第25話 月例試験・実技課題5(魔法探知)その3
会場の巨大なマジック・スクリーンには、各クラスの代表者の様子が映し出されている。
それに対して放送部員の実況が続く。
「ブロンズ3の生徒が二つ目の小ドラゴンの巣から、ドラゴンのウロコをゲットしました。これから三つ目の巣に向かうようです。それに対し、他のクラスではブロンズ1が巣を一つ発見したのみ。ブロンズ2はまだ一つの巣も見つける事が出来ていません」
「ブロンズ3は三つ目の巣の位置も分かっていますからね。あとはそこに行ってドラゴンのウロコを回収して、戻って来るだけです。それに対し他の2クラスは、残り時間ではあと一つ巣を見つけられるかどうか、微妙な所です」
「そうなるとこの課題もブロンズ3の圧勝でしょうね」
「そうなりますね。ここで何かブロンズ3にアクシデントが起きない限り」
(そのアクシデントが、きっとこの先で起きるのだろう)
俺は放送を聞きながら考えていた。
今までが無事に来ていると言う事は、赤マントともじゃ頭の妨害は帰り道で行われる可能性が高い。
会場に戻って来れなければ得点はゼロだからだ。
その第一の方法と「フライング・トロッコに細工をする」という事が考えられるが、俺はそれを事前にチェックしていた。
そしてフライング・トロッコにおかしな点は無かった。
「おや、ブロンズ3のスクリーンですが、背後に何か飛んでくるのが見えますね」
実況者のその言葉に、俺は自分の考えから引き戻された。
スクリーンを見ると、確かにブロンズ3のトロッコの背後に、何か複数の黒い物が飛んでいるのが見える。
しかもそれは森から飛び上がっているようだ。
何か嫌な予感がする。
「何が飛んでいるんでしょうね? 鳥でしょうか?」
放送部員の問いに対し、解説者のミリエルも不思議そうに答える。
「私にもわかりません。一体や二体なら巣を襲われたと思った小ドラゴンが追いかけて来る可能性もありますが、あの数からすると五~六体はいますよね? 鳥にしては大きいように思いますし……」
(鳥ではないな。アレは)
俺はそう思った。
鳥ならばもっと優雅にスマートに空を飛ぶ。
それに対し、黒い点はやたらと上下しているし、飛び方にどこかぎこちなさを感じる。
ここで推測されるのはハウンド・ワイバーンだ。
ワイバーンはドラゴンに似ているが、違う種族だ。
ドラゴンが単独生活をするのに対し、ワイバーンは群れを作る。
またワイバーンは小ドラゴンより一回り小型だ。
その中でもハウンド・ワイバーンは集団で狩りをする。
よって『空の狼』と呼ばれる事もある。
ハウンド・ワイバーンは集団で牧場の家畜を襲ったり、また人気のない場所で人間を襲う事も多々あるので、町や村の近くでは駆除されている。
一方でハウンド・ワイバーンを飼い慣らして、狩りに使っている者もいると聞く。
(もしかして、あれがハウンド・ワイバーンなら、赤マントたちが梨花の妨害をするように仕組んでいるのかもしれない)
俺は目を凝らしてマジック・スクリーンの黒い点を凝視した。
そして驚きの事実に目を見開く。
(まさか……)
「あ、あれは!」
俺より数秒遅れて驚愕の声を上げたのは解説者のミリエルだ。
「な、なんですか?」
まだ実況者の放送部員には分からないらしい。
「もしかして……ワイバーン・ゾンビ?」
そう、解説者が言った通り、複数の黒い点はワイバーン・ソンビだった。
ワイバーン・ゾンビはワイバーンの成れの果てだ。
特にハウンド・ワイバーンがゾンビになり易い。
駆除に会ったハウンド・ワイバーンが瀕死状態ながらも狩人から逃げ延びる。
しかしそのハウンド・ワイバーンは、やがて山中で息絶える事になる。
生への執着と、自分を傷つけた人間への復讐心を心に刻みながら。
そうしてゾンビ体となって蘇ったのが、ワイバーン・ゾンビだ。
奴らは生への渇望と人間への復讐心のため、生きた人間の肉を狙って襲って来る。
出現する事はそう多くないが、現れればハウンド・ワイバーンより厄介だ。
(ワイバーン・ゾンビは普通の人間に操る事は困難なはずだ。しかも試験場となっている山岳地帯から学園までの帰り道は、他のブロンズ1・2の連中も通るというのに……他に被害が及ぶ事もやむなしという事か?)
俺は思わず赤マントともじゃ頭を睨む。
二人とも涼しい顔をしてスクリーンを見つめていた。
――――ブロンズ3のトロッコ上――――
最初に背後に接近する影に気づいたのは、フリージアだ。
「あ、あれはまさか……ワイバーン・ゾンビ?」
「えっ?」
田村梨花もその声に振り向く。
いくらこの世界に無知とは言え、周囲の町や村に起きる脅威については一通りの知識はある。
フリージアのその目は空を飛ぶ汚れた魂をハッキリと見極めていた。
「間違いないわ。ワイバーン・ゾンビ。1、2、3……五体いる」
「アタシらを襲ってきているの?」
梨花が不安げな目でフリージアを見る。
「おそらく……」
そう言ったフリージアだが、間違いなく自分達を追ってきているという確信があった。
(ゾンビは精霊に守られた魂のエルフは襲わない。ハーフ・エルフである自分に危害は加えられないだろう。だけど田村さんは……)
「飛ばすわよ。しっかりつかまっていて!」
フリージアはそう言うと、フライング・トロッコのハンドルを握った。
強く念を込める。
トロッコが加速した。
前座席の梨花がトロッコのバーにつかまりながら大声で尋ねた。
「逃げ切れるの?」
それに対しフリージアも大声で答える。
「逃げ切れるはず。ワイバーン・ゾンビのスピードはそんなに速くないから」
「でもこのトロッコもそんなにスピードは出ないんでしょ?」
それにはフリージアは答えなかった。
(でもギリギリで間に合うはず。学園の敷地内に入ってしまえば……)
「先生、前!」
梨花が悲鳴に近い声を上げた。
フリージアが顔を上げると、前方の森からもワイバーン・ゾンビが五体、舞い上がって来たのだ。
「くっ!」
フリージアはトロッコのハンドルに力を込め、左に急旋回した。
ワイバーン・ゾンビもそれを追って二方向から迫って来る。
(まずい、このままでは学園から遠ざかってしまう)
フリージアは下唇を強く噛んでいた。
――――教師席の赤マントともじゃ頭――――
スクリーンに映る映像を見ながら、赤マントは隣のもじゃ頭にだけ聞こえるように言った。
「どうやらうまく行きそうだな」
「はい、ワイバーン・ゾンビを操るのが得意なネクロマンサーに頼みましたから」
「それでフリージアの身の安全は確かだろうな? 彼女に何かあったら元も子もない。ただではすまんぞ」
「それも大丈夫です。ゾンビはエルフにはノータッチです。さらにネクロマンサーにもその点はよく言い含めてあるので」
赤マントは頷きながらも鼻を鳴らした。
「しかし、彼女がどうしてあそこまで異界人に肩入れするのか、それが理解できん。そもそもエルフは他人の事に関心を持たない種族なのに」
「全くです。ですがそれはここが学校で、彼女は教師という立場だからではないでしょうか? 本質的には人間がどうなろうと、あまり気にしないと思うのです」
「だからイザとなれば、ブロンズ3の生徒を見捨てるはず、という事だな」
「ええ、危険を冒してまで、彼ら異界人と一緒にいる必要はないはずです」
――――教師席のレオ――――
(クソッ、挟み撃ちにされたか)
俺は歯ぎしりしながらマジック・スクリーンを見つめた。
いま会場は大騒ぎだ。
突然現れたワイバーン・ソンビ。
それによって勝利が確実視されていたブロンズ3が、学園とは別の方向に向かって飛んでいる。
(もう少しコッチ側なら、打った手が利いたはずなんだが)
そして俺にはもう一つ別の心配があった、
フリージアは何とかワイバーン・ゾンビに捕まらないようにと、フライング・トロッコを右へ左へ、上へ下へとあらゆる方向に飛ばして逃げ回っている。
そしてその行為は……別の危険があるのだ。
『ゾンビはゾンビを呼ぶ』
その事を俺はマスターから迷宮で注意されていた。
俺はもう一つ、打っておいた手段を使う事にした。
厳密にはこれはルール違反になりかねないが、こうなっては仕方がない。
左手を軽く握り、中に空洞を作る。
その中に魔力エネルギーを込めた。
左手の空洞に、小さな煌めきが現れた。
その左拳を口元に当てる。
「フリージア、聞こえますか?」
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