短編 どくだみ
フリエ エンド
どくだみ
私の中でこの話は特段人様に話すような内容ではないというのは熟知している。しかし、話すことのない話ほど社会生活には必要なわけで、初恋の相手は幼稚園の先生だの、昔はやんちゃしていただの、お隣の新婚さんの夫が帰っていないだの、実家へ挨拶の時の気まずい空気だの、つまり無駄話こそ人が人たりうる典型的な証である。
ならばそのことを念頭に入れた上で、私の、
私はこの通りどこからどう見ても一般の大学生である。え?ひ弱なフリーターに見える?バカな、君は私のことを知っているのだろうに。まあ、いいや、確かに色白で外には全く出ていないにしても、今をときめく大学2回生の21歳である。特段サークルや部活動に入っていないのは、この白き腕からもわかるだろうが、私には大切な役職がある。そんな大層な言い方をしなくてもいいだろうが、話というのは盛り上がりと、静寂という波を作ることで飽きさせない技術というのが、ってわかった、わかった、先に進もう。
どこまで話したか、そんなに話してはいないのか、そう、私にはアルバイトとしての責任があったのだ。アルバイトといってもただのアルバイトではない。私のような高貴で、余裕のある男ならばそれに見合った職業に就くのは必然であろう。体育会系の人が居酒屋をやるのも、頭脳明晰の人が児童愛者ではないと否定しながら塾の講師をやるのも、そこに彼らのステージがあるからに過ぎない。性善説のようなもの?どちらなのだろうか、彼らは選んでその道に行ったのか、それとも元から選ばれていたのか、なるほど確かに興味深い議題だ。ん?早く進めろ?これは君が降ったパスに過ぎない、ゴールまで目指して何が悪いんだ。テンポが悪いか、確かに。残念ながら君にだけ話しているわけではないのだものね。気をつけよう。
まあ、私のような男には引くてあまただったというわけだよ。そこの中から私が選んだのか、選ばれたのか、どちらでも構わないがやることにしたのは、花屋だ。
場所は大学の最寄りの駅から電車で二駅のところにあり、繁華街から少し外れた住宅街に佇む、比較的新しい白い外壁が特徴のお店だ。前には花が、赤に黄に紫と信号のように輝きを放ちながら咲いている。名前は「せせらぎフラワーショップ」。せせらぎという何か懐かしい響きと、花というなんとも大人っぽく、精神的にも、肉体的にも余裕のありそうな言葉が決め手である。私に迷いはなかった。ただし、私の悪い癖で物事を甘く見てしまうことが今回も遺憾無く発揮されていた。まず、花の名前を覚えることから始まったのだが、歴史の人物が覚えられずに、理系に逃げた私にとって、花の名前など人の名前以上に難問であった。色で判断してみようと言われても、どこからどう見ても同じ色の花たちも名前が違うし、季節によって名前が変わる花や、よく聞く名前の花であっても前に聞いたことのない土地の名前が入っており、呪文のようにしか聞こえない。私のペラペラと花の名前を言いながら、可憐な女性の耳元で花言葉を囁くような妄想は花びら占いのように過ぎていく日々と共に散っていった。
ただし悪いことばかりではない。せせらぎフラワーショップの店長は美しい女性だったのだ。あまり話すタイプではなく、幾分落ち着いているため私よりも大人のように見えるが、面接の時に私と歳が近いと言われたことから二十代を満喫しているのかもしれない。太陽の光を吸い込んだような艶のある黒い髪を背中まで伸ばし、美しさとどこか寂しさを漂わせている、そうだな、紫のパンジーがよく似合う女性であった。
小さなお店なので、幾分給料は少ないが、彼女と二人きりの作業も多く、私は鼻の下を伸ばしながらその楽園を満喫していた。彼女は花屋という職業に対して真摯的に取り組んでいた。花の名前はスラスラと出るし、季節から花言葉まで多くの知識を持っていた。常に笑顔というわけではないが、私が新しい花を覚えたり、綺麗に飾ることができると喜んでくれる、その時、心臓が私の体から出ようとするぐらい脈を打ち、なんとか誤魔化そうと笑いを浮かべていた、が、残念ながら顔には出ていたであろう、店の外であったら通報されていたかもしれない。
そんなこんなで仕事にも慣れ始め、花の名前もおおよそ半分ほどは目で見て分かり始めた夏の終わり、彼女は暑さに額を湿らせながら、店の前の雑草を抜いていた。帽子も被らずに日向のところでしゃがみながら袋に詰め込む姿が映り、私も花の手入れをほとんど終わらせており、特段やることがないため騒々しい蝉たちがファンファーレ、いや
「あ、アツイデスネ。僕もお、お手伝いしますよ」
私はこの通り嘘を嫌い、嘘をつけぬ体が故、この話し方も隠すことはしない。そう、前の文であんなにも意気揚々とし、きっと諸君は甘い恋路の話を期待していたのかもしれないが、現実はいまだに話すだけでも緊張をしてしまう、うぶで可愛いハートフルストーリーだったのである。何?ただのヘタレの犬物語だって?犬だろうがライオンだろうが、男子校出身であり、女兄弟もいなかった私にとって女性というのは竹藪の中のお姫さまであり、海の中の人魚そのものである。つまり、だからヘタレではない、つまり、おとぎ話のキャラクターくらいの存在なのである。
もし私が絵本に向かって話しかけていた場合、きっと半径20mには人っこひとり入ることはしないだろう、そのうちその壁を破るようにして眉毛が繋がった警官でも飛んでくるかもしれない。女性に向かって話すことは慣れて、いる、いないに限らず、心のうちのどこかでこれでいいのだろうかという疑念が湧き出でてしまう。この性質からどうも女性との面接や、話し合いには片言になってしまう。が、彼女はそんな私を採用してくれたのである、それに限らずお話までしてくれるなんて感無量、縁もはるばるいいところである。
彼女は私のために少しばかり右にずれスペースを広げると、ありがとうといって袋を広げた。私はそのスペースにしゃがむと、彼女の匂いだろうか、熱い空気を鼻から吸うと、流れ込むようにベリー系の甘い匂いが肺を膨らませる。チラリと横顔を見たが、今日も真っ黒の髪が太陽すらも拒絶するように眩しく光を弾き、きらきらと輝いている。目の前の雑草をではなく、この雑念を取り払うのが先であるが、きっとこれは体が健康な証拠を示す、抜かなくてもいい雑草であろう。
「ねえ大崎さん、この雑草を知っていますか?」
急に声をかけられ、なんとかほんの少し開かれた口から声になりそうな空気の塊がヒィ、ヒュと出ていった。彼女はこちらを見て首を傾げている。その手元には緑色か、少し紫がかったどこにでもみるような、ザ・雑草があった。私は一秒だけ考えて絶対に名前なんて出なさそうなので首を横に何度もふる。体は固まっているのに首だけは高速で動いており、幼少期に買ってもらったでんでん太鼓を彷彿とさせる動きになってしまった。
「ふふ、これはね、どくだみっていうんですよ。みんなから嫌がられ、虫も好んで食べない雑草です」
どくだみ。流石に名前は聞いたことがある。どんな匂いだったか遠い過去の記憶だけでは戻ってこないが、確かに小さい頃によく引っこ抜いては自分の手や周辺の匂いを嗅いでいた気がする。
「どくだみって名前も、葉っぱから出る特有の匂いが由来だっていう人が多いんですけど、本当は逆なんです。昔に消毒とか、薬としてお湯にあてる、毒を
彼女の口元にはわずかな笑みがあったが、目を雑草に向けているか少し悲しい表情に見える。なるほど、それはとても興味深い話だ。どくだみという名前では毒がありそうだし、その臭いからも見つけたら文字通り、根こそぎ抜かれていたが、良薬だったとは。口ではなく、鼻に苦し。
「そ、そうだったのですね。抜かないほうが良いのでしょうか?」
私の前にも紫がかったどくだみが暑さに項垂れながら葉を広げている。もしかしたらもうすでに何本かは抜いてしまっているかもしれないが、確かめるには少しばかりめんどくさいのでこれから気をつけようと持っていた、が。
「いえ、別にある分にはどうでもいいんですけど、見栄え的に抜いちゃいます、えいっ」
そういうと、しっかりと根っこから抜かれて、ポイっとビニール袋に入れられる。どこかおもいっきりの良さに、素直に珍しい彼女に目を奪われながら、手にしたどくだみを抜こうとする。残念ながら根っこごとではなく、葉っぱが何本か抜けてしまった。このままだとまた生えてきてしまうが、まあ、その時はまた抜けばいいと思い、そのまま放置した。そういうところが大学の単位を取れない原因だって?大学にとって私はまだ雑草ではないということだろう。授業料だけは耳を揃えて払っている。
*ここまでの話はいわば彼女と私の関係を端的に、理路整然と述べたのであるが、なんとそろそろこの回想も終わる。諸君らの期待している甘いボーイミーツガールな話には到底なら無さそうな流れだが、嵐の前には必ず静けさがあり、嫌な話の前には優しい母の姿の如く、恋の情緒は急にやってくる。ただし、これは語り部たる私の勝手が行きすぎた結果、飛ばしすぎただけであり、次の彼女のセリフの前にも我々は言葉を重ねあっていることを重々承知していただきたい。決して打ち切り漫画のような急展開があったのではなく、修行パートが売り切れで飛ばして読んでしまったということを頭に入れておいてほしい。
「次の土曜日に花火を見に行きます」
八月も終わり、暑さはクライマックスにふさわしいくらい有頂天であり、ここ数日は晴天続きである。蝉の合唱は混声10部合唱レベルで何が鳴いているのかもわからないが、恋愛戦争にまけ、うれ残りのセミたちが一夏の思い出に甲子園の校歌の如く歌っている姿にやかましさよりも、哀愁を感じる。
そんな心の持ちようだというのに、店長が私を前に指を刺して、じっちゃんの名にかけながら放たれた言葉が脳で反芻する。言葉の意味はわかるのだが、花屋と花火をかけている高等なお笑いなのか、それとも単純なデートのお願いなのか、彼女はあまり冗談を言わないタイプだと思っていたが、1年以上も一緒にいればそんなことはなく、実際には7割はおふざけで、残り3割は何も考えていない。それに気づくのに半年以上かかった自分を恨むのと同時に、心を開いてくれた嬉しさが飲み込んでいった。
「みさきさん、私にも予定というのがあるので、そういう話は早めにと何度も言いましたよね、シフト募集だって急に言われても入れる日は限られちゃうと....」
「シフトは入れますかっていう希望だから悪かったけど、花火は命令だから断られることを考えてなかったわ」
なかなかの暴君ぶりを遺憾なく発揮されてらっしゃる。前半の彼女のことが好みだったら申し訳ないが、先ほどの彼女に戻らせるためには、一度記憶を失わせて初対面として半年くらいの期限付きでは提供することが可能である。おっと、やはりスルーはできないようで、私はこの一年で女性を(彼女のみだが)おとぎ話から学校の七不思議くらいのリアリティに感じることができ、何とみさきさんと呼ぶことも成功している。
しかし、これで付き合っていないのである。
付き合っていないのである。
私は男女の関係について特に気にしたことはなく、クリスマスが近づくにつれて、人肌が恋しくなるだの、卒業シーズンに昔は告白されたなあ、と言葉を漏らすみっともない男性と同じにしていただきたくはない。ただし、少なからず三大欲求は人並に持っているし、彼女との肩書きが店長とバイトというのでは不適切な気がするので、もう一つか、二つくらいグレードが上がってもお天道様は許してくれるとは思うのだが、そんな話は一切なく、甘いものを食べさせてもらったり、珍しい花を見に植物園に足を運ぶというデートさながらの行為を続けてきた。
だが、今回の話はまるで違うことはお分かりだろう。異性から花火を、しかも付き合っていない関係で見にいこうと言われたら、帰り道はカップルになっているのが城跡であり、常識である。いくら女性経験の少ない私でも鈍感ではいられない。私の彼女への想いに対しては黙秘権を行使しよう。噂とはどのような経路で目的地に着くかはわからないもので、この胸に秘めておくことだけが、このインターネット時代を生きていく術である。裏アカウントなるもので呟いていても見れる可能性があることを考慮しなければならない。
「お返事は?」
前屈みになりながら、上目遣いで聞いてくる。エプロンから覗かせることは全くない、彼女の胸が何とかその膨らみを捉えるか、否、女性の体型についてたいそう言えた私ではないが、夜な夜な見ているような映像とは異なるということだけを残して語らないことに、語るに足りないことにしよう。申し訳ございません。しかし、そのような瞳で言われていたら、たとえ火の中、水の中、進級をかけたテストがあったとしても、Yesと答えるだろう。
「ええ、たまたまその日は空いているので、いいですけど、どこの花火ですか?」
「うちの庭よ」
にわ?庭。つまり。これは。おうちデートというやつなのか?
「実家?」
「NO 私一人暮らしだもん」
「庭で花火を僕と?」
「そうよ」
「その場合、誘い方は見にいくじゃなくて、するになりませんか」
「細かい」
ため息と共に、明らかに投げやりな会話になってきてる。これは私が曖昧な態度を取り続けているからだと反省をしてみる。が、いきなり彼女の家に行くのも緊張感というか、深い意味はないにしろ、ホイホイついていくのは浅はかであろう。こう見えても恋愛の吊り橋を叩いて渡るタイプなのだ。だからここは彼女の本心と、どこまで本気なのかを私の話術によって引き出しから、ゆっくりと考えることにしよう。
「ぜひお願いします!」
吊り橋は壊れる前に渡るタイプでした。
ん?さっきから無駄話の内容が会話が多くなってて、鮮明になっている?そりゃあそうです、だってこの話はついこの前の話なのですから。いまは昔とか、よく言ったものでしょう、今の今の話でもあるのですから。さ、最後のクライマックスとなります。彼女と私の関係はどうなるのか、乞うご期待。
夏の終わりの夜というのは何とも言えない、センチメタルな気持ちになるのは、きっと諸君たちには到底理解できないだろう。なんと言っても私は今から女性と二人っきりで、一人暮らしの家で花火をしにいくのだから。浮き足が立ちすぎて、空を飛んでいる高揚感は朝おきた時から続いている。今ならきっと人間は重力を克服できる力を持っていると信じるだろう、高いツボだって、何に使うかわからないアクセサリーだって全財産叩いてでも買っていた。家に営業が来なくて本当に助かった。
さて、集合時間まで20分ばかし早くきてしまった。『これで君もできる男』という何ともチープなネット記事によると、15分前に来ることは当たり前であり、それ以降につくものは遅刻と同様らしい。こんな記事をいつもの私が見たら、クレームの一つや二つを入れるのだが、今日は《男たるものそうですよね》というコメントを残して、多くの賛同者が私の背中についている気さえしていた。
大体15分くらいだろうか。闇の中に紛れるほど艶やかな黒髪の美女かと思ったら店長であった。ちなみにこれは比喩表現だ。本当は街灯に照らされて、手を振りながらきた彼女に手を触れずに、ペコリとお辞儀をして対面した。そこからの会話はダイジェスト版でお送りしよう。まった?待ってないよ、今きた、カッコつけなくていいから、つけてないですよ、以下恥ずかしさにより略。
そこから彼女と並びながら家を目指す。彼女の手にはもうすでに花火の袋が入っているため、追加の買い物はなく、ぽつりぽつりと、住宅街のあかりに照らされながら歩く。ここら辺の話こそ何を話したかわからない、無駄話の真骨頂のような話題だった。ただ、会話が続かない気まずい時間などなく、私のボルテージはとうの昔に200パーセントを超えていた。
大体、10分ぐらいだろうか。彼女の家に到着した。彼女とは年齢もそんなに変わらないのに、庭のある一軒家に住んでいると初めて聞いたときは驚いたが、どうやら実家が地主という小説でしか聞かない家系だった。自分音好きなことをさせてくれる親らしいが、花屋に関しては、自分で貯めたお金で、自分の資金のみで開いているらしいので余計に驚いた。
黄色の壁に、丸い窓が覗く、一軒家にしては少し小さいが、女性一人暮らしの家にしては大きすぎるくらいだ。シェアハウスをしていたわけでもなく、本当に彼女が一人で住み続けた家だ。彼女は鍵を取り出して、一度家に戻ると伝えると、玄関からそのまま庭に案内される。庭には、丁寧に手入れをされた花壇があり、ひまわりや、アサガオ、ポーチュラカが咲いている。夏の暑さにも負けないくらい葉っぱは大きく、花もいまは閉じ気味だが、朝になればまた開いているのだろう。
お待たせと言って、片手にビニール袋、片手にバケツ、ポケットにチャッカマンを装備した彼女が登場する。どうやら彼女が買った花火は色が何色も変わる細めの手持ち花火が主役のタイプで、何本か線香花火がついてくるもののようだ。彼女は待ちきれないのか、さっさと、バケツに水を入れると、袋のふうを破る。黄色の取手で、ピンク色のヒラヒラが先端についている花火を撮ると、チャッカマンで火をつけ始める。
「しんちゃんも早く花火持って」
「は、はい」
テキトーに線香花火以外の手持ち花火を一本とる。彼女の花火はイキヨイよく燃えると、緑色の炎を出し続ける。私の手の花火にその火を近づけると、私の方からは赤色の炎が飛び出す。あっという間に、赤色だった火は黄色に変わる。彼女の花火は白色に変わっている。次々に火をつけては、グレーの煙が夏の空に雲を作っている。ふむ、なかなかに楽しい。花火などもう何年もやっていないし、幼少期も手持ち花火が怖く、線香花火っ子だったため、懐かしさよりも新鮮さがまさる。
「一度ね、してみたかったんだよね、手持ち花火」
線香花火の火を見ながら彼女はいう。ぱちぱちと火花をちらす電球のような光は、彼女の方を見ようとした動きでぽたりと落ちてしまった。
「あ、私の勝ちね」
「みさきさんはしたことがなかったんですか、花火」
「学校の行事のキャンプファイヤーとかではやったと思うんだけど、家族とやるとかはなかったな」
家庭の事情を踏むことは、花壇に土足ではいるようなものだ。どこなら足をついていいか、どのくらいの力で踏めば大丈夫かは、本人にしかわからない。無理に話を合わせるのは私としてもしたくはない。が、純粋に彼女の話を聞いてみたかった。彼女がどのような営みを得てきたのか、私の目に映る情報ではなく、彼女自身の口から聞いてみたいと思った。
「みさきさんにとってどくだみって何ですか」
勝手に口から落ちていったこの話を自分が覚えていることに驚いた。ずっと一緒にいたが、この話だけは聞くことができなかった。しかし常に私の脳裏に浮かぶ、どくだみの話と、あの悲しげな顔が。だから、いつか聞こうと思っていて、そのチャンスがなかなかなく、今日に至ったというわけか。
彼女は見透かされていることに目を見開き、線香花火の光が落ちたことにも気づいていないようだった。その後息を一度吐いてから、しゃがんだまま夜空を見上げる。私も釣られて空を見ると、夏の大三角形が光り輝いていた。
「どくだみの話覚えててくれてたんだね。一回しかいってないのに」
「その一回が何とも記憶に残り続けてしまって」
「私ね、何を頑張っても親のおかげって言われてきたの。お手伝いを頑張って買ってもらったものも、勉強をしていい結果が出ても、全部、みんなからはお金持ちだからって言われて、でも親を恨んだりはしなかったわ。たとえ二人とも仕事を優先して遊んでくれなくても、友達が家族で旅行に行っていても、いい生活をさせてくれているんだからって我慢してた。だから、両親はよく言っていたは、誰のおかげでこんな生活ができていると思ってるのってね」
彼女の口から言葉が出るたび、夏なのに白い吐息が出ている気がした。彼女にとっては言葉とは重く、温かいものなのだろう。
「どくだみの話、どくだみはみんなから毒を持っていると嫌がられ、妬まれ、それでも自分は毒を持っていないと、逆に毒を消すことができるとアピールをするの。でもね、そんなどくだみは雑草と一緒に抜かれちゃうんだ。」
彼女は自分で、一人でできることを花屋の店長として親や、他の人に見て欲しかったのだろう。私にはそのような覚悟を持った決断などできない。彼女にとって、あの店は店長である責任ではなく、自分自身の証明の責任が伴っていたのだ。
「花屋ね、ひと月くらいで潰れちゃうんだ」
あまりにも残酷な言葉だった。でも、私は予期していたのかもしれない。彼女は多分こんなに重い話にする予定はなかったのだろう、明るく花火をして、その後に改まって言おうとしていた。しかし、どくだみの話を持ち出したことで、彼女の話の道筋は変わった。どくだみは抜かれてしまう。
「両親のところに戻るんですか?」
「そう、私に継がせたいみたい。もういいだろうって」
彼女が花屋を始める時に、初めから自分たちの跡を継がせるまでの約束だったのかはわからない。だけど、
「だけど、」
「待って、その後の言葉を聞く前にさ、一つ聞きたいことがあるんだけど」
彼女はしゃがんだまま体をこちらに向ける。残念ながらこの先の話も語るにえない、恋に落ちた話というのは総じてオチがない話なので、割愛させてもらう。ではこれにて無駄話は終わったのかというと違う。諸君らにはもう少しだけの辛抱ではありますが、時間は現在へと戻るというわけで、ここでいう現在とはいままさに話をしている場にある。畳の床で話し続けたからか足は痺れており、隣からは彼女のちょっかいが飛んでいるこの状況。
目の前の厳格な雰囲気を想像していたが、案外メガネで真面目そうな男と、こちらも目つきが厳しそうな雰囲気を想像していたが、案外目尻の皺から笑顔が素敵なのかもしれない女性に頭を下げる。
「以上が私とみさきさんの馴れ初めでありました。この話を持ってしてみさきさんとのお付き合いを了承してはいただけないでしょうか」
それではみなさん、声を揃えて
「わかった、わかった」
短編 どくだみ フリエ エンド @kodoozi1888
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