第26話 月例試験・実技課題5(魔法探知)その4

――――ブロンズ3のトロッコ上――――

「フリージア、聞こえますか?」


突然、フリージアの耳にレオの声が聞こえた。


「レオ先生?」


フリージアは驚いて周囲を見渡す。


「まずは非礼をお詫びします。ですがこういう事態を想定しての事です。許して下さい」


「レオ先生? どうやって話しかけているのですか?」


「俺が作り出した微妖精を通じてです。それを三体、あなたが監督官として席を立つ寸前に髪の毛に潜ませました」


「微妖精を?」


「こんな事は試験上、ルール違反だし、そもそもあなたに対して失礼だとは分かっています。ですがどうか怒らずに話を聞いて下さい」


「怒るなんてそんな……それよりもレオ先生、あなたがこうして微妖精を私に潜ませたという事は、この事態を打開できる何らかの策があるんですよね?」


フリージアは期待を滲ませてそう尋ねた。


「一応の手は打ってあります。ですがそこではまだ遠すぎる。何とか学園の方の、山岳地帯中腹まで来る事は出来ませんか?」


「学園側の山岳地帯中腹? 具体的な場所はどこですか?」


「そこからだと途中でロウソクのように突き立った岩があるはずです。その近くまで来てください」


フリージアは顔を上げる。

レオが言ったように、今いる場所と学園との中間ほどの場所に、ロウソク型の岩があるのが見えた。

しかしそれを見たフリージアの表情が歪む。


「あそこまで……とても無理です。いま学園側の向かおうとすると、後から出て来たワイバーン・ゾンビの群れに捕まってしまいます。とてもじゃないけどアソコまで行けません」


そんなフリージアを宥めるようにレオは言った。


「大丈夫です。そのために微妖精を使うんです」


「微妖精を?」


「そうです。微妖精には俺のマナを、つまり人間のマナを大量に封じ込めています。ソイツを囮として別方向に飛ばして下さい。それで一時的とはいえ、ワイバーン・ゾンビの追跡を躱せるはずです」


「なるほど、その間に私たちはロウソク岩の所に行けると言う訳ですね」


「おそらく。ですが気を付けて下さい。あなたたちが逃げ回ったため、その山にいる他のワイバーン・ゾンビを起こしてしまった可能性が高い。ゾンビはゾンビを呼ぶと言いますから」


ハッとしてフリージアは背後のワイバーン・ゾンビの群れを見た。

言われて見れば、いつの間にか数が増えている。


「さらにブロンズ1・2の生徒たちも、試験を中断して学園に戻って来ようとするでしょう。そうなればさらに多くのワイバーン・ゾンビが襲って来るかもしれない」


「そんな……」


「だからあまり飛び回らずに、出来るだけゾンビを起こさずに逃げて来て欲しいんです。無理な注文だとは分かっていますが」


「わかりました。出来る限りやってみます」


「お願いします。微妖精三体のコントロールはアナタに渡します。囮に使う以外にも、接近された時に爆発させる、一時的な盾とするなどの使い方がありますから」


「私に出来るでしょうか?」


「大丈夫。フリージアなら出来ます。ともかく微妖精を上手く使って逃げ切って下さい。なお微妖精のコントロールをアナタに渡した後は、俺との会話は出来なくなります」


それを聞いてフリージアはより一層不安になった。

出来れば一体はレオとの会話用に残しておきたい。

そう言いたかったが、それを許せる状況とも思えなかった。


「わかりました。それではレオ先生のお力、お借りします!」


「梨花をよろしくお願いします」


その会話を最後に、レオとの通信が切れた。

そしてレオを子供にしたような微妖精三体がフリージアの肩に姿を現す。


(可愛い)


こんな時にも関わらず、フリージアはそう思ってしまった。


「今の会話、衛藤から?」


田村梨花がそう尋ねて来る。

微妖精を通しての念話のため、梨花にはレオの声は聞こえない。


「そうです」


「アイツ、何か助けになる事を言ってくれたんでしょ?」


梨花は当然のようにそう言った。

彼女もまた、この短い間にレオに対して信頼の気持ちが生じていたのだ。


「ええ、レオ先生はここと学園の中間にある、山の中腹のロウソク岩まで逃げるようにと言いました。そうすれば、そこに策を講じたと」


「でもここから学園に行こうとしたら、後ろのワイバーン・ゾンビが……」


梨花も先ほどのフリージアと同じ心配をする。


「大丈夫です。そのために彼は、私に微妖精を貸してくれました」


「微妖精って何?」


「説明はまた今度。今はこの微妖精を囮に使えるという事です」


梨花はしばらく黙っていたが、やがて明るい調子で言った。


「分かったよ。ともかく今はフリージア先生と衛藤を信頼していればいいんだよね」


「ええ、任せて下さい」


フリージアはそう言うと、トロッコのハンドルを握った。


「急降下します。振り落とされないように、しっかり捕まっていて下さいよ」


フリージアはそう言うと、微妖精の一体のマナを解放して学園とは反対方向に飛ばした。

それと同時にトロッコは急降下する。

目など見えないワイバーン・ゾンビの半数以上は、微妖精が発する人間のマナを追って山側に向きを変えた。

その隙にフリージアは急降下したトロッコの体勢を立て直し、学園側にあるロウソク岩を目指す。


(なんとか、ここで逃げ切らねば……)


フライング・トロッコが全速力で飛ぶ。

だがワイバーン・ゾンビの何体かは、トロッコにある梨花のマナに気づいた。

その数体が再びトロッコに向かって来る。

フリージアの額に汗が滲む。




――――レオのいる学園試験会場――――

生徒たちが集まっている試験会場にも、大きくざわついていた。

放送部員の実況者が言った。


「ブロンズ3のトロッコが現在、学園方向に向かっています。しかし依然としてワイバーン・ソンビはそれを追ってきているようです」


「このまま無事に学園までたどり着ければいいんですけど……でもトロッコのスピードでは、その前にワイバーン・ゾンビたちに追いつかれそうです」


解説者のミリエルが心配そうにそう言う。


「そうですよね。それにしても先ほどワイバーン・ゾンビの半数ほどが、急にトロッコを追うのを止めて別方向に飛んで行きましたがなぜでしょう?」


「それはわかりません。ゾンビたちが別の標的を見つけたのかもしれません。山岳地帯にはまだブロンズ1・2の生徒もいるのですから」


「それについてですが先ほど情報が入りました。ワイバーン・ゾンビの出現により、ブロンズ1・2の生徒たちも小ドラゴンの巣の探索を諦め、学園に戻って来る事にしたようです」


「当然の判断でしょうね。試験場となっている山岳地帯にゾンビが現れたのですから、そんな状態で小ドラゴンの巣なんて探している場合じゃありません。むしろ試験を中止にすべきだと思うんです」


「確かにそうですね。帰り道にもゾンビは現れている訳ですしね」


「それで私、少し不安なのが、トロッコが帰って来る時に学園の防御結界も一部解除されますよね。その時にトロッコを追って来たワイバーン・ゾンビが学園内に入り込んでしまうんじゃないかって」


ミリエルの不安気な声に触発されたのか、会場にいた生徒たちの間にも動揺が走る。


「おい、マジかよ」


「でも確かにブロンズ3のトロッコをワイバーン・ゾンビが追ってきているんだよな」


「それじゃあここにワイバーン・ゾンビが来るって事?」


「冗談じゃないぞ。そんな事になったら、今後何か月も不安でしょうがねぇ。ゾンビは普段は死体で魔力探知にも引っかからない。それが何かの拍子に動き出すんだからな」


「私も。もしワイバーン・ゾンビが入り込んだら、もう一人で出歩けなくなるよね」


「うん、学園内でも安全とは言えなくなる……」


そんな声が聞こえ始める。


(マズイな。生徒たちが動揺している。それで「トロッコを学園エリア内に入れるな」なんて話になったら……)


俺が立ち上がろうとしたその時だ。

放送部とは別の声が会場に流れた。

職員席からの放送だ。


「諸君、心配する必要はない!」


この声は……もじゃ頭、ニコライ・ニコラウスだ。


「諸君らは防御結界を開いてトロッコを迎え入れる時、ワイバーン・ソンビが一緒に侵入してくる事を恐れているようだが、それは無用な心配だ。なぜなら私、魔法理論学教師のニコライ・ニコラウスがワイバーン・ゾンビが侵入した時点で一掃するからだ。ゾンビごときは私の魔法の前では無力だ。即座に灰となって消え去るだろう」


(いかにも勇ましい演説だな)


俺は聞きながらそう思った。

そしてこれを聞いた事で、彼がこの事件の主犯である事を確信した。

おそらくもじゃ頭は、事前にワイバーン・ゾンビを操れるネクロマンサーを雇っていて、ソイツにこの事件を起こすように依頼したのだろう。

そしてブロンズ3の生徒が襲われた後に、もじゃ頭がワイバーン・ゾンビたちを追い払う。


(そうしてフリージアと生徒たちの信頼を勝ち得る、という筋書きか?)


俺は呆れながらも、ワイバーン・ゾンビを彼が追い払えるという点にだけは、若干期待をした。

それが難しいという事も理解はしていたが……。

さらにもじゃ頭の演説は続く。


「さらに言えば、試験を中止にはしない。今回は実戦的な要素を取り入れた試験だ。戦場では常に予想通りに事態が動くとは限らない。不測の事態は起こりうるのだ。今回の出来事はその良い教訓と言える。よってワイバーン・ゾンビの出現も含めて評価をする」


ニコライ・ニコラウスは得満面な様子で、そう言い放った。

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