第27話 月例試験・実技課題5(魔法探知)その5
――――ブロンズ3のトロッコ上――――
フリージアは二体目の微妖精のマナを解放し、自分達が進む学園とは別方向に飛ばせた。
追って来るワイバーン・ゾンビの半数が、囮となった微妖精を追っていく。
だが残りの半数は依然としてトロッコを追ってきている。
どうやら最初からいるゾンビは、徹底的に田村梨花のマナに狙いを定めているようだ。
そして囮の微妖精でワイバーン・ゾンビの数を減らしても、またしばらくすると数が増えているのだ。
『ゾンビはゾンビを呼ぶ』
レオが言った通り、ワイバーン・ゾンビが飛び回る事で、それまでただの死体に過ぎなかったヤツが、ゾンビとなって動き始めるためだった。
(このままじゃ埒が明かない)
そう思ったフリージアは正面に見えるロウソク型の岩に目を向けた。
そこまで行けば、レオが言っていた策があるのだ。
フリージアも、そしてトロッコの前座席で緊張した面持ちの梨花も、それに全てを賭けていた。
フライング・トロッコはフリージアの魔法エネルギーを受けて、最大速度で飛んでいる。
だがそれでも、若干ワイバーン・ゾンビの飛ぶスピードの方が速いのだ。
(トロッコがロウソク岩にたどり着く前に、ワイバーン・ゾンビたちに追いつかれてしまう……)
フリージアは思案した。
残る微妖精は一体。
これを使ってしまえば、もうワイバーン・ゾンビを防ぐ手立てはない。
だが囮として使うのも、効果が薄れてきているようだ。
(後はレオ先生が言ったように、爆発させるか、盾として使うか……)
しかしどちらが効果があるのか、その判断がつかない。
(どうすれば……)
その時、梨花が言った。
「ねぇ、あの追ってきているワイバーン・ゾンビ。先頭にいる四匹はずっと変わってないよね」
「ええ、そうですね」
その事はフリージアも気づいていた。
最初から追ってきているゾンビたちだ。
「だったらあの四匹を倒せば、後は何とかならないかな?」
ハッとしてフリージアは後ろを振り返る。
確かに、先頭にいるのは最初から彼女たちを追ってきている四匹のゾンビだ。
(確かに、あの四匹を倒せれば……)
「田村さん、あなたの言う通り、あの四匹は最初からこのトロッコを追ってきている。完全に私たちを標的にしている」
「そうだよね」
「だからあの四匹を倒せれば、他のゾンビはそこまで私たちに執着しないかもしれない」
「うん」
「でも確実とは言えない。ゾンビが人間のマナを追うのは本能だから。それに四体全部を倒さねば意味がない。一体でも無事だったら、ソイツはこのトロッコを追って来るし、他のゾンビもソイツに追随すると思う」
「……」
「それでもいい? これは賭けなんだけど」
「でもやらなきゃ、アイツラに追いつかれそうなんでしょ? だったらやるしかないじゃない」
梨花のその言葉を聞いて、フリージアは気持ちが定まった。
「ありがとう、田村さん」
そうして肩に止まっている、最後の一体の微妖精に念を持って話しかける。
「お願い。あの先頭の四体のワイバーン・ゾンビを倒して! 追って来られないようにして!」
レオを小さくしたような微妖精は黙って頷いた。
そして飛び出す体勢を取る。
フリージアはトロッコを操りながらも、背後にいる先頭四体のワイバーン・ゾンビが固まるのを待つ。
(最後の微妖精はゾンビの中で爆発させる。だけどその威力までは分からない。できるだけ四体が固まってくれないと……)
しかしタイミングを見計らっている間にも、トロッコとワイバーン・ゾンビとの距離がどんどんと縮まっていく。
梨花の表情も硬く強張っていた。
(次に四体が集まった時!)
フリージアはじっとタイミングを待った。
ロウソク岩までもあと少しだ。
ワイバーン・ゾンビも獲物との距離が縮まった事を感じたのか、騒々しく喚きながら群れがさらにトロッコに集中しようとしている。
「今だ!」
フリージアは微妖精を打ち出した。
微妖精は熱のため赤く発光しながらワイバーン・ゾンビの群れに一直線に飛んでいく。
そして先頭四体の間に入り込むと、強力な光と熱を放って爆発した。
「やった?」
梨花が後ろを振り返る。
だがッフリージアは振り返らない。
後は一目散に逃げるしか手がないからだ。
「やったよ、フリージア先生! 先頭四体の内、一体はバラバラに吹き飛んで、一体は身体の半分が吹き飛んだ。残り二体も羽を吹き飛ばされて落下している。四体とももう追って来る事はできないよ!」
それを聞いてフリージアも振り返る。
梨花の言う通り、先ほどまで先頭でしゃかりきになって追って来ていた四体のワイバーン・ゾンビの姿は消えていた。
そして残りのワイバーン・ゾンビたちも、急に目の前で爆発が起きたため、戸惑っているかのように追跡を中断している。
「今の内に逃げるわよ!」
フリージアは視線を前に戻ると、一直線にロウソク岩を目指した。
ワイバーン・ゾンビたちはすぐに追跡を再開するだろう。
そしてもう、フリージアたちに打つ手はない。
――――ロウソク岩の下、森の中にて――――
「た、大尉。いま指定された地点に到着しました」
荒い息でそう言ったのはハーフ獣人の美しい少女だ。
「ご苦労、ウルタ・バーレン上級曹長。そこで待機して、フリージアと梨花の乗るトロッコをワイバーン・ゾンビから援護してくれ」
耳につけたイヤリング……魔法石による魔法通信機だ……からレオの声が届く。
「ラジャー」
ウルタ上級曹長は荒い息を深呼吸で整える。
(いくらハーフ獣人の私でも、山の中でこの距離の移動はきつかったな)
彼女は予め、学園とブロンズ3の試験場との間に待機する計画だったのだ。
だがブロンズ3の試験場が山岳地帯南側となる事は直前に発表されたので、それをレオが聞いてから移動する事になったのだ。
道など無い山の中を、ウルタ上級曹長は必死にここまで走って来たのだ。
ある程度、森が切れる地点で上空を見つめる。
(来た)
彼女の目に、フライング・トロッコとそれを追うワイバーン・ゾンビの集団が映った。
(あの愚鈍なトロッコで、よくここまで逃げて来られたものだ)
それはレオの機転もあるが、フリージアの魔力エネルギーの大きさのお陰でもある。
トロッコは今にもゾンビたちに追いつかれそうだ。
あと1キロ、ロウソク岩が遠かったら、トロッコはワイバーン・ゾンビに取り囲まれていたかもしれない。
ウルタは背中に背負った弓を構えた。
矢筒から一本の矢を取り出してつがえる。
矢の先端には、まるでガマの穂のように赤い小さな魔石がビッシリとついていた。
マジック・ミサイルと呼ばれるタイプの矢だ。
矢が標的の近くまで行くと、先端の魔石一つ一つが標的に向かって打ち出される。
そして魔石にはレオの魔法エネルギーが込められており、その思念と直結しているのだ。
よって正確な狙いは必要ない。
相手がいる方向に矢を放つだけでいい。
(私は力とスピードはあるけど、矢は得意じゃない。でもこの矢なら私でも間違いなく敵を撃てる)
ウルタ上級曹長はそう思ってニヤリとした。
実際、彼女はハーフ獣人の力とスピードを活かした近接戦闘タイプなのだ。
また諜報活動なども得意だが、狙撃などの遠距離攻撃は得意ではない。
ウルタ上級曹長は矢を上空に向けて引き絞った。
その頭上をブロンズ3のトロッコが駆け抜けていく。
そしてその後をワイバーン・ゾンビの群れが追いかけていく。
彼女はその群れに向かって、矢を放った。
矢は勢いよく、ゾンビの群れに向かって飛んでいく。
そして群れの近くまで来た時、先端の赤い魔石が連続的に発射された。
その一つ一つがレオの思念と繋がっている
その意識通り、魔石はワイバーン・ソンビの身体に突き刺さった。
次の瞬間、ワイバーン・ゾンビの身体が燃え上がる。
ゾンビたちが奇怪な悲鳴を上げる中、やがて爆散してその身体が燃え尽きていった。
「ふうっ」
ウルタ上級曹長はため込んでいた息を吐き出す。
(これで任務は完了)
そう思って空を見上げた時、彼女の目が細まった。
別の脅威が近づいている事を知ったからだ。
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