最終話 正体

 何か息子と似たような情報が書かれていないか、本で調べてみることにした。が、どこにも載っていなかった。いや、よく見てみると、微かに切れ端が付いていた。


(破り捨てたんだ)


 私はそう直感した。ふと息子が魔法の本を読んでいた時の事を思い出した。あの時、あれ以外にもたくさん山積みのように本が置かれていた。


 もしも息子の秘密のことが書かれている内容を探していたとしたら――そうだとしたら一足遅かった。きっともう私が欲しがっていた情報は処分されてしまったのだろう。


(どうすればいいの?)


 私は深く溜め息をついた――その時だった。


「お母様?」


 背後から息子の声がした。私は金縛りがあったかのように動けなくなってしまった。


「ここで何をしているんですか?」


 また息子が私に話しかけてきた。ここは変に動揺してしまったら、たちまち怪しまれてしまう。なので、静かに後ろを振り返った。


 声はやっぱり息子だった。純粋そうな眼差しで私を見ていたが、瞳に光がなく真っ黒だった。その双眸そうぼうに思わず息が詰まりそうになったが、ここで屈してしまったらこれから先一生のこの瞳に監視される――そう判断した私は覚悟を決めた。


「あ、あなたは誰なの?」

「お忘れですか? 息子のアーサーですよ」

「いいえ。あなたは息子なんかじゃない。事故にあった日からずっと様子がおかしいわよ」

「おかしいのはあなたの方ですよ。なぜ僕を息子でないと思うんですか?」

「その喋り方よ! 以前のあなたはもっと可愛らしかった。子供特有の甘い声であれこれ質問してきた。でも、今のあなたは全部知っているかのように独り立ちしようとしている! あの日――事故が逢ってから人が変わったように」

「あぁ、お母様」


 すると、息子が哀れむような顔をした。


「きっと我が子の成長に付いてけなくて、子離れできてないんですね」

「はぁ?」

「ご安心ください。十五歳になるまではここを出るつもりはございません」

「いや、あの」

「だから、お母様……これからもよろしく……」

「やめて!」


 息子が私の手を握ろうとしたので、私はこれで反射的に彼の頬に平手打ちしてしまった。ハッとなって見てみると、息子はしばらく固まったかのように静止していた。


 息子は時が止まったかのように微動だにしなかったので、私の不安は増すばかりだった。


「……殴ったな」


 息子は私を睨んでいた。その瞳はさっきよりも黒くなっていた。


「殴りやがったな! 中三のヤンキー先輩みたいにこのやろう!」


 彼はよく分からない事を呟きながら私に飛びかかってきた。間一髪避けると、息子は本棚に激突した。すると、その衝撃で上から本が降り注いだ。あわや生き埋めになるかと思われたが、息子の周りに光のような膜が現れて、本を弾いていった。一冊も息子にあたる事はなかった。


「何をしたの?」

「結界ですよ。お母様」


 息子はニヤッと笑って答えた。その笑みは子供とは思えないほど不気味だった。


「け、結界?! そんな高度な魔法、あなたが修得できるわけ……」

「お母様、僕には女神の加護が付いているんですよ」

「女神の……加護?」

「そうです。あの事故の後、女神様が授けてくださったんですよ」


 息子はそう言って顎を触った。


「どうせこのまま突き通しても、あなたには効かないみたいですね。では、お望み通りお教えいたしましょう」


 息子の瞳の色が変わった。禍々しく黒光りしていた。


「僕の本当の名前はフクダアキオと申します。この姿になる前は、三十八歳の中年サラリーマンでブラック企業でサービス残業の日々を過ごしていました。

 すると、ある時、大きなトラックが現れて、僕をいたんです。僕の不遇な人生を哀れんだ女神様がとある貴族のご子息に転生する事になりました。

 そして、僕は息子のアーサーに入れ替わるように……」

「待って」


 情報量が多すぎるあまり、うまく整理ができなかった。彼は何を言っているのか、サッパリだった。


 ブラックキギョウ? ザンギョウ? トラック? どれも我が国にない言葉だ。


「つまり、あなたは……息子のフリに変装した敵国のスパイってこと?」

「いえ、違います。息子の身体に僕が乗っ取ったんです」

「の、乗っ取った?!」


 えっと、それはつまり……。


「じゃあ、今、あなたと私が喋っているのはアーサーではなくて……えっと、フクダアキオっていう人なの?」

「まぁ、そういうことです」

「じゃあ、アーサーは? アーサーはどこにいるの?」

「さぁ? 消されたかもしれませんね。僕がアーサーの身体を乗っ取った時に」

「そんな……」


 私は全身の力が抜けてしまった。彼の言うことが正しければ、アーサーはもうこの世にいないというの?


「ご満足ですか? 聞きたいことが聞けて」


 彼は溜め息をつくと、私に近づいてきた。


「その顔だと『知らなきゃよかった』みたいな感じですね。でも、聞いたのはあなたですよ」

「……返して」

「はい?」


 私は予め隠し持っていたナイフを取り出して、彼に見せた。これにはさすがの彼も動揺していた。


「私の! 息子を! 返しなさい!!」

「冷静になりましょう。ご自分が今何をなされているか、お分かりですか?」


 息子の顔でそうさとそうとする彼に私のはらわたは煮えくり返っていた。


「黙りなさい、我が子の皮をまとった魔物め。これ以上、息子の顔で喋ると刺すわよ」

「さっき言ってませんでしたっけ? 僕には女神のかごっ?!」


 もうこれ以上我慢できなかった。私は彼を押し倒すと、喉仏目掛けて刺そうとした。しかし、中身は違えど息子の顔で見つめられりと躊躇ちゅうちょしてしまった。


「仮に僕を刺し殺したとして、周りにはどう説明するんですか?」

「あ、あなたが言った事を全部話すわ」

「信じますか? あなたでさえも半信半疑なのに?」

「うっ……」


 ナイフの先が震えてきた。でも、屈するな、私。


「周囲の人はこう思うでしょうね。『事故によるショックで半狂乱になった母親が息子に悪霊が取り憑いていると勘違いしておはらいしようと刺し殺した』……あなたがどんなに訴えても周りは罪人呼ばわりするでしょう。下手したら死刑かも……」


 彼の言い分は最もだった。このまま刺してしまっても、その理由を説明するには証拠があまりにも不明瞭すぎる。


 けど、こんな奴を放っておいていいのだろうか。今はまだ子供だが大人になった時を考えるとゾッとする。きっと魔王みたいになるかもしれない。


「さぁ、早くナイフを下ろしてください」「うっ、くっ……」

「あなたには息子を殺せませんよ」


 私はしばらく見つめ合った後、ナイフを床に投げ捨てた。すると、彼は私に覆い被さってきた。脳裏に叔母と密着していた時の事を思い出した。


「悪い子にはお仕置きしないとねぇ」


 彼は口が裂けるほど笑みを浮かべた後、私の衣服を無理やり剥がした。



 私は彼を自分の息子として育てる事にした。あの後も何度も殺そうとしたけど、息子の顔や身体を傷つけたくないと頭の片隅で思ってしまうからか、未遂で終わってしまった。


 そのたびに彼にお仕置きをされ――私は身ごもった。夫はアーサーに兄弟ができる事に喜んでいた。召使い達も同様だった。事実を知っているのは私と彼だけだった。


「次はきっと女の子ですよ。お母様によく似た可愛い女の子です」


 彼は怪しい瞳で私の手を握った。私は何も言わずにバルコニーから見える景色を眺めた。果てしなく広がる地平線を眺めながら次は普通の娘として生まれてほしいと心から願った。




 

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最近、息子の様子がおかしい 和泉歌夜(いづみ かや) @mayonakanouta

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