第7話 三つの作戦 ⑨ ルーク流星の助手

 休憩後の第二部は、ルークとかぐや姫の人形が何かの紙を持ちながらドタバタと現れるところから始まった。一部はトークなしのサイレントステージだったが、二部はワイヤレスマイクをつけて喋り倒すようだ。かぐや姫は身振り手振りのみで、ルークが通訳のように彼女の意図を話す。白い扇は「魔法の扇子」と呼び、紙に書かれた宝物を手に入れるとその力が蘇るのだと言う。さすがに名前をずばりアマツキとするのは憚られたようだ。


「なに? 五つの宝物の封印を解けば、魔法の扇の力が蘇る?」


 ルークは大げさな動作でかぐや姫の口許に耳を近づけながらうんうんと頷く。


「そのためには、僕だけでなくみんなの力が必要? ……それでは、僕と一緒に冒険に出てくれる勇敢な仲間を見つけよう!」


 ルークは両手を大きく広げて観客席を振り仰いだ。それだけで歓声と盛大な拍手が沸き起こる。俺がわざわざ後ろを向いて観客席の様子を見ると、子供や学生の観客は目を輝かせながら「はい、はーい!」「俺、オレオレ!」と手を挙げて大騒ぎだ。そう、ステージマジックで演者がマイクで話すということは、観客とのコミュニケーションが発生するということだ。観客をステージに引っ張り上げて手品の助手をさせる、昔からある超オーソドックスで王道の、一番盛り上がる瞬間だ。素人が手伝っているのに手品が成立する、このワクワク感は他のエンタメにはなかなか真似できないだろう。


「ではそこの、元気な黄色のTシャツの子!」

「では君、笑顔が素敵な僕!」


 ルークは子供を五人ほど指名してステージに上がらせた。プレミアムシートから三人、一般席から二人、プレミアムシートの方が少しだけ優先される、くらいの匙加減が憎らしい。子供たちはみんな頬をつやつやさせながらステージに上がり、しょりしょり坊主頭の小学生男子は興奮して走り回り、かぐや姫がその背をぱしりとひっぱたいて笑いを誘った。


「魔法の鏡に、君たちの真実の姿を映し出そう……」


 ルークの言葉に応じて、天井から大きな姿見が五つするすると降りてきた。整列させられた子供らは口をぽかんと開けて鏡を見守る。鏡は五人の前に一枚ずつ立てられ、それぞれの姿が映る──突然鏡はもくもくと煙を吐き出したかと思うと、鏡面が覆い隠されてしまった。ステージ全体に強い風が吹いて煙が吹き飛ばされると、鏡に映る五人の姿が恐ろしい怪獣の姿に変わり果ててしまった。更には五人本人の姿も、3Dホログラムで怪獣となっていて、会場はどよめきに包まれた。


「たっ、大変だ! 魔物が君たちを取り込もうとしているんだ!」


 ルークは慌てふためいたそぶりでかぐや姫と会話する。子供たちは恐竜と機械人間っぽくなって嬉しそうな子が二人、ゾンビのようになって真顔になってしまった子が一人、吸血鬼になってキョロキョロしている子が一人、サメの半魚人になってぶるぶる震えて泣いてしまいそうな子が一人。最後の一人はもしかして五歳くらいなんじゃないか? 自分が怪物になったら怖いよな。ルークはすかさずその子のところに行って抱き上げてやり、何食わぬ顔でかぐや姫とやりとりを続ける。その子は抱っこされて緊張の糸が切れたのだろう、わーわー泣き出してしまい、かえって会場の笑いを誘った。


「鏡の上部にカードを嵌める枠があるだろう、ここに五枚で最強の組み合わせになるカードを嵌めるんだ。そうすれば怪物に勝って、元の姿に戻ることが出来る」


 鏡の中の怪獣の映像が、ルークの説明をニヤニヤしながら聞いている。


「最強のカード……知ってるかな? ポーカーというカードゲームで、一番強いカードはこれだ」


 ルークが手を振ると、ステージ上空に光でカードが表現された。スペードの十、ジャック、クイーン、キング、そしてエースが揃ったポーカー最強の手、ロイヤルストレートフラッシュだ。


「カードは、ここにいるみなさんが持っている。パンフレットについているからね。彼らからカードを借りるんだ! でも受け取る時に何のカードか分かると怪物にすり替えられてしまうから、自分では見ないで、その人にこの封筒に入れてもらうんだ」


 ルークはポケットから金色の封筒を取り出した。サメ人間の子供に封筒の中身を覗かせ、中身が空っぽであることをしっかりと観客席にアピールしてから、自分でもカードを一箱取り出し、サメ人間の子供に一枚選ばせたものを、カードが見えないように気を付けつつしっかりと封をする。


「さあ、自分の運命を信じて!」


 子供たちに封筒が配られ、明るくもスリリングな局長になり、会場が明るくなった。子供たちは興奮した様子で花道を歩き始める。サメ人間の子はルークと手をつなぎながら歩いていく。二人はプレミアムシートを悠々と横切ったルークが、俺たち四人をじっと見たのが分かった。一瞬のことだが、ルークは薄く笑っていたように見えた。……お前、演技中にそういう素っぽい表情出さないほうがいいぞ。まあ天下のネオマジックの申し子はそれだけ余裕綽々ってことなんだろうけどな。


 賑やかな場内、走り回る子供たち。ほどなくして皆トランプを封筒に入れてもらってステージに戻って来た。ルークは子供たちから封筒を一つずつ預かる。あのサメ人間の子も、真っ赤な目ながらもう泣かずにルークをじっと見上げていた。


「さあ……運命の時間だ……」


 一人目の子の封筒を、ルークがはさみで切って開ける。ドラムロールとバイオリンの緊張感あふれる音楽、かぐや姫の人形は不安そうにあたりを飛び回る。


「スペードの……十」


 高々と掲げられたカードに、おお、と観客席がどよめいた。ルークはカードを鏡の上部に嵌めると、次の封筒に取り掛かる。


「スペードの……ジャック」

「スペードの……クイーン」

「……キング!」


 どよめきは渦のようになってうるさいくらいになった。……三千五百人がどよめくとこんな音になるんだな。俺の幼稚園やら老人ホームの慰問ステージじゃこうは行かない。俺が腹の底をじくじくさせていると、ルークは仰々しい手つきで最後の一枚の封筒を切った。あのサメ人間の子のカードだ。


 ……ハートの、三。

 ロイヤルストレートフラッシュに必要なのは、スペードのエースだ。


「……あれ?」


 ルークが素っぽく呟く。かぐや姫が飛び回るのをやめてその場にホバリングする。どよめきが、会場の熱が一気に引いていく。サメ人間の子は顔面蒼白でルークの手許のカードを睨みつける──


「……最後の一枚のカードは、違いました」


 残りの四人の子供たちも動揺して、互いに顔を見合わせる。鏡の中の怪物たちが嬉しそうな顔で手を叩いたり宙返りしたりしている。ルーク流星、間違えた? ランダムで引くんだから、こういうこともあるのかな。どうすんだろう、これ。失敗するなんて見て損したなあ。ルークはどよめきが不満に変わりかけるまでたっぷりと待って、それからようやくあっと大袈裟に声を上げた。


「もう一枚、カードがありました!」


 ポケットから、五人と同じ金色の封筒を出す。それは最初の説明の時に使ったカードだ。


「君に確かめてもらった奴だよ。開けてみて」


 ルークははさみを男の子に手渡し、優しい声で囁いた。サメ人間の男の子はこくりと頷いて、ルークが持つ金色の封筒の端をしょきりしょきりと切る。曲調も空気も張り詰める、どくどくと鳴っているのは俺の心臓か、あの子の鼓動か、それともBGMか。男の子が空いた封筒に手を突っ込んでカードを取り出し、まず自分が見る──


「えっ!? いちだ!!!!!」


 男の子は叫びながらカードを高々と掲げた。それは探し求めたスペードのエースのカードだ!


「ほら、君は誰よりも勇気がある。僕と一緒でなく、君自身が選んだカードなのだから!」

「うん!」


 ルークは男の子を抱き上げると、五枚の鏡の最後の一つにスペードのエースのカードを嵌めさせた。鏡の中の怪物たちが悔しそうに地面や鏡面を叩くが、また現れた煙に取り囲まれてその姿が消えていく。子供たちも3Dホログラムターゲティングが解除され、もとの姿に戻った。


「勇気ある子供たちに大きな拍手を!」


 ものすごい歓声と大喝采だ。子供たちは興奮してステージ中を走り回り、ルークとかぐや姫は手をつないで何度もお辞儀をし、両手讃辞にて讃辞に応えた。……オールドマジックにもあるオーソドックスなカード当てだ。いい演目じゃないか、五人一気に当てさせるのと、観客を怪獣に変えるあたりがネオマジックらしいな。けど怪獣化が解除された喜びとカードが当たった驚きが近すぎて、手品本体の凄味が霞んでないか? ……何と言おうと、俺がジジババ相手にやる王道カード当ては拍手もまばらで、ルークのネオマジック式カード当てはセカイ座の大ホールでこれだけの喝采を浴びてるんだ、どっちが主流かなんていちいち考えるまでもない……。


 興奮した子供たちは花道を跳ねるようにして帰って行った。ステージはその後もスマホを使った全員参加型の念力マジックや、花を咲かせたり万国旗が出てきたり、手を変え品を変え飽きることなく続いた。五つの宝物の封印は演目を一つ終えるごとに解除されるようで、その度にかぐや姫の人形が大きくなっていく。あれはみんなエンタメとして受け入れているが、どういう仕組みで大きくなるのかさっぱり分からねえ、風船みたいになってるのか? ……いや、考えるな俺、一つのタネについて考えていると他を見逃すぞ。


 終盤に差し掛かり、宝物もあと一つ、というところで、突然ステージの照明が一気に暗くなった。雷がとどろくような音がして、上花道のあたりから恐ろしい唸り声が聞こえてくる。


「あれはっ……怪物!」


 スポットライトを浴びたルークが指差す先は、上花道を青いマンモスのようなどでかいものが悠々と歩いていた。青い霧を吹き出しながら歩くマンモスは、何故かとてもデカい黄色いパンツを履いている。


「あれも急いで作らせたんですって」

「……ふぅん」


 エリカが囁いてきたが俺は適当に返した。青がアザーズなのは序盤でも出てきたからわかっているが、黄色パンツということはレグルスを意識しているのか。ならあれはこのステージの最終ボスってことなのか?


 ぐおおおおおおお!


 青マンモスは本物のアザーズよりは少しだけおとなしめな声で咆え、長い鼻をゆっくりと振って見せた。観客席には当たるはずもない距離感だが、それでも近くの席の人がギョッとして首をすくめている。


「大変だ……まだ魔法の扇子が復活していないのに……!」


 ルークは真剣な表情で叫ぶと、小学生くらいの大きさになったかぐや姫をその背に庇った。かぐや姫はそのルークの腕を引っ張り、その耳元にこそりと囁く。


「姫……えっ!? もっと強力な助っ人がいるって!?」


 うんうんと頷くかぐや姫。


「そうだ、僕もそう思っていた……僕たちには心強い味方がいる!」


 スポットライトに照らされたイケメンルークは、青マンモスをぎろりと睨んでその拳をグッと握り締めた。


「決して挫けることのない希望の光、それは──魔法少女!」


 その瞬間もう一つのスポットライトが点灯し、プレミアムシートに座るアリサ・ピュアハートが照らし出された。完全にステージに魅入っていたらしいアリサはギョッとして周囲を見回している。サクラはきょとんとその様子を見ていて、隣のエリカはニコニコ笑っているだけだ──エリカめ、ルークと共謀してやがるな。アリサには知らせておかないで偶然感を出す演出か。ルークはにこりとイケメン極まりなく微笑むと、アリサのすぐ目の前にやってきて跪き、その手を差し出した。


「さあ、一緒に戦おう、アリサ・ピュアハートさん!」


 きゃああ、と女性の歓声があちこちから上がる。


「えっ……ええっ!?」


 アリサは戸惑い、隣のエリカを見る。エリカが何事か囁くと、アリサは困惑を消し切れずに頷いた。差し出された手を取る頃には、その顔はいつものキメ顔に成り代わっている。さすがだな。立ち上がったアリサをルークが脇の階段まで誘導し、アリサは手を取られたまま階段からステージに上がった。アリサはすぐさま魔法少女の姿に変身する、ルークはアリサの手を取り腰に手を当て社交ダンスのようにしてくるくる踊り、ステージ中央まで導くと、さりげなくワイヤレスマイクのヘッドセットを手渡した。アリサも手慣れた様子でマイクを装着すると、くるりとその場で回り、可愛いポーズを決めて見せた。


「急に呼ばれてびっくりしちゃった! 世界をカワイイで守っちゃう、みんなにとびっきりのスマイルを! アリサ・ピュアハートです!」

 

 うおおおおお! びりびりと振動を肌で感じるほどの大歓声だ、アリサが登場しただけで客席はスタンディングオベーションになった。


「アリサちゃーん!」

「アリサー!」

「めっちゃ可愛い!!!」


 アリサは手を振り、かぐや姫がアリサに寄り添う。ルークはニコニコとその様子を眺めていたが、くるりと踵を返し、もう一度プレミアムシートの方にやって来た。アリサとルークを照らすスポットライトのほかに、もう一つライトが付く。


 ルークはすらりとした長身を折りたたむようにしてステージを降りる。

 椅子に座ったままのもう一人の魔法少女──ブシドー・サクラの前に、丁寧に、とても丁寧に膝をつく。


「お迎えに来ました、ブシドー・サクラさん」


 サクラは目を見開いて、天才ネオマジックマジシャン、俺のかつての同期を見る。


「一緒にいらしていただけませんか?」


 ルークの声は温かく丁寧だった。一音一音を大切に、しくじらないように発音しているのがよく分かった。アリサを呼んだ時の、ステージ映えはするが流れるような喋り方とは明らかに違う。サクラはルークを見て、差し出された手を見て、俺とエリカの方を見た。エリカがニコニコしながら頷いてしまったので、俺もやむなく頷くしかない。サクラは仕方ない、という様子でため息をついたが、ルークの手は取らずに立ち上がった。そのまま手もつかずに、階段でも上ったのかと思うくらい自然にひょいとステージに飛び乗った。


「サクラちゃん!?」


 アリサが顔を真っ赤にして叫ぶ。ルークが苦笑いしながら、差し出したままの手を引っ込めて立ち上がる。サクラはその場で振り返ってルークを見下ろすと、つい先ほどのルーク自身のように、だが随分無骨にその身を屈めた。


 サクラの大きな手が、ルークに向かって差し出される。


「ヒエッ……!」


 ルークはなんか変な声を出す。どうすんだ、どうすんだよお前……そしてサクラお前は何やってんだよ!? ルークは俺が見てはっきり分かるほどぶるぶると震えたが、アリサよりも真っ赤になって、瞳をキラキラさせて、まるで少女のようにそっとその手に手を乗せた。


 サクラはそのままひょいとルークを引き上げ、すとんとステージの上に乗せる。


「さっ……!」


 ルークはそれ以上言葉にならないようだった。その場に立ち尽くして呆然とサクラを見上げていたが、数秒して我に返り、にこりと微笑んで見せる。


「来てくださってありがとう、ブシドー・サクラさん! みなさん、今日の僕ほど幸運なことはありません、アリサ・ピュアハートさんとブシドー・サクラさん、このお二人がこの場に駆けつけてくれたのですから!」

「サクラちゃんっ!!!」


 うわああああ、わあああああ、わああああああ!!!


 両手を広げたルーク、駆けてきたアリサ、周りを駆けまわるかぐや姫、そしていつものように仁王立ちのサクラ。いつまでも終わらない歓声の中、青マンモスが二人の魔法少女によって実にあっさりと倒され、かぐや姫は大人の女性の姿となった。魔法の扇子がきらめきを取り戻し、大人のかぐや姫が扇ぐと夢のようにきらめく粉をあちこちにふりまく。やがて魔法の扇子はひとりでに高く舞い上がり、くるくると回転するうちに一枚の円盤のようになりもう一つの月となる──壮大な音楽と共にミラーテープが飛び出し、上から紙吹雪が降ってきて、大喝采のうちに閉幕となった。アリサとサクラはルークに連れられて緞帳の向こうに去って行ってしまった。


「……香坂さんよぉ」


 拍手をしながら、俺は低い声で呟く。


「なあにぃ、紀伊國さん」


 エリカは俺を見上げながら何食わぬ様子で応じる。


「……ミッションコンプリートってか?」

「ええ、そうね」

「お前、どこまで頼まれてたんだ?」

「んー」


 真美堂のシニアプロデューサーは唇に人差し指を当てて鼻を鳴らし、それから俺の方を見てニヤリと笑った。


「ナオも女装させてって言われてたけど、それは可哀そうだからやめてあげたわ」

「ハァ!?」


 荒ぶる俺の声も、大歓声の中ではかき消えてしまいそうだ。


「アイツ何考えてるんだ……」

「バズ作りよ、当然でしょ」

「分かってるけどさ……」


 ニコニコと笑っているエリカを見ると、怒る気力も失せてくる。俺はため息をつくとぐしゃぐしゃと自分の髪をかき回した。


「せめて、先に言っておけよな……」

「先に言ったら、ミラクル☆ナオたんになってくれた?」

「ならねえよバーカ! クソエリカ!」

「ほほほ、何とでも言ってちょうだい」


 エリカは歓声に負けないくらい高らかに笑って見せたのだった。



 

 

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