第33話 陰キャ先輩と夜の通話
白井先輩とファミレスに行った日の夜9時過ぎ。
自室で先日購入したラノベの新刊を読んでいたところで、先輩から通話がかかってきた。
当然出ない理由もない為、この前先輩から余ってるからと貰った栞を本に挟んで通話に応じる。
「もしもし、け、圭一郎くん。こ、こんばんは」
「ええ、こんばんは先輩」
「お、遅い時間だけど……だ、大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ。ラノベ読んでただけなんで。それで、どうかしました?」
「ど、どうかしたわけじゃないけど……た、ただなんとなく」
「なるほど」
「あ、で、でもちょっと聞きたい事も、ある」
「じゃあなんとなくじゃないですね。どうしました?」
俺が聞き返すと、先輩が一拍空けてから言う。
「きょ、今日帰ってから……だ、大丈夫だったか?」
「大丈夫って言うと……晩飯食えたかどうか的な話ですかね。それは余裕ですけど先輩は?」
「し、死ぬかと思った……」
なら多分残してないな。偉い。
「えっと、でも大丈夫ってのはそういう事じゃ……なくて。あ、赤羽先輩から酷い目に有ってなかったかなって」
ああ、どっちにしろなんとなく電話かけたって感じの内容だ。まあ良いんだけど。
友達や仲の良い人と話すのに理由とか基本いらないわけだしな。
そんな訳でご回答。
「ヘッドロックですね」
「な、なるほど……ヘッドロック」
この驚くわけでも無い返し、完全に受け慣れてるな。
何やって受け慣れてるんだろうとは思ったけど、今日の発案が先輩だった事を考えると攻める時は攻める。
文芸部のそこまでやばくない奴という、やべー奴を完全否定していない異名もやや納得できるかもしれない。
「あ、赤羽先輩の腕が鈍ってなければ、だ、大丈夫だ」
「ええ。鈍ってないんで大丈夫ですよ。ピンピンしてます」
その技術はちょっと鈍って欲しい気もするけど。今後どこで使うんだギリギリライン超えないプロレステクニック。
……いや、でも今日のが殆ど痛くなかったのは技術云々って感じじゃなかったな。
なんかあまり元気が無かったし。
それに本人曰く、俺に何か言わないといけない事が有った気がするけど、覚えていない、だそうだ。
疲れているのかもしれない。
店もそれなりに忙しそうだったし、帰り道にこれ茶化すのは違うなって白井先輩と話していた位にはちゃんと頑張ってたし。
そしてそんな風に頑張っていた姉貴を見ていると、働くという概念がバイトをしていない自分の頭にも入ってくる。
「ところで先輩はバイトとかしないんですか? 本買うのも結構お金かかるじゃないですか。バイトしたらその辺融通効くようになると思いますよ」
「う、ウチにできると……お、思うか?」
うん、できる気がしねえ。
……この人将来どうやって生きていくつもりなんだろう。
そんな風に心配になっていると先輩は続ける。
「い、今より小説……伸ばして。広告収入をゲット……こ、これです、好きな事やる」
まあ学生の内はそれでなんとかなるか。実際現時点でなってる訳だし。
……学生の内は。
「ちなみに先輩は将来どういったところで働きたいとかっていう目標あったりするんですか?」
「か、考えたくない……に、ニートとかは論外だけど」
……最悪なパターンだけは論外って言ってくれた事に超安心だよほんと。
働きたくないからニートになるとか言い出したら明日部室で説教だから。
あれ? 俺が後輩なんだよな?
「そ、そうだ印税収入……しょ、書籍化して、プロデビューして……印税収入。こ、これだ。す、好きな事でも……あるし」
いやいやいや、それは働く事を考えたくないという流れで考えると、あまりよろしくない回答な気ががするぞ。
絶対無理じゃないのは分かるしこの人ならその内いけそうだけど、この流れだとどうしても現実逃避の末に絞り出したみたいな回答に聞こえてしまうんだが。
「ちなみに作家さんも編集さんとかとコミュニケーション取ると思いますけど大丈夫ですか?」
「あ…………じ、自信ない」
……うん、どういうルートを辿ってもこの人の未来が心配だ。
……いや、でも大丈夫か。
姉貴と上手くやってたように。
その時の片鱗をちゃんと見せてるように。
この人ならなんだかんだ頑張ってうまくやれる気がする。
それこそバイトだってできる気はしないけど、多分できるんだろうなって思う。
そう考えていると先輩が自分の回答について誤魔化すように、やや前のめりに聞いてくる。
「け、圭一郎君は? 圭一郎君は……将来、やりたい事……とか」
「やりたい事……ですか」
「う、ウチも答えたし……圭一郎君も」
ちゃんとした回答を貰えているかどうか微妙なラインではあるけど、答えて貰っているのも事実な訳だから俺も言わないとフェアじゃないな。
……フェアじゃないんだけど。
「……特に無いんですよね」
「な、ないんだ……」
そう、無い。
昔は漠然とプロ野球選手になりたいとか考えていたし、高校に進学した段階でも頭の片隅には残っていたと思うけれど、今の進学先を選択した時点でそれも惰性でずっと残っていたような考えの筈で。
そして今の選択を取った今、それは完全に消えた話で。
そして今色々書いたりしてはいるけど、先輩の言葉を流れとはいえ現実逃避と考えた時点で、それを将来の選択肢の一つとしてカウントはできなくて。
ただ漠然と大学に進学して、なんとなく就職するんじゃないかなとしか思えない。
「そ、そっか」
そう言った先輩は一拍空けてから言う。
「な、何か見つかると良いね……相談は受けるから」
「じゃあ真剣に悩みだしたら相談させてください」
「ま、任せろ……」
そう言って小さく笑う声音が聞こえてくる。
正直まともな答えが返ってくるかは微妙なところだけど、きっと本気で相談に乗るつもりなんだろうなと伝わってくる声だ。
……未来の選択の事は分からないけど、そういう先輩が出来たってだけでも今まで俺が取ってきた選択は間違いじゃなかったんだって。
改めてそう思った。
陰キャ先輩の催眠アプリで友達になる訳が無い 山外大河 @yamasototaiga
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。陰キャ先輩の催眠アプリで友達になる訳が無いの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます