第7話 三つの作戦 ⑥ ミッションコンプリート・1

 最新設備がてんこもりと評判のセカイ座は、有楽町と東京の中間あたりにある。イマドキのガラス張りの大きな劇場で、倒壊前の横須賀基地に雰囲気が似ているかもしれない。入口は入場や待ち合わせをする人たちで賑わっていた。


 NEO Paradox:Lunar Symphony - The Tale of Two Moons -


「はぁー、豪勢だなあ」


 俺は入口脇に掲示された、高さ三メートルほどの大きな看板をしげしげと眺めた。月をテーマにしているらしく、紫色の幻想的な色調の中、ルーク流星が神秘的な微笑みを湛えている。


「この人がナオの大学の友達?」

「おう、イケメンだろ」

「うん」


 サクラはしげしげと看板を見上げている。道すがら話を聞いてみれば、手品をちゃんとしたステージで観るのは初めてらしい。……俺のステージを最初に見せてやりゃ良かったと思わなくもないが、後の祭りだ。


「ここ何年か、全然連絡とってなかったんだよ。なんでいきなりサクラのプロデュースとか言うかなあ」

「うん」


 俺のぼやきにサクラは頷いたが、目線はルークのポスターを眺めたままだ。ルークは昔からイケメンで細身で背も高くて、立ってるだけで女にモテるような奴だった。俺がよくやる昔ながらの手品はオールドマジックやクラシカルなんて言われているが、ルークが得意なのはイマドキど真ん中のネオマジックという、ドローンに3Dホログラム、AIアシスタント、その他最新技術がなんでもござれの新時代手品だ。俺はエリカから送られてきた電子チケットのバーコードを入場機にかざす。サクラも同じようにスマホをかざし、開いたゲートを二人して通過した。パンフレットを受け取ると、二人して辺りを見回す。エントランスホールは大きな吹き抜けで、正面階段を上がった横がスタンディングのカフェバーになっている。そのあたりにエリカとアリサがいるはずだ……ほら、バーカウンターの脇あたりに立っている二人を見つけた。


「……アリサちゃん」


 サクラがぽつりと呟く。俺がその顔を見上げてもいつもと大して変わらないように見えるが、それでもこいつがこんな風に誰かのことを気にするなんてよっぽどだ。間に入ってフォローしてやった方がいいかな。そんなことを考えているうちに、エリカとアリサが連れ立って俺達の方に歩いてきた。


「お疲れ様、ナオ」

「おう、お疲れ」


 エリカの挨拶に応じつつ、俺は隣のアリサを見る。私服のレトロワンピに戻ったアリサは、仏頂面で俯いて、エリカの少し後ろに隠れるように立っていた。……よくよく見ると化粧では誤魔化し切れないほど目が腫れている。こいつ、エリカのとこで泣いてたのか。


「ほら、アリサ。自分で言うんでしょ?」

「……うん」


 うつむいたまま前に歩いて来るアリサは、幼稚園児くらいの小さい子みたいだ。スマホをエリカに預け、あろうことかこの様子を配信するらしい。


「……サクラちゃん」


 アリサは切羽詰まった様子でサクラを見上げた。


「……はい」


 サクラは少しだけ身構える。


「あの……さっき、急にいなくなったりしてごめんね? びっくりしたよね?」

「え」

「アリサ、サクラちゃんが強すぎで、びっくりしちゃって……」


 真剣な眼差しで桜を見上げるのはアリサの素なのか、それとも計算され尽くした演技なのか。


「でもっ、ごめんねっ、無理なんて言って! アリサがテンパってただけで、サクラちゃんが嫌とか嫌いとかそういう意味じゃないの!」


 スマホを構えたエリカが、微笑みながらうんうんと頷いている。


「ごめんね、サクラちゃん、ホントにごめん!」


 アリサはサクラの手をがっしと掴むと、その手を額に押し当てるようにして頭を下げた。手を取られたサクラは、アリサを見て、エリカを見て、俺を見て──何か言いたそうに口をへの字に曲げたあと、ゆっくりと一呼吸する。……なんとなく言いたいことは分かった。


「……だから言ったろ?」

「……うん」


 サクラは口がへの字のまま頷くと、アリサの肩に触れて顔を上げさせた。


「アリサちゃん」

 

 サクラと視線が合ったアリサは、不安を隠しきれていなかったが一気に頭に血が上ったようだ……サクラのこういうイケメンムーブはどこから仕入れてるんだ? 天然なのか?


「サクラも、ごめんなさい。アリサちゃんはみんなの安全を考えてたのに、一人で勝手なことして」

「……うっ、ううん! 全然いいの!」

「無理って言われても仕方ないかな、って思ってた」

「全然だよ! サクラちゃんすごく強くて……かっ、カッコよかったし!」

「そう?」

「そうだよ、すごくカッコよかった!」


 アリサの緊張した面持ちがふわりとほどける。若い奴のこういう表情は、自分が同じ年だった頃に置いてきたものを引きずり出されるようでオッサンには直視できないぜ。俺は気まずさを誤魔化そうとスマホを取り出して動画アプリを開いた。トップページの魔法少女グループタブに「アリサ・ピュアハート・ユニバース」のライブ配信がある。タップするとコメントの嵐だ、[アリサちゃん仲直りできて良かったね][ツンはほどほどに][サクラちゃんは身も心もイケメンだから多分気にしてないよ][これってセカイ座のロビーだよね? ルーク流星の公演見に行くのかな][仲直りに観劇デート待ったなし][雨降って地固まる]……そうか、あの「無理ぃ……」まで配信されてるから、仲直りまで出さないとおさまりが悪いってことか。俺は傍らのエリカの方を見ると、エリカは俺の手許を見ていたのだろう、ニヤニヤ笑いながらウィンクなんぞしてきやがった。くそっ、そういう事を彼氏以外の男にするんじゃねえってんだ。


「みんな、心配かけちゃってごめんね! サクラちゃんはやっぱり素敵な人でした! こんな子と同じ魔法少女だなんて夢みたい! サクラちゃん、アリサと一緒に地球のみんなを守ろうねっ☆」

「はい、頑張ります」

「それじゃあアリサはサクラちゃんとデートしてくるね! Stay Kawaii、バイバーイ☆」


 最後はエリカが二人に寄って、ハト豆鉄砲顔のサクラも一緒にフレームインし、ひらひらと手を振って配信終了となったようだ。あの語尾がぴゃっとする感じ、よくニュアンスを表現できるよなと変なところで感心する。配信が終わった途端にアリサはサクラの腕に絡みつき、マシンガンのように話し始めた。対ムカデアザーズのサクラがどれだけイケメンだったか。サクラの剣技がどれほど卓越しているか。アリサとサクラなら最強の魔法少女コラボになれる、これからもたくさんコラボしたい。サクラは圧倒されつつも相槌を打っていて、どちらが年上なのか分かりやしない。そのまま二人でカフェラテを注文して、アリサがぐいぐい引っ張って行くままスタンドテーブルを陣取り、それでもまだ喋り続けている。


「何とかなったみたいで良かったな、お互い」

「そうねえ」


 エリカもバーカウンターのレジに並んだので、俺もその後ろにつきつつ声をかけた。エリカは微笑みながら綺麗に巻いた髪をかき上げる。


「同業って難しいわよね。あの子達みたいに、自分の功績にランキングつけられてるなら猶更だわ」

「……まあなあ」

「ルークくん、ナオが来るの喜んでたわよ」

「……そうか」


 俺は肩をすくめながら、そこかしこに貼ってあるルーク流星のポスターを眺めやった。俺とルークはサークルでは一番仲が良かったと思う。でも、ルークはネオマジックで学生のうちにデビューしたが、俺はクラシカルやオールドマジックにこだわって、今日までパッとしない手品師人生だ。エリカとの破局のようにルークとの間に何かあったわけではないが、賞賛と嫉妬と焦りがないまぜになるうちに、直接連絡することもなくなっていった。


「……お前何飲むの?」


 エリカの視線に気づいていることを誤魔化したくて、俺は話題を変える。


「今日はこれで上がりだし、一杯だけ飲もうかと思ってる」


 エリカはすぐにそれに乗ってきた。


「お、じゃあそれ俺に出させてくれ、チケット貰っちまった分だ」

「あら、かき氷も自腹だったみたいなのに大丈夫なの?」

「うるせー真美堂の役付き様がフリーランスの懐を心配すんじゃねえ」

「ふふ、じゃあ、お言葉に甘えて」


 エリカはスパークリングワインを、俺はハイボールを頼み、それぞれのグラスを受け取った。アリサとサクラはまだべらべらと話し込んでいたが、アリサは俺たちの視線に気が付くとこちらをぎろりと睨んできた。俺は肩をすくめ、エリカは指先をひらひらさせながらその場を退散し、少し離れたテーブルを陣取る。


「はーい、では、ミッションコンプリートに乾杯」

「ハァ?」


 俺は間抜けな声を出したが、エリカはニコニコしているだけで何も言わない。


「かんぱーい」


 キンと鳴ったグラスの音は、十年前よりも少しだけ大人びているような気がした。






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