第20話 賑やかで静かな夜


「それでは、乾杯!」


 夜――。


 王都バイデルの王宮にて、リリアム王女の帰還を祝う宴が開かれていた。


 ラインズ王より、今回の一件に貢献したグレッグたちに労いと感謝の言葉がかけられると、会場に集まっていた者たちから賛辞の拍手が湧く。


 フラムやノノは得意げな表情を浮かべていたが、一方でこういう場面に慣れていないグレッグは恐縮しきりだった。


「ご主人ご主人! このお魚、すっげーおいひーです!」

「良かったなノノ。でもちゃんと飲み込んでから喋ろうな」

「フフフ。相変わらずノノ君の笑顔にはこっちが癒やされてしまうねぇ。はっ……! そうか、ご馳走を用意すればノノ君をお持ち帰りすることが!」

「フラム様……。ノノを餌付けしようとしないでくださいよ」


 今グレッグたちがいる場所は、王宮の中でも一際綺羅きらびやかな装飾や調度品で彩られた大部屋である。

 だというのにフラムはいつもと変わらない調子で、グレッグは尊敬の念すら感じていた。


「――グレッグ様」


 宴が開始して少し経った頃。

 グレッグの背中に可憐な声がかけられる。


 振り向くと、そこにいたのはリリアム王女だった。


「グレッグ様、改めてこの度はありがとうございました。おかげで本の中から戻ってくることができましたわ」

「いえ、リリアム王女がご無事で何よりでした。それにしても、戻られて早々に祝宴の席でお疲れではないですか?」

「うふふ。まったくご心配いりませんわ。久しぶりに王宮のシェフの料理が食べられて大満足ですもの」

「おーじょ様、すっごく元気です」


 確かに先程、宴が始まってからけっこうな勢いで料理に口を付けていたなと、グレッグは引きつった笑みを浮かべる。


 ノノほどではないが、意外にもリリアム王女は食欲旺盛な人物のようだった。


 そんなリリアムの体をまじまじと観察しながら、フラムが溜息を漏らす。


「あの、フラム様? どうかされましたか?」

「いやなに、それだけ大食漢な割にスタイルが良いなんて不公平だと思ってねぇ。その割に出ている所は出ているみたいだし」

「まあ、フラム様ったら。殿方もいらっしゃるところでお恥ずかしいですわ」

「フラム様……。そのうち不敬罪で捕まりますよ……」

「大賢者さまはやっぱりブレねーです」


 フラムがまたロクでもないことを言って、グレッグは肩を落とす。


 それからしばし談笑して、ノノが辺りのテーブルに並んだ料理を平らげる一方。

 リリアムが今度王宮に改めて招待するからグレッグの武勇伝を聞かせてほしいと願い出て、それをフラムがはやし立てて……。


 そんな風にして宴の時間は過ぎていった。


   ***


「ふぅ。ここはいい風が吹いているな」


 祝宴の会場から離れ、一人バルコニーに出たグレッグは息をついた。


 白い石膏で固められた手すりに肘をつき、酒の入ったグラスを少しだけ呷る。


 静けさの中に会場内の喧騒が溶け込んでいて、妙に時間がゆったりと感じられた。


「……」


 酒を入れて火照った体に夜風が心地いいなと感じながら、グレッグは空を仰ぎ見る。


 王都に暮らす人々の光があるからだろう。

 そこには星が浮かんでいたが、さすがに道具屋からの方が綺麗に見えるなとグレッグは苦笑した。


「それにしても、ようやくか……」


 グレッグは空を見上げたまま独り呟く。


 今回の一件で成した、幻獣ユニコーンの討伐。


 リリアムを救うためという目的はもちろんあったが、それはグレッグがかつて親友と数年前に交わした約束でもあった。


「時間がかかってしまったが、少しは喜んでくれるか?」


 またグレッグは呟く。

 しかし、今度は独り言ではなく、亡き親友に向けた言葉だった。


 当然返ってくる言葉はない。

 それでも、グレッグは一つの約束が果たせたことに微かな満足感を覚えていた。


「やあグレッグ君。こんなところにいたのかい」


 ふと、背後からフラムの声がかかる。


 先程までは酒の勢いに任せてノノをわしゃわしゃと撫で回していたフラムだったが、どうやら気は済んだらしい。


 今は落ち着いた表情を浮かべていて、グレッグの隣へとやって来ると手すりにもたれかかった。


「フラム様、ありがとうございました」

「ん? 何だい、改まって」

「いえ……。フラム様が魔法で道を作ってくれたおかげでユニコーンの元まで辿り着けたわけですし。改めてきちんとお礼を言っておきたいなと」

「ああ、そんなことか」

「そんなことじゃないですよ。あの魔物を討伐することは俺にとっても悲願でした。フラム様がいてくれて、本当に良かったです」

「ふふ。君もなかなかやるね、グレッグ君。こんな人気がなく雰囲気のある場所でクサい台詞をかけてくるとは。ドキっとしちゃうじゃないか」

「またそうやってからかって……」


 フラムは悪戯が成功したといったように吹き出し、ケタケタと笑う。


「あはは、ごめんごめん。ちょっと野暮だったかな」

「まったく」

「でもそうだね。ユニコーンの討伐は、君の親友との約束だったんだものな。素直におめでとうと言わせてもらうよ」

「はは……。ありがとうございます」


 今度は柔らかい微笑みになって、フラムはグレッグの酒器と自分の酒器をカチンと合わせた。


 本当に、真面目な時とふざけている時の差が激しい人だなと、グレッグは苦笑交じりに杯を傾ける。


「しかし、これでグレッグ君も少しは落ち着けるかな」

「そうですね。ここ最近は素材集めで忙しかったですし、ようやく明日からは本業の道具屋に集中できそうです」

「何よりだ。といっても、君の道具屋に客が来ているところなんてほとんど見たことないがね」

「それはまあ、その通りなんですが……」

「ハッハッハ! 私もちょくちょく顔を出すんだし、そんなに寂しそうな顔をしないでくれたまえよ!」

「別に寂しがってなんていませんよ。というか、フラム様はノノが目当てでしょう」

「無論だとも!」


 何故か自信満々に言い放ったフラムに溜息をつくグレッグ。


 そうしてしばし時間が経っただろうか。


「――なあ、グレッグ君」


 また何か突飛なことを言い出すのだろうかと身構えたグレッグだったが、そうではなかった。


 フラムは微笑を浮かべていたが、それはどこか神妙な面持ちに感じられた。


「グレッグ君。私は色んな研究をしている立場にあるわけだが、それは何故だか分かるかい?」

「え、どうしたんですか急に?」


 グレッグは尋ねたが、フラムはその問いには答えない。

 酒器を口に付け、少し息を漏らすと、そしてまた言葉を続けた。


「私はね、未知のものに巡り会えるのが好きなんだ。見たことのないアイテムや素材、未発見の理論、魔法なんかもそうだね。この世界にたくさん眠っている未知な事柄。そういったものに巡り会った時、私は至高の喜びを覚えるんだよ。あ、ノノ君なんかはまさしく未知の可愛らしさだったね」

「……」

「旅人は未知の場所に思いを馳せ、冒険者はまだ手にしたことのない名誉や戦果、武功を欲する。そういう、未知のものへの憧れは誰もが持っていることだと思う」

「そう、ですね……。それは俺も同じかもしれません」

「フフ。まあ、何が言いたいのかと言うとね――」


 フラムはそこで言葉を切って、グレッグの方へと視線を向ける。


 まるで全てを見透かしたような、そんな目だなとグレッグは思った。


「君も、そういう未知のものを楽しみたまえよ。あの場所に構えた道具屋と、君の親友との約束は、きっとそれをもたらしてくれるはずさ」

「……」

「あの場所で自由気ままな暮らしを求めていると、君は前に言っていたね。それはとても素晴らしいことだと思う。未知というのは何も場所を変えれば巡り会えるというものではないからね。君は冒険者を引退して拠点を持ったかもしれないが、同じような暮らしをしていても、その中に輝くものはきっとあるはずさ」


 フラムの言った言葉はグレッグの胸の中に意外なほどストンと落ちてきた。


 確かに、ここ数日もそうだ。


 色んな人たちとの関わり、生じた問題への対処という形ではあったが、様々なことを体験して。


 それらはグレッグにとっても未知のものだった。


(未知のものとの出会い、か……)


 明日から道具屋をやっていく上でも、また新たな巡り会いはあるだろう。


 それはどこか心躍るもののような気がして、グレッグはその機会と場所をもたらしてくれた親友に感謝の念を抱いていた。


「何というか、本当にフラム様は底が知れない人ですね」

「ハッハッハ。感傷に浸る君を見ていたら、たまにはこういう真面目な話も良いかと思ってね。さすが大賢者って感じだろう?」


 そう言ってフラムは得意げな顔でウインクする。


 最後に軽口を叩かなければもっと締まるのになと、グレッグは苦笑を浮かべていた。


「あー! ご主人、こんなとこにいたです!」


 宴の会場に通じる扉が開かれ、ノノが駆け寄ってくる。


 ご馳走をたくさん食べられたのが嬉しかったのか、尻尾がパタパタと揺れてご満悦な様子だ。


「おや? 大賢者さまも一緒だったですか。確かこういうの、逢い引きってやつです?」

「いや、そういうのじゃないから」

「ハッハッハ! よくぞ見抜いたねぇノノ君!」

「フラム様も悪ノリしないでくださいよ……」


 またいつもの空気が戻ってきたなと、グレッグは再度溜息をつく。


 そうして、賑やかで静かな夜はゆっくりと過ぎていくのだった。


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辺境の道具屋おっさん店主、危険度SSS級の魔物を狩りながら素材販売していたら、英雄たちが押し寄せる伝説のお店になりました 天池のぞむ @amaikenozomu

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