第7話 三つの作戦 ⑦ ネオマジックの公演

 セカイ座メインホールは総座席数三千五百席、エンターテイナーのあらゆる要望に応える超ハイスペック未来型劇場として、二〇七六年に竣工された。それから二十年は経つことになるが、新しい劇場、それも都心ど真ん中なんてそうそう建てられるもんじゃない。長い間日本のエンタメの最前線を担う劇場として、幅広い世代と様々なジャンルのエンターテイナーから熱い支持を受けている。それは最新技術をふんだんに使うネオマジックとも非常に相性が良く、当然ネオマジック第一人者と巷でもてはやされるルークも何度もここで公演している。


「サクラちゃん、こっちこっち!」


 すっかり調子が戻ったアリサがサクラの手を引いてメインホールの通路階段を下りる。今回の公演のしつらえは、中央に円形ステージ、三方に階段状にせり上がる観客席、その間の花道。更にはメインホールを見下ろしつつぐるりと場内を一周できる、上花道と言われるしつらえだ。古代ローマやギリシャの円形劇場をイマドキにアレンジしたと言ったところか。アリサが目指しているのは円形ステージの正面最前列、いわゆるプレミアムシートと言われる席だ。……特にマジックショーでは、この席のあたりが客いじりに使われることが多い。空いていた横並び四席に、サクラ、アリサの順に座る。エリカが軽く肩をすくめながらアリサの隣に行ったので、結果として俺は元カノの隣に座る羽目になった。


「はあー、プレミアムシートとか、真美堂様は金持ってるねえ」


 俺がきょろきょろしながら席に着くと、エリカは上機嫌に笑う。


「違うわよ。この席、ルークくんが用意したのよ」

「は?」

「ルークくん、ナオとサクラちゃんが来るの、すごく楽しみにしてたの」


 エリカはニヤニヤ笑いながらパンツスーツのジャケットを脱ぎ、背もたれに埋もれるようにしてもたれかかった。 


「ナオはともかく、サクラちゃんが来てくれるか心配だったから。うまくいって良かったわ」

「あっ、てめっ、さっき言ってたミッションコンプリートってそういうことか!」

「うふふ、何のことかしらぁ」

「ルークのチケットならお前関係なかったじゃねーか、奢るんじゃなかった!」

「ナオたんのお金で飲むお酒ほど美味しいものはないわぁ」

「このクソエリカ!」

「まもなく開演でぇす、ナオたんはお静かにぃ」


 エリカの言葉に重なるように開演ベルが会場に響いた。俺は獅子舞みたいな顔をしてから大袈裟なため息をつき、それから背もたれによりかかる。プレミアムシートの座面はふかふかで柔らかくて最高だ。場内アナウンスと共に照明が落ち、暗くなるにつれて会場内のざわめきも凪いでいく。非常灯や通路のフットライトすら消えて完全な闇になったかと思うと、会場全体が大きく揺さぶられた。


 オオン……


 おどろおどろしい音楽と共に上花道いっぱいにコバルトブルーの液体が盛り上がり、やがて溢れて観客席に滝のように降り注ぐ──俺のところまで液体は流れ着いて、首から下までが青い液体に浸かる。指先や首筋ににひんやりとした感触があるが本当に濡れてはいない、五感再現連動の多角ホログラムだ。細かい技術が必要なので大掛かりな劇場やテーマパークでないと滅多にお目にかかれない──いや、いちいち演出を開設するのは野暮だ。俺はゆらめく青の中で手を動かし、冷たさが移動していくのを楽しんだ。子供だろうか、女の子だろうか、怖いよお、アザーズやだ、という小さな声がいくつか聞こえてくる。


 とととんっ……


 和太鼓の音と共に、中央ステージにぼんやりと明かりが灯った。ステージにはいつの間にかスモークが焚かれていて、多方面からの照射でステージ中央が淡く光っているように見える。その中央、光が集まって繭のように見える塊から、サッと腕が一本飛び出した。笛のメロディと共に、もう一本の腕が、足が、全身が出てくる。一瞬ルークかと思ったがルークではない、顔が見えないほど発光している、華奢な女性だった。


 光る女の手が、ゆっくりと宙に弧を描く──その手にいつの間にか、白い扇が握られていた。女が扇をかざすと、押し寄せる青い波が慄くように退いていく。扇の軌跡が星屑のようにきらきらと煌めく。……これは誰が見ても分かる、カグヤだ。初代魔法少女カグヤと、天月之煌扇。


「防衛軍の発表見て、急いで扇に変えたんですって」

「……おう」


 エリカが急に耳許で囁いてきた。呼気が耳に触れて俺はギョッとしたが、何事も無いかのように頷き返す。


 女は優雅にくるくると舞いながら扇を翻し、青い波を祓っていく。その姿は宙に浮かび、俺たちのすぐ上を滑るように通り過ぎる。荘重な音楽と笛のメロディが徐々に盛り上がった頃、女はステージ中央に戻ってきた。白く光る扇を天に捧げるように掲げ、その姿が眩しいほどに輝く──不意に、女の姿が煙と共にかき消えた。残された扇が支えを失い、ひらり、ひらりと落ちていく。あと少しで壇上に落ちるその時、にゅっと一本の腕が出てきて扇を掴んだ。


 会場がどよめく。

 何もない空間から、ドアを開けるような仕草をしながら一人の男が現れる。


 わああっ……!!!


 あり得ない場所からの登場に会場が一気に沸いた。現れた男──当代きってのネオマジックマジシャン、ルーク流星が微笑みながら四方に手を振り、手にした扇を扇を翻す。ルークが何もないところから、それこそ異次元転移の魔法のように現れたっぽく見えるんだ、目の前で見せられれば誰だって驚く。オープニングにふさわしい華やかなトリックじゃねえか。あれはオールドなら鏡を使うとこだが、ネオなら……いや、やめておこう、ショー中にタネを考えると楽しむ目線が死んじまう。


 たぶんウィッグの銀髪にカラコンの青い瞳、中性的で端正な顔。ルークの細身で上背がある佇まいに、薄紫色の燕尾服がよく似合う。そうだ、こいつは何でかいつも薄紫色を着るんだ。俺の記憶とあまり変わらないルークがプレミアムシートに視線を向ける。腕組みしてステージを見上げている俺と目が合って、少しだけ青い目を見開いた。俺だって気づいたな、あいつ。そのまま視線が右に移る。エリカ、アリサ、最後にサクラを見て──ぱぁっと、その顔が輝く。


 ──サクラちゃん!


 大歓声の中、声は聞こえないが、ルークの唇は確かにそう動いた。





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