習得した宇宙語が万能だった件

@tatibana_168

 

1


 放課後の教室で前の席にいたクラスメイトが真剣な面持ちで俺に言った。


「なあ、隣のクラスの女子にファックユーって言われたんだけど、これどういう意味?」


 俺は心底あきれた。いまどきの高校生でそこまで直接的な罵倒を理解できないやつがいることに。


「お前それめっちゃ嫌われてるよ」


 どういう意味だよ! といきり立った彼に、俺は端的に伝えた。


『pi dpi vivpi ktv』


 周囲で聞き耳を立てていたクラスメイトたちが騒然となる。そんな中、顔を真っ青にして前の席の彼は言った。


「いやめっちゃ嫌われてるじゃん俺! つか、お前すごいな! なんであっちの言ってることわかるんだ?」


 俺は苦笑いを浮かべた。どうやらもう彼の受けた罵倒の詳細はどうでもいいらしい。そんな自分たちの話題を盗み聞きしたクラスメイトたちが集まり始める。集まった彼らは思い思いに熱く、語り始めた。そこでは様々な言語が飛びまわっていた。フランス語、イギリス語、中国語、多種多様な人種がいる。しかし彼らは自分の故郷の言語を使わないで、なるべく共通の言語でどうにか相手に思いを伝えようとする。人種の壁を越えるために、まずは対話から。そのための努力を彼らは惜しまなかった。クラスメイトたちは、そうやって違った文化を分かち合っていた。

 その中で唯一、俺は誰の言葉も聞き逃すこともなく会話を続けられていた。


「あ。お腹すいたってなんだっけ」

『piko p-k lipikbpi keopi ktk』

「そうだよ! それそれ!」

「流石だな~~!」


 俺はクラスメイトたちの中で一目置かれていた。なんていったって、本当のことをわかっているのは、俺だけなのだ。国ごとの文化に対してきちんとした教養をもって返答ができるのだ。誰かと誰かが困っていたら、きっとそれは殆ど言っていいぐらい文化の違いだ。俺はそんなやるせない問題に対してすぐさま解決策を提示できた。とくに学生同士なら摩擦は事欠かない。

 なあ、あれってなんて言ってるんだ?


『api ktipi v api』


 彼らはすごいすごいと俺をもてはやす。いつそこまで多種多様の言語を勉強したのかと、口をそろえて質問をする。実は父親が軍で通訳専門で勤めており、親に憧れているのだと。なるほど、今の時代にはお前みたいなやつが必要だと心から賞賛してくれる。俺は、そっと胸ポケットからスマートフォンを取り出した。最近、言語の勉強のためにスマートフォンの設定言語を変更したのだ。電源を入れるといくつかの通知が届いた。その内容は友人たちとプレイしているソーシャルゲームの、新しいイベントへの告知だった。『kuepi v keoi』要約すると、あたらしいイベントが始まるからプレイしてくれと書いている。そう、つまりは俺は地球の言葉を喋ってはいない。宇宙語を喋っているのだ。



 宇宙語とは、その名前の通り地球の言葉ではない言語だ。つまり人の文明が生み出したものではない。俺が通う学校には様々な人種の人たちがいて日々、あらゆる衝突が起こっている。若い学生ならではの冷たい会話、その裏に隠された熱い想いが、教師や大人の目の届かない環境下で縦横無尽に飛び交っている。その中で言葉の壁は、とても大きな問題だった。


 その無視できない問題を、俺はどうにかしたいと思っていた。可能性の高い方法は、まずは認知度の高い言語を学ぶことだろうと考えた。軍で通訳として務めていた親の書斎を訪れた際に、他言語を学ぶ教材本を手に取って熟読した。内容をまとめると、他言語を身体にしみこませるためには、学びたい言語を普段から目に入る状況を作るべきだと書かれていた。なので早速、スマートフォンの言語設定を変えた。しかしどこかで設定を誤ったのか、なぜか全部の言語が意味不明な文面となって液晶画面に表示されてしまった。いまさら設定を変えようにも、その言語が分からない。俺は困った。明日までには、話題のために進めておかなければならないソーシャルゲームのイベントがあった。試しにアプリを開いてみると、やはりゲーム内の言語は意味不明な言葉にすり替わってしまっていた。一応、やりなれてはいるゲーム。どうにか謎言語を声に出しながら雰囲気でイベントを進めていくと、確かにクリアすることは可能だった。徹夜でアプリゲームを進めていくと、普段と変わらないほどのスムーズさでゲームをプレイしており、そして俺は一夜でこの謎の言語を習得していたことに気がついた。



 俺は、この謎の言語を宇宙語と名付けた。いかにもな雰囲気で発声される音は、決して地球人が出せる言葉じゃない。しかしどんな言語圏の人とも、しっかりつながりを持てる。今日も俺は学校中の問題を駆け回って解決させて見せた。宇宙語は、簡単に国籍の垣根を越えてみせる。皆天才だともてはやしてくれるが、本当のことを言えるはずがない。正しくは言えないのではなく、認識してはくれない。だって宇宙語は地球人にとって地球言語に聞こえてしまう。どうこの意味を伝えればいいのか、わからなかった。誰とでも喋れる俺が、誰にも真実を喋れないなんて馬鹿げた話だと自分でも思う。


 今日も俺は一人で、放課後帰路についていた。夕闇に染まる空のさきに二羽のカラスが消えていく。見慣れたビルとビルの間を通り過ぎて、人の存在が薄い帰宅道からアレが見え始めてくる。丸くて大きな建物がずとんと、墜落しているかのように地面に半分ほど埋まっていた。そう、あれは宇宙船だ。真っ黒なつるつるとした大規模な球体から伸びる光が夕闇に染まる空に文字を浮かび上がらせる。


『こんにちわ ちきゅうじん』


 そこには宇宙語でそう、書かれていた。



 五十年前。宇宙人がやってきた。

 地球にめがけて真っ黒でつるつるとした大きな球体が墜落。そこから一億人の宇宙人が現れた。地球人ははじめて、宇宙との本来の意味での邂逅をはたした。そしてやってきた彼らはなんと、地球人に対してかなり友好的だったという。しかしそれでもやっぱりというか、地球人と宇宙人との戦争は始まった。


「言葉が通じないやつらに我らの要求を伝える」


 武力による宇宙人への返答。なんせそもそも地球規模でもわかりあえないのに、そのまた規格外からやってきた奴らとわかり合えるはずがない。国と国が手をつなぎ合う俊敏さは、今までの歴史を遡っても舌を巻くほどの素早さだった。


「いまこそ世界がひとつとなって地球を護るのだ」


 各国の偉い人たちが手を取り合って、地球側の持ち得る最大武力をこの戦争に投じた。当初、宇宙人は戦争に消極的だった。しかしいつの間にやら宇宙人側が圧倒し、あっという間に形勢は逆転した。それでも友好的な宇宙人は、話の通じない地球を征服するなどしなかった。


「我々は宇宙人と共存する」


 数多なる国と国が戦争でたいそう疲弊した。いくつかの国境がなくなり、文化の境目がじわりじわりと消滅した時、すべての偉い人が宇宙からの存在を受け入れることに同意した。それしか選択がなかったとも言えなくもない。いまはもう誰も宇宙人のことを悪くは言わない。すくなくとも俺の周囲では、彼らのことを責めたりはしなかった。



 俺は五十年前に墜落してそのままである宇宙船が、ほどよく見える公園のベンチに座っていた。公園には、新品同様の器具が立ち並んでいる。いまはもう死んだ父親と、一緒に遊んだ幼かった日々を思い出す。丁度、ひとつの家族が園内で遊んでいた。父親は地球人で、母親は宇宙人だ。嬉しそうに滑り台で遊ぶ子供は宇宙人。こういった家庭はすでに常識となっている。彼らが現れた日から五十年も経てばもはや日常だ。詳しくは知らないのだが、片方の親が宇宙人なら、生まれてくる子供は必ず宇宙人になるという。たまに偉い人やいまだ宇宙人を恨む人たちはこれを、『緩やかな侵略だ』と言っていた。けれど戦争で疲弊した国々は、はびこる違和感を大々的に排除することなどできなかった。


「今日のご飯カレーかな?」

「kpik v kvb」

「ぴぴ ヴブ」


 彼らは仲睦まじく帰路についた。いまだに言語の壁は五十年経っても越えられていない。地球人側も、宇宙人側も悪くないのだろう。決定的な何かが食い違っているだけで、いまはもう誰もが日常という言葉を信じて、取り戻している最中なのだから。



『vvlo fcpg sarovu』

「だよな。猫ってかわいいよな」


 おもわず耳を塞ぎたくなるような会話だった。俺は意識して宇宙人側の言葉を聞き取れないよう努める。俺が通う学校にも若い宇宙人はいて、クラスメイトたちと交友を育んでいた。今も校内に迷い込んだ野良猫について会話しているようだ。あらためていうが、宇宙人側に地球の言語を学ぶ意思は一切なかった。一応はコミュニケーションをとれている、ように錯覚しているだけ。あきらかに彼らと意思疎通はできていないのだ。それが文明のせいなのかはわからない。


『ねこ たべてはいけない。おまえらはたべないからな』


 常に地球人と宇宙人は致命的なすれ違いを起こしていた。その真実を俺だけが知っていた。だれもこの歪さを理解できないのだ。だから俺は彼らの会話にそれとなく仲裁をおこなう。


 猫を校外に出さなければいけないと宇宙語で猫に話しかけた。この言語は猫にも通じる万能語なのだ。なにせ地球側が数千年と築き上げた文化を言葉一つで解決してみせるのだから、猫の文化程度、問題ない。そんな一連の展開を、遠くからクラスメイト達が戦々恐々と眺めている。猫一匹に至っても、国際色豊かな我が校では一大事だ。


 それに、宇宙人側と地球人側で問題が起こらないわけでもない。思春期まっただ中の俺たちでも争いが起こるのに、言葉も文明も遺伝子も違う彼らといざこざが起こらないわけがない。しかし宇宙人側は決して怒らなかった。致命的な結果を避けて、必ず彼らは折れるのだ。


 そういった行動を偽装だと言う人もいる。テレビで宇宙人専門家と名乗る脂ぎったオジさんが奇声をあげて主張するのを、お昼のニュース番組でよく見た。五十年経っても宇宙人に恨みを持った人たちは居て、彼らの動向をちくいち指摘して盛り立てている。彼らは「宇宙人は一個の生命体である。全部つながり、わたしたち地球人を監視している」と暴論をあげて嘲笑されていた。数年前からアイドル宇宙人として有名な宇宙人がオジさんの主張に一枚のパネルで『おなかすいてるんですか?』と地球言語で煽り、笑いを誘う。スタジオ内は笑いの渦に染まり、おじさんは真っ赤に顔を染めるというのがお約束だった。後に『きみはじゃまだなあ』などの宇宙人の言葉はスタジオ内の誰もが聞こえてはいなかった。


 校内に迷い込んだ野良猫が無事に校外へ逃げていく。開け放たれた校舎の窓からいっせいに大きな拍手が響いた。動物一匹が地球では価値観が異なることを俺は知っていて、率先して自分は動くことができる。自分が尊敬すべき父親の姿が頭の中で思い浮かぶ。父親の面影を、あの魔法使いのように国の壁を取り払う背中を感じ取りたかった。


『なにをこんなにもよろこんでる? 殺人犯の犯人見つかった?』


 宇宙人は俺へと話しかけてきた。歪な答えに、無理矢理笑顔を浮かべて無視する行動を選ぶ。なぜ、おまえらと同じ言語で地球人の平穏を望み、彼らの思いを聞かなかったことにしているのだろう。宇宙語は万能なのに、なぜこんなにもお前ら宇宙人と地球人と大きな溝があるのだろう。


 本当のことをわかっているのは、俺だけなのだ。

 俺は、すでに自分の心に限界が来ていることを悟った。


 次の日。今回の俺の活動がクラスメイトに動画で撮られていたらしく、snsにあげられたものが地球上に拡散されたという。多くの言語を習得し、文化の違いから発生する問題を解決する。その前情報を踏まえてあの日、最後に宇宙人と会話する姿が『宇宙語の分かる学生』としてバズってしまったのだ。そしてテレビ側が俺に宇宙人との対話するシーンを取りたいのだと要望してきた。



 死んだ父親の口癖を、俺は今でも覚えている。


「人は不思議でね、相手の国の言葉で話しかけると心で聴いてくれるんだ。思考する脳ではなく、響く言葉として心に届けられるんだ」


 この口癖が大好きだった俺は、軍で翻訳課として働く父親を心から尊敬していた。普段は無口で厳格だったけれど、息子が親の仕事に関して質問すれば嬉しそうに口調を砕いて返答してくれた。その毅然としながらもなんでも教えてくれる父親がとても大好きだった。だから俺が親の書斎で地球側の共通語を学ぼうと思ったのも仕方ないことだろう。国と国との境目を一瞬で無くしてしまう魔法みたいな万能さを、自分だってやってみたいと願うのも致し方ないことだろう。


 たとえそれが宇宙語だったとしてもだ。

 たとえ尊敬する父親が宇宙人に殺されていたとしてもだ。


 実はいまだに宇宙人と地球人との争いは起こっていた。それはニュースにもならないほどの小規模な物。もしかすると国際的にえらい人たちが起こした戦争だから、平穏を望む世間が騒ぎ立てたくないだけなのかもしれなかった。本当の事実は分からないけれど、ただひとつだけのことはわかっている。俺の父親は、世間が隠したい小規模な戦争に巻き込まれて死んでしまったということだ。


「ころしてやる」


 父親の最後の台詞を思い出す。地球と宇宙の小競り合いに巻き込まれ、彼は軍の総合病院で寝たきりとなっていた。日々、死に体となっていく身体に反して父親の感情と言葉は猛るように苛烈になっていくことを、いまでも俺は覚えている。


「ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな」


 父親が入院する病院は彼の要望に添って自宅近くの、墜落した宇宙船がよく見える個室となっていた。父親は衰弱していきすでにベッドから起き上がれない。寝たきりのまま鈍く眼孔を光らせて、まっくろな宇宙船をにらめつけていた。


「くそくらえだ。あいつらに……してやって、本音をぶちまけてやりたかった……」


 次第に声もだせないほど、弱りきってしまった。そして殺意にみちた瞳だけが死に体となった彼に残された。段々と正気の沙汰を失っていた彼に、俺はなんと言っていいのかわからなかった。その瞳が怖い、とも思えたし、ただひたすらに高ぶる感情に見惚れていたのかもしれなかった。なにせ彼の身体の腹から下が消滅していたのだ。地球人側の科学力を大幅に超えた武力により、むしろなぜ生き延びてしまったのか分からない状態だった。なにかを伝えようとしても、首から上の肉体的行動でしか伝えられない。そんな父親は日々ひたすらに爛々と光った瞳をとがらせて、もう声も出せなくなった身体と、募った心に蔓延る恨みに、もはや俺の姿も見えていなかった。


「ころしてやる。よくもお、おれの、おれの大事な……」


 死ぬ間際、彼はその言葉をしぼりだして、憎々しく表情を歪めて死んだ。誰とでも会話できる魔法使いのようだった父親の最後は、会話が通じない宇宙人に対する怨嗟に染まっていた。



 通話を切るためにオフボタンを押す。それはテレビ局側からの連絡だった。どうやらバズった動画から算出した結果、テレビ的演出として俺とアイドル宇宙人とのミラクル会話的な絵を取りたい、といった内容のものだった。いわゆる街角の面白い人、的な報道なのだと俺は半ば理解した。ひとまずこのお話は置いておいてください、明日には答えますと俺は相手に伝えた。


 俺はあの公園へと訪れていた。視界の先には以前見た宇宙人と地球人の家族がいる。そこでは、宇宙人と地球人と子供のふれあいが広がっていた。そして俺のスマートフォンからは、宇宙人専門家が怒濤の勢いで暴論をまくし立てている様子が映し出されている。先日起こったニュースについてもの申しているようだ。ニュースの内容は宇宙人が戦争孤児専門の幼稚園を全焼させた事件についてだった。全員、死亡。子供も大人も消火活動のために来た消防士も隣近所も全部、死んだ。宇宙人側は非を認めて事なきを得ている。彼の発言は『うるさかった』だけ。けれど世間は彼を裁けず、反省している姿を見て判決を下した。


 本当のことをわかっているのは、俺だけなのだ。


 目の前で宇宙人の母親がにこやかに両手を差し出した。地球人の父親が思案顔の後、その手を握る。のちに子供は両方の手を取って両親の間でぶら下がった。彼らが公園から去って行く姿を、俺は静かに見届ける。制服のポケットから、じゃらりと取り出したドッグタグ。俺は自分の首へとかけた。夕日に染まる地球に突き刺さった異物を見つめながら、再度、テレビ局へと電話をかける。俺が今すべき答えが、はっきりと見えたと思った。



 学校には多くの野次馬が訪れていた。snsだったり、どこからか聞きつけた野次馬が宇宙人地球人問わず多くの人垣となって校門まえに連なっていた。この生放送は、やはり興味をひかれる話題だったのだろう。その様子を校庭の片隅で、俺は一人一人顔を確認していく。やがて地球人のスタッフが近づいてきて、一束のコピー用紙を俺に渡してきた。印刷された文字には台本のようなものが書かれていた。


「戸惑ったらこの紙に書かれてる言葉を読んでください」


 端から俺の能力を疑っているようだった。五十年もの間、はっきりとした意思疎通がなされてこなかった宇宙人だ。あらかじめそういった処置があってもおかしな話じゃない。俺は笑みを浮かべて受け取った。校門近くに停められていた大きなバスから、顔の綺麗な宇宙人が現れた。報道番組でよく見るアイドル宇宙人だ。はじめから彼との対談が取りたいのだとテレビ側から伝えられていたので、とくに俺は驚きはなかった。しかし彼らは年齢が顔に出にくい。いつまでたっても若いままで、すでに二十年もアイドル活動してる彼は幅広いファン層を獲得していた。この校門前にあつまった人々にも多さにも納得がいく。宇宙人アイドルが俺の前に来ると、声をかけてきた。


『きみ喋れるんだって? だったらたのしいね』


 なんの色合いも屈託もない笑顔で、彼はそう言葉を紡いだ。何もきこえていないといわんばかりに差し出された手を握った。


 さて、そろそろ撮影開始だろうか。今回はテレビ側きっての生放送。俺の知名度をどこまで把握していたのかわからないが、明らかに嘲笑の的にしようとする構成なのはわかっていた。


「さて『街角あのひとホントのこと!?』ですが、今日はsnsで話題の宇宙人と会話できる少年がいるという――――」


 テレビ放送がはじまり、カメラとリポーターが俺とアイドル宇宙人が並んで立つグランドまで申し合わせたかのように現れた。なんと、宇宙人の言葉が分かる少年がいるようです。おやあそこにはアイドル宇宙人さんが、これは取材しなければいけません云々。


 俺はそっとポケットに忍ばせていたドッグタグを右手に巻き付けた。カメラとリポーターの前であらためて握手を交わす。俺はあえて「こんにちは。宇宙人さん」と地球人語で話しかけた。彼はやはり意味がわからないようで、俺も驚くほどの流暢さで、「腹減ってんのか?」と返してきた。かみ合わない会話にレポーターや現場スタッフ、校門前に集ったファンや事の次第を遠くから見ていた学校中の生徒達の笑いがあふれかえる。俺も笑って、彼も笑って、そして俺はポケットに忍ばせていたドッグタグを面前に取り出した。


 きらきらと夕日に輝く金属製の板とひもに、隣に立ったカメラがすりよっていく。何か言われる前にかまわず口を開こうとすると、


『地球人を殺したときに奪うタグ! すごいきれい、きみはその持ち主を殺したの?』


 と返された。俺は笑ってポケットから出した手をぐっと中指だけゆっくり立て宇宙人に向けた。


 その場が騒然となった。この指の意味を知っているのは地球人側だけだ。リポーターの地球人もカメラを抱える地球人も戸惑ったように視線を迷わせる。この報道は生放送だから、リアルタイムで地球上に出回っていることは事実で、俺はぎゅっと父親のドッグタグを握り込みながら、起立する指をわかりやすいほどにアイドル宇宙人の目の前へと差し出した。


『これは?』

『どういう意味だとおもう?』


 アイドル宇宙人が不思議そうに首をかしげたが、唐突な俺の宇宙語に顔色をさっと変えた。そして、校門前に集まっていた野次馬に紛れた何人かの宇宙人が、俺の声が聞こえていないにもかかわらず一斉に俺の顔を見た。まるで事前に話を通していたのかと疑ってしまうほど。それは、驚愕している。というよりも謎の存在に対して警戒しているのだと、俺にはじっくり理解できた。なにせ宇宙語は万能だ。彼らとの遺伝子の差だって超えてみせる。彼らはこのような万能な言語を持ちながら、どうして我々地球人と断絶しているのだろう。


 しかしながら、なぜ未だに生放送は続いたままなのか。この行為がなぜ、とめられていないのか。地球人側は、俺と宇宙人の会話の内容はわからないだろう。けれど、この中指に絡み付いたドッグタグの意味は理解できるはずだ。それでも俺はいまだ誰にも止められず、宇宙人相手に中指を立てて意思を表明できていた。ふと遠くの方で誰かと誰かが争っているこえがきこえた。視線の先には、地球人と地球人が取っ組み合いの争いをしていた。五、六人に対して苛烈に暴れるその一人は、どうやら俺にあらかじめ台本を渡してくれた人だろうか。俺はその光景を視界の端に納めながら、ぐっと腹の下に力を込めた。


『このドッグタグはね、お前ら宇宙人にころされた俺の親だ』


 宇宙語は、確実に相手に想いを伝えてくれる。急速に冷え切っていく場の空気は、ひとえに五十年物あいだ無害を表現し続けた宇宙人側からの意思表示だろう。現場にいる宇宙人達は皆、俺に視線を向けていた。まるですべて宇宙人が一個体の生命体と思わせるような光景に俺は感動を覚える。いまこの瞬間こそが、自分が望んだ魔法使いなのだと思った。アイドル宇宙人が『敵か?』と俺に問うてきた。俺は満面の笑みを浮かべて『ファックユー』と答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

習得した宇宙語が万能だった件 @tatibana_168

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画