねる。


「そ、それが、ブロンズ1と2がワイバーン・ゾンビに襲われているという情報が入って来ました」


「ええっ、ブロンズ1と2も!」


「それも大変な数とか……」


実況者がそう言った時、マジック・スクリーンの映像が切り替わる。

画面を二分割してブロンズ1と2のトロッコからの映像を映しているが、どちらも大量のワイバーン・ゾンビに追われていた。

どうやらブロンズ1と2はほぼ同じ宙域を飛行しているようだ。

再び会場の生徒たちがざわめき立つ。


「なんだ、あのゾンビの数は?」


「ブロンズ3の時とは比べ物にならないくらい多いじゃない」


「今はまだトロッコと距離があるみたいだけど……大丈夫か? 学校までたどり着けるのか?」


「いや、無理だろ。こうやって見ている間にもどんどんワイバーン・ゾンビが迫ってきている。追いつかれるのは時間の問題だよ」


「防御結界のあたりで追いつかれそうだな」


「でも防御結界は開けないぞ。あんな数のゾンビが入り込んできたら、学校はメチャメチャだ!」


「じゃあブロンズ1と2の代表者を見殺しにするのか? 先生も乗っているんだぞ」


「校内にゾンビが入り込んだら、今後何か月、いや何年も危険にさらされるんだ!」


「私も同意見よ。なんとか彼らだけで頑張ってもらわないと……」


アチコチでそんな会話が聞こえる。

もはやパニックになる寸前だ。

だがそんな中でも、放送部員は冷静だったらしい。


「みなさん、落ち着いて下さい! きっと大丈夫です。さきほどニコライ・ニコラウス先生がおっしゃったじゃないですか! 『ワイバーン・ゾンビが侵入した時点で一掃する』と!」


それを聞いた生徒たちの間から「おお」という声が聞こえた。


「そうだよな、さっきニコライ先生が言っていたよな。『ゾンビごときは私の魔法の前では無力だ』って」


「『即座に灰となって消え去る』とも言っていたぞ」


「俺、あの先生を見直したよ。今までそんなすごい魔法を使える先生だって思ってなかった」


「俺もだ! 意味不明な魔法理論を独りでしゃべっているだけかと思ったよ」


「私もそんな風に思ってたな。でもさすがはこの学校の先生だよね。実は凄い人だったんだ」


「イザって時、やる時はやる人なんだな」


そこかしこから、安堵と共にもじゃ頭を賞賛する声が聞こえる。

俺は同じ職員席のもじゃ頭の様子を伺った。

明らかに真っ青な顔色で額に汗をかいている。


(これは……どうやらもじゃ頭や赤マントの想定とは違った事態なんだろうな。コイツが頼んだのはせいぜい十体くらいのゾンビか)


当然と言えば当然だ。

ワイバーン・ゾンビ百体以上を同時に操れるようなネクロマンサーは数えるほどしかいない。

そしてそんな大物が動いたら、俺の耳に入らない訳がないのだ。

つまりこの百体以上のワイバーン・ゾンビは、最初に梨花たちを追いかけたゾンビに起こされた、いわば野良ゾンビといった所か。


(だけどもじゃ頭ではコントロール不能って事は、ちょっと厄介な展開になるな)


マジック・スクリーンの映像がブロンズ3のものに切り替わり、放送部員の実況が入る。


「いまブロンズ3のトロッコが防御結界付近にたどり着きました!」


ほぼ同時に教員席にも連絡が入った。


「フリージアです。防御結界を開いてください!」


今のブロンズ3を追っているゾンビははるか後方だ。

赤マントが山側の防御結界を一時的に無効化する。

フリージアと梨花が乗るフライング・トロッコが結界内に飛び込んで来た。

すかさず再び防御結界が展開された。

実況者と解説者の放送が入った。


「ブロンズ3のトロッコが結界内についに入りました!」


「これでブロンズ3は安心です。あと数分でこの会場に戻って来るでしょう」


「あとはブロンズ1とブロンズ2だけが心配ですね」


「ええ、でもこのトロッコにニコライ先生が乗ってブロンズ1と2を迎えに行けば、防御結界の所でギリギリ間に合うはずです」


「そうか、そうですね! ブロンズ3のトロッコが戻り次第、ニコライ先生がそれに乗ってブロンズ1と2を助けに行けば!」


「みんな無事に戻って来れるし、ワイバーン・ゾンビの脅威も無くなります!」


二人の声は喜びと安心感に満ちている。

そしてそれは聞いている生徒たちも同様の安心感を与えているだろう。


「そうですね。ではブロンズ3のトロッコが戻り次第、ニコライ先生にワイバーン・ゾンビを撃退に行ってもらいましょう!」


会場にいる全生徒の目がにもじゃ頭に集中した。

もじゃ頭は真っ青な顔色のまま、周囲を見渡す。

激しく動揺しているのは確かだ。


(ここで動揺しちゃダメだろ)


俺はもじゃ頭の小物っぷりにガッカリすると同時に失笑してしまった。

もじゃ頭が赤マントに目を向ける。

だがこの状態では赤マントだって彼を助ける事など出来ない。

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