第7話 三つの作戦 ⑩ 楽屋トークと三つ目の作戦

 サクラが裏手にはけてしまったのでは、俺が気乗りしないってだけで一人帰るわけにもいかない。まんまと策略にはめられた俺は、仏頂面でエリカについていくしかない。エリカがホールスタッフに声をかけ名刺を見せて何事か話すと、そのままその人が楽屋まで案内してくれた。イマドキのコンサートホールは裏方も綺麗に作られていて小洒落たラウンジみたいだ。演者控室は開けっ放しになっているところも多く、通り過ぎた一つを横目でチラチラと覗く。あの鏡に映った怪物にもキャストがいるんだな。うえっ、かぐや姫がいる!? あれ最後までドローンとアンドロイドかと思ってたけど人間だったのか!? 道理で動きが滑らかだと思ったぜ、最初はペットボトルくらいの大きさだったよな、それが……いつ入れ替わったんだ? あそこか? いやあそこか?


「着いたわよ」

「っ、おう」


 エリカに強めにジャケットの肘を引かれ、俺は我に返った。長く続いた廊下の突き当りで、最後の控室扉の掲示ボードに「ルーク流星」と書かれている。扉は閉まっているが、中からはアリサの甲高い声がここまで聞こえてきた。エリカは扉をノックしようとして──すぐ横の俺の顔を見て、その手を止める。


「やっぱりやめる?」

「……ここまで連れてきといて何言ってんだよ」

「それもそうね」


 エリカは苦笑いを浮かべると、こんこん、と扉を叩いた。……ルークのステージに圧倒されるなんてもう慣れたもんだが、元カノに心配されるほど酷い顔をしてたかな。


「アリサ? ルークくん? 香坂だけど、サクラちゃんもいる?」

「あっ」


 アリサのおしゃべりが止まり、ぱたぱたと足音が近づいてきて、扉が内側に向かって開いた。


「エリカさん! もお、仕込んでたんなら先に言ってよね!」

「うふふ、ごめんなさいね、自然なリアクションが欲しかったの」

「もぉ~!!!」


 アリサはエリカを軽く小突いたが、二人とも笑っていて単なるコミュニケーションだと分かった。室内は十メートル四方ほど、窓はないが座り心地のよさそうな椅子がいくつも並んでいて、壁は向かって右手がすべて鏡、奥はハンガーラックと姿見、左手はコーヒーサーバーやらウォーターマシンやらジュースサーバーやらいろいろと豪華に置いてある。すげえな、これはセカイ座の料金に入ってるのか? 真ん中の無垢材のテーブルの鏡側の席にサクラがいい姿勢で座っていて、近くに紙コップが二つ置いてある。そこから少し離れた、奥のクローゼットの近くにもう一つ紙コップが置かれている──それを、線の細い骨ばった手がひょいと持ち上げた。


「お疲れ、エリカ。助かったよ」


 甘いマスクのルーク流星が、爽やかに微笑みながらコーヒーをくいと飲んだ。


「お疲れ様、ルークくん。今日も素敵だったわ」

「ありがとう」


 ルークは淡い紫の燕尾服は脱いで、カラーシャツにカマーベルトにスラックスという、いかにも楽屋の手品師といった風貌だ。ルークは俺の方をいると、わざとらしく目を見開いて驚いて見せる──絶対ドア開いた瞬間に気づいてただろうけどな。


「ナオ! ナオじゃないか!」

「……おう」

「お前、何年ぶりだ!? 僕のステージ見てくれたのか!?」

「……おう」


 あまりのわざとらしさに俺はジト目でエリカを見る。エリカはニヤニヤしながら俺とルークを見比べるだけだ。ルークは紙コップをテーブルに置くとのしのしと大股にこちらまで歩いてきた。


「お前今、サクラさんのアシスタントしてるんだってな? 今日は彼女とアリサさんがステージを盛り上げてくれてとても助かったよ! なあ、サクラさん!」

「……はい」


 急に話題を振られたサクラが、戸惑いつつもいつものように素っ気なく返事をする。


「楽しかったよね、サクラちゃん!」

「うん」


 アリサがサクラの隣の席に腰かけ、ニコニコしながらサクラにもたれかかった。ルークもニコニコとしながらその様子を眺め、それから俺を見てニヤリと笑う。


「お前も魔法少女服を着てくれば、一緒にステージに上げてやったのに」

「着てくるわけねーだろバーカ! アホか!」

「是非とも生ナオたんを拝ませて欲しいなあ」

「ふふふ、すっごく可愛いんだから。同じ女として妬けちゃうくらい」

「だろうなあ、ナオだからなあ」


 何故か二人してニヤニヤしながらうんうんと頷き合う。


「うるせーてめえら共謀しくさって! 俺だけならともかくサクラ巻き込むんじゃねえ!」

「それだよ、ナオ。サクラさんだ」


 ルークはぱちんと指を鳴らしてキレ散らかした俺を指さした。


「僕は今、アリサさんとコラボしたり、彼女のイベントのプロデュースを手伝っているんだ。だから今度開催されるサクラさんのファンミーティングでも、是非ともお力添えさせていただきたいと思ってね」

「あーあーどうせエリカの作戦通りに落とし込まれるんだろ、俺みたいなクソフリーランスの手品師なんてほっといて、天下のルーク様が素敵にプロデュースしてやってくれよ」

「そう卑屈になるなよ、僕はナオの発想は買ってるんだぞ」

「ハァ!?」


 俺は間抜けな声を出したが、ルークはしたり顔でうんうんと頷いた。エリカはコーヒーを淹れていたようで、俺の前に湯気が立つ紙コップを一つ置き、自分も一つ手に取って適当な椅子に腰かける。


「だって、すごいじゃないか、魔法少女を手品でプロデュースするなんて……僕はアリサさんのイベントや動画などでたくさん共演コラボさせていただいてるが、彼女の戦闘を手品で助けるなんてぜんっぜん考えたこともなかったよ。ましてや自分も魔法少女のコスをするとか、正気の沙汰じゃない」

「ああ俺もその点は完全一致で同意だぜ!」


 俺はすぐ横に座るエリカをぎろりと睨んだが、敏腕シニアプロデューサーは涼しい顔でゆっくりとコーヒーを嗜むばかりだ。


「でも、だからこそだ、ナオ。オールドが屋外で出来ることなんて限られてるだろ? 戦いというイレギュラーが多く発生する場だからこそ、ネオマジックの出番じゃないか? 僕はその点でも、是非とも力にならせて欲しいんだ」

「……ハァ?」

「お前もいい加減オールドばっかりに固執してないで、ネオに挑戦してみる時期なんじゃないのか?」


 いつの間にかルークは真顔になって、俺をじっと見下ろしている。


「お前のこだわりにサクラさんを巻き込むなよ。彼女を輝かせるための最大限のパフォーマンスをするべきだ。そこをはき違えるなら、プロデューサーを僕と代わるべきだ」

「……そうかよ」


 俺はぎろりとルークを睨み上げる。……そうだった、こいつはこういう奴だった。オールドマジックが好きでそればかりやっている俺に「時代に合わない、ネオを取り入れてもっと華やかにしろと」言っては口論になるんだよな。十年越しの再会の会話はどんなになるんだろうと思ってはいたが、あのころと変わらない調子で吹っ掛けて来るのがお前のスタンスか。


「ははっ、セカイ座を連日満員御礼にする超人気マジシャン様に言われると耳が痛いねえ」

「……ナオ。僕は真剣に言ってるんだぞ。お前は自分の才能をドブに捨てているようなもんだ」

「へーへーそりゃどうも」

「……ナオ」


 俺が肩をすくめて見せたので、ルークは苛立った様子で俺を見てエリカを見た。エリカはニコニコしながらコーヒーを飲み、ルークに向かってしっしっと犬を追い払うみたいに手を振って見せる。……あれは「あんた達のそれはもう見飽きてるから私を巻き込むな」だな。一気に雰囲気が悪くなり、俺もルークもただ相手を睨むだけになる。エリカは傍観の姿勢、サクラとアリサは首を傾げて俺とルークを見比べている。


「サクラさん」


 ルークは深々とため息をついて首を振ると、サクラの方に向き直り、にこりと微笑んで見せた。


「サクラさんも、今日の僕のステージを見てくれたでしょう。ネオマジックは華やかな演出を必要とする魔法少女にもピッタリなんだ。ネオマジックをそのまま仕込むこともできるし、魔法と組み合わせれば新しい攻撃手段も作れるかもしれない。だからネオマジックを毛嫌いしないで欲しい、僕はサクラさんに輝いていて欲しいんだ」

「んー……」


 滔々と語るルークと、手を握ったまま押し黙るアリサを見比べて、サクラは不思議そうに首を傾げた。


「別に、ネオマジックが好きとか嫌いとか、ないです」

「そうなのか!?」


 ルークが間抜けな声を出した。


「それなら是非、僕をファンミーティングのプロデューサーにしてもらえないだろうか!」

「ネオマジックが好きか嫌いかじゃなくて、演出はいらないと思っています」

「ええ!?」

「サクラが強くなればいいだけなので。ランキングもアマツキも、こだわりたい人がこだわればいい」

「サクラちゃん、またそんなこと言ってる!」


 今度はアリサがギョッとする。


「ナオは頑張っているから、ナオがやりたければそれでいい。それだけです」


 サクラはにこりと微笑んでその場に立ち上がった。上背のあるルークよりも更に十センチほど高いサクラが、じっとルークを見下ろす。ルークは射すくめられたのか、口をぽかんと開けてサクラに魅入られている。


「今日は、素晴らしい公演にお招きいただきありがとうございました」


 サクラはいつものようにぴしりと直角のお辞儀をして見せた。


「あっ、……うん、さ、サクラちゃん……」

「お前、サクラをちゃん付けとか、どんだけファンなんだよ」

「え? ……あっ」


 俺の指摘にルークは動揺してバッと口許を押さえた。サクラは何も気にした様子はなく、頭を上げるとすたすたと入口に向かう。ドアの前でもう一度綺麗なお辞儀をすると、失礼しました、と部屋の外に出て行ってしまった。


「あっ……」


 ぱたんと閉ざされた扉に向かって哀れっぽく手を差し出すルークを見て、俺は堪え切れずにぶぶっと吹き出した。


「あはははは、リュウ、お前どんだけサクラのファンなんだか知らねえけどな、素直にファンですって言った方がアイツ聞いてくれると思うぜ?」

「えっ?」

「じゃあな、いい公演だったぜ。イリュージョンが特によかった」

「あっ、ナオ」


 俺はルークを昔の呼び方で呼び、笑いながら控室の外に出た。廊下を見ると少し先をサクラが歩いているのが言える。サクラめ、たぶんこの話題自体が面倒になったんだろう、先に一人で出て行っちまいやがって。俺が頑張ってるとかくすぐったいこと言ってくれてるんじゃねえよ、照れるじゃねえか。……そんなことを考えつつポケットからスマホを取り出す。公演前に劇場モードにしていたのを今の今まで忘れていた、どうせ誰からも何も来ていないだろう──そう思ったら、着信件数が十七件もあって俺は目をひん剥いた。慌ててスマホを開くと、全部同じ番号からの着信だが、俺のスマホには登録されてないみたいだ。


「……ナオ」


 廊下の先でサクラも立ち止まっている。その手は俺と同じようにスマホを手に持っている。


「……やばい。お母さんから電話きまくってる」

「えっ、お母様?」

「公演行くって連絡するの忘れてた」

「やべえじゃねえか、お母様心配してんだよ。俺が電話出てやろうか」

「いいの?」

「おう。俺らと一緒だったって分かればお母様もそんな怒んないだろ」

「うん、ありがとう」


 珍しく本気で焦った様子のサクラは、俺の言葉に顔を綻ばせた。


「ナオも電話来てたの?」

「おう、そうみたいだな」

「お母さん?」

「んなわけあるか、三十二歳のオッサン一人暮らしだぞ」

「そっか」

「でも知らねえ番号なんだよなあ、こんなに何回も着信あるってことは間違い電話ではないんだろうけど」

「……番号見せて」

「ほいよ。知ってるか?」


 俺はスマホの不在着信をサクラに見せる。番号の羅列を見たサクラは、自分のスマホをちょいちょいといじり、やっぱり、と声を上げた。


「その番号、渡辺大佐だよ」

「……ハァ!?」

「ほんと。ほら」


 サクラが寄越してきたスマホの画面は、「渡辺大佐 ×××-……」と表示されている。確かにそれは俺のスマホの不在着信と同じ番号だ。


「たっ、大佐が俺に何の用だよ!? 俺番号教えてねえぞ!?」

「サクラがちょっと前に教えた」

「マジか!」

「かけ直してみなよ」

「おっ、おう」

「お母さんは後でいいから」

「おおっ、おう」


 俺は廊下の壁にもたれかかるようにして深呼吸し、それから震える指でリダイヤルをかけた。地球防衛連合軍日本支部の大佐……会社で言えば間違いなく役員クラスの役職だろう。サクラを秘かに贔屓してる、というのはサクラ本人には言わないほうがいいんだろうな……。数回の呼び出し音の後、もしもし、と渡辺大佐の野太い声が聞こえてきた。


「こんばんは、紀伊國です。お電話いただいていたようで……」

[ああ、紀伊國さん! ちょうど良かった、もう一度かけようかと思っていたんだ]

「ハア……俺にですか」

[君にだよ、紀伊國さん。君のためのとっておきの作戦をAIカグヤと考えたんだ]

「作戦? 何のですか?」

[そりゃあ君、サクラくんにアマツキを継承してもらうための作戦だよ]

「……ッ!」


 俺はギョッとしてスマホを自分の手のひらで隠すようにする。少し離れたところに立っているサクラは、口をとがらせて自分のスマホをいじっている。


[……もしかして、そこにサクラくんがいるのか?]

「はい、います」

[では紀伊国さん、サクラくんに傍聴されないように気を付けて聞き給え──]


 渡辺大佐は、もったいつけた言い回しで雄弁に語り始めた。


 

 


 



 

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武士道系魔法少女、無骨すぎて全然可愛くないので冴えない手品師の俺がどうにかすることにしたら俺まで魔法少女にされちゃいました 金燈スピカ @kintou_spica

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