第7話 三つの作戦 ⑧ バンブー・イリュージョン
青と緑の幻想的な照明がぐるぐると回り、中央ステージの床がせり上がって竹林が現れる。ルークが俺達の方を見たのは一瞬のことで、白い扇を持ちながらあたりを探るように歩き回った。時折ルークが扇で仰ぐような動作をすると、光の粉や雪の結晶のようなものがきらきらとあたりを舞う。……ルークの奴、ケロッとした顔で演技してるが、あいつサクラのこと呼んだよな? しかもサクラちゃんって……え、知り合いなのか? ルークとサクラが? いやいやいや……サクラはルークの公演の話題が出てもキョトンとしてたぞ。あいつがサクラのプロデュースしたがるにしても、いきなりちゃん付けで女子中学生のこと呼ぶか? 俺は三席離れたサクラの方を見ようと思いっきり横目になる。サクラはいつものように背筋まっすぐで、それでも息を呑んで展開を見守っている。
いつの間にかステージは明るさを取り戻し、ルークが光る竹を覗き込んでいるところだった。しばらく考え込んだ後、竹に向かって扇で仰ぐ。現れた紙吹雪が意志があるようにあたりを舞い、観客席からどよめきが起こった。あれは最新の……いや、やめろ俺、タネについて考えるな。紙吹雪は互いに寄り添って蝶の形になり、光る竹の節の周りに集まる。ルークが扇で竹の表面を撫でる、……一度目は何も起こらない。もう一度撫で、扇が引き下げられると、そこには人形の女の子がいた。十二単を着た長い黒髪の女の子、竹から生まれたなよ竹のかぐや姫。説明しなくても、日本人なら九割九分九厘がそう認識するだろう。どよめきと拍手喝采の中、人形のかぐや姫はぴょこんと竹から飛び出し、空中に浮かんでルークの周りをくるくると回る。
「あいつさっき、サクラのこと呼んだよな?」
拍手に紛れてエリカに耳打ちすると、エリカはちらりと俺を見上げて耳にかかる髪をかき上げた。
「気になる?」
「気になるって言うか……」
エリカはフフフと笑うだけでそれ以上答えなかった。俺は首を傾げつつもステージに視線を戻す。背景に大きな満月が上がってきて、スポットライトが二人を照らす──ルークの手からぽとりと扇が落ちた。ルークが拾って仰いでみても、もう光る粉や紙吹雪は出て来ない。ルークはがっくりとうなだれる。かぐや姫は小さな手で扇に触れるが何も起こらない。その状態でわなわな震えたかと思うと、強烈なボディアタックをルークに食らわせた。ルークは変なポーズで吹っ飛ぶ、客席がどっと笑う、ルークは腰をさすりながら起き上がる、そこに追撃するかぐや姫。また吹っ飛ぶルーク、かぐや姫はあたりをぶんぶん飛び回ってルークを追いかける。曲調がコミカルになり、ルークは花道を走って逃げる。観客が笑いながら手拍子をする……。
俺は、ルーク流星の公演はすべて観劇している。こんなプレミアムシートなんて目立つ席じゃないからルークは気が付いていないだろうが。ネオマジックの若き天才、パープル王子、エンタメ界でもてはやされる同期の晴れ姿を、何度客席から眺めただろう。ネオマジックとオールドマジック、趣向が違うなんて観客からは些細な差でしかない。というかそもそもこの二つが違うものだなんて知らない人の方が多い。へえ、君、あのルーク流星と同期なんだ? ああいう派手な奴もやってよ……。
ルークとかぐや姫は花道や上花道をドタバタと駆け回り、ルークは姫を宥めるためにいろいろなものをポケットやら竹の隙間やらから出していく。それにはミニドローンやARホログラム投影機が内蔵されていて、まるで夢でも見ているかのような荒唐無稽な風景が次々と現れる。最後には扇は竹にひっかけるよに置きっぱなしになり、二人はステージの真ん中で竹を組み合わせた船を作った。まだ怒れるかぐや姫がルークをぐるぐると縛り上げると、船の中に押し込めて大きな布をかけた。
「さーん!」
かぐや姫の身振りに合わせて、観客が楽しそうに叫ぶ。
「にーい!」
船の端からは、ルークの足がじたばたと暴れているのが布越しに見える。
「いーち!」
サクラとアリサが、目を輝かせて身を乗り出している。
期待がメインホール一杯にぎゅうぎゅうに押し込まれた中、かぐや姫がぱっと布を取った。その瞬間、竹の船ががらがらと音を立てて崩れる。観客が悲鳴を上げる、かぐや姫は驚いて飛び退く。崩れて散らばるのは竹ばかり、ルークはどこにもいない、かぐや姫は茫然とする。あたりを見回し、不安そうに首を傾げ──その瞬間、じゃーん! と、派手な音と共に満月がライトアップされた。……ゴンドラに乗ったルークが、満月を背負って両手を広げ、優雅に微笑んでいる。割れるような拍手と歓声、ゴンドラはゆっくりと下降し始めた。どうやら客席の上をぐるりと回るようだ。船が壊れてから満月ライトアップまで十秒もない、五秒くらいか? 常人ではとても考えられない速度でルークは拘束から脱出してあの満月ゴンドラに現れて見せた。そんなことあり得ない、魔法でも使えない限り! これはタネも仕掛けもない本物の魔法なんだ……! そう思わせるだけの説得力ある演出だ、タネを知っていても普通に感動できる。サクラもアリサも惜しみない拍手を送っているが、隣のエリカは自分の頬を撫でながら、ソムリエみたいな顔でしみじみと頷いていた。
「派手なイリュージョンよね」
「……おう」
俺の視線に気が付いたエリカが、また耳元に口を寄せてきた。
「ナオもこれなら好きなんじゃない?」
「……別に、ネオマジックが嫌いってわけじゃねえよ」
「そうなの?」
「そうなの」
ゴンドラは俺たちの前を悠々と通り過ぎてステージに降り立った。感動に打ち震えるかぐや姫がひしとルークにしがみつく。ルークはかぐや姫の背を優しく叩くと、置きっぱなしだった白い扇を手に取る。扇いで見ても何も出てくることはない。二人はがっくりとうなだれ、互いに見つめ合い、うんと頷いて手を取り合った。何も出ない扇を二人で扇ぎ、満月を見上げると、またしてもうんうんと頷く。扇をそっと竹に戻すと、二人は手を取り合って上手の方に走り去っていった──
休憩のアナウンスが入り、会場の照明が明るくなる。
「すっごかったね、サクラちゃん!」
アリサが伸びをしながら言うのが聞こえた。俺が視線をそちらにやると、サクラは神妙な顔でステージに置きっぱなしの扇を見ていた。
「ね、すごかったよね、サクラちゃん!」
めげないアリサがもう一度声をかけながらサクラに抱き着く。
「サクラちゃん、休憩長めだから飲み物買いに行こ! トイレも行きたい!」
「……アリサちゃん」
サクラはそれで我に返ったが、視線はまだ扇を見つめている。いつもは引き締まった印象の横顔が、今日は何か考え事をしているように見えるのは俺の気のせいか?
「かぐや姫のお話に……扇って、出てきたっけ?」
「え?」
アリサは全く持って予想外だったらしく、サクラに抱き着いたままぐるりと俺達の方を向いた。
「……出てきたっけ?」
わかんない、はやく教えて。アリサの焦った表情が雄弁に物語っているのを見て、エリカがくすくすと笑いながら首を振った。
「扇は出て来ないわ。ルークくんが初代魔法少女カグヤとアマツキにインスピレーションを受けて思いついた、創作よ」
「そうですか……」
サクラはそれでも何か考え込んだままだ。それきり何も言わなくなってしまったが、アリサが腕を引っ張ってメインホールの外に連れ出していった。エリカは手をひらひらさせながら二人を見送ると、両手を上げて気持ちよさそうに伸びをする。
「なあ、あいつ、サクラちゃんって言ってなかったか?」
「言ってたわねえ」
エリカは着席者がまばらになったホール内を見回しながらふふんと鼻を鳴らした。
「なあに、気になる?」
「気になるって言うか……アイツ、何でサクラのプロデュースしたいとか言い出したんだ? 何の接点もないだろ?」
「あら、何の接点もなかったらファンになっちゃいけないの?」
「そうは言ってねえよ」
エリカはわざとらしく上目遣いを作って見せ、見上げられた俺はさすがに辟易して視線を逸らした。
「お前がやってくれって頼んだんならまだ分かるんだけどな……」
「んー……」
エリカは少し考えて、顔を戻した俺と視線を合わせるとにこりと笑う。
「ま、自分で会って聞いてみたらいいんじゃない? 楽屋案内するわよ」
「ええー……それは別にいいよ」
「そう?」
顔をしかめた俺を、エリカは首を傾げながらじっと見る。俺はさっきとは別の理由でエリカから目を背ける。
「連絡ぜんぜん取ってなかったし、さすがにいきなり楽屋は気まずい」
「この前連絡したって言ってたじゃない」
「……そんなこと言ったっけか?」
「あ、言ってたのルークくんだったかも」
「……何でもいいけどよ、それだって何年振りってやつだぜ?」
何か言われるかと思ってステージの方を見たまま黙ったが、エリカは何も言ってこなかった。訝しんだ俺がエリカの方を見ると、エリカはじっと俺を見ていて、それから我に返る。
「ごめんごめん」
「……んだよ」
「ごめんってば。十年経ったんだなーって思ってただけ」
「……そうかよ」
「そうなの」
エリカはそれきり、休憩が終わるまで何も言ってくることはなかった。サクラとアリサがきゃーきゃー騒ぎながら(正確には騒いでいるのはアリサだけだ)戻ってきて席につく。どうやらフレッシュフルーツジュースが美味しかったようで何よりだ。騒ぐアリサを尻目に、サクラはまたステージ上の白い扇をじっと見る。
アマツキ継承に興味はないと断言するサクラがアマツキをモデルにした扇をじっと見ているのは、少しだけ不思議な光景だった。
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