魔法の無い国で、魔法のかかった空を君と見る

kotonoha*

RPG「ルナスティア -忘却の少女と魔法学校-」前日譚

レヴェリー公国では、あらゆる道具に名前が付けられている。

夕暮れの駅のベンチで列車を待つ私が手に持つ魔道具も、この国では確か、スマートホーンと呼ばれているものだ。道具に名前を与えるのは、すべての道具には神様が宿っているからだとか。


「持たざる者」は道具をとても大切に扱い、時には古くなった道具の供養までする。壊れてもすぐ修復可能な魔法のある「持つ者」である私からすれば少し不思議な習慣だが、その行為には独特の優しさがあって好きだ。


この仕事に就くために、故郷である魔法国ラナファージを離れてから十年になるが、この公国には魔法使いがほとんど居ない。


つまり、持たざる者が治め、持たざる者が生きる国。


魔法使いや魔物の存在は一部の者に知られているが、いまだに信じぬ者も多い。それはラナファージの魔法庁が、外国に魔物や魔法犯罪者を出さぬ様に徹底管理しているためだ。国外における公の場での魔法使用は禁止されており、たとえばこのレヴェリー公国民の前で魔法を使おうものなら、直ちに捕まり、魔力も自由も剥奪されるほど重い刑に処される。私の記憶には無いが、私と祖母がこの国を訪れた時は六時間の出国審査を要したらしい。


「ルナ先輩」


不意に、頭の上から聞き覚えのある声がする。

魔道具の画面に集中していた私は、反射的にびっくりしたままの顔を相手に向けてしまう。

彼女は泣きそうな顔で私を見つめていた。


「来週、ラナファージへ行くって本当ですか」


二つ年下の後輩のシルフィだった。

同じ中等学校の出身で、今は仕事仲間でもある。

だが彼女はこの公国で生まれた人間だ。

よって、魔法使いでは無い。

「この時期、という事はもしかして……、魔法学校へ?」

「うん。明日、ムーンの皆にはきちんと伝えるつもりだったんだけど」

もう三月なのに、私の口から白い吐息が漏れる。

「卒業前検査において上位魔力持ちと判断された者は、ウィザーウィッチ魔法高等学校に入学しなければならない」

私はあえて書類を読むかの様に喋る。

「もっとも、少しでも魔力があれば、どこかの魔法学校への入学義務があるんだけどね。いずれこの国を離れなければいけなかったのは、必然だったよ」

「それじゃ少なくとも三年間は……、この仕事、」

「お休みする事になるね」

「どうにか、ならないんですか。だってすごい賞もとって、今が大切な時期じゃないですか」

シルフィが私の両手を掴んで訴える。「それに私、まだ、ルナ先輩と一緒に……」

私はシルフィの髪を撫でながら微笑む。

「あっという間だよ、三年なんて」

「本当に、帰って来ますよね? このままずっと、向こうで……暮らさないですよね……?」

彼女の瞳から溢れ落ちる涙は、私の膝を濡らし続けていた。

魔法高等学校を卒業後は、魔法大学に進み、そのまま魔法庁に就職したり、魔法学校の教師になる道もある。それより何より、魔法という概念が与える快適性は大きい。三年も魔法漬けの生活をすれば、国外で魔法を禁じられた生活など出来ないかも知れない。シルフィにはそれが分かっているのだ。

「シルフィ、私ね、この国が、この仕事が好きだよ」

私は彼女の手を握る。

「だから、必ず戻るって約束するよ」

「……信じて、いいですか」

「もちろん」

シルフィは、しばらく私の目をまっすぐ見据えると、

「……やっぱり信じられません。ルナ先輩、すぐ約束破るから」

「うっ……、」

私は思わず唸ってしまう。「美味しいパスタのお店を見つけたから今度二人で食べに行こうね」という小さな約束すらも、本業の忙しさと、足りない学費を稼ぐためのアルバイトをお休みの日に入れていたせいで、いまだに果たせていないのだ。

「どうしたら信じてくれる……?」

「……向こうに着いたら、毎日、近況報告、してください」

シルフィは涙声で言いながら、私の魔道具の画面を指差す。

「……ウィザスタ?」

彼女は黙って頷く。

持つ者と持たざる者、つまり魔法使いとそうでない者を繋ぐSNSだ。

投稿内容に違法性が無いかどうか魔法庁に監視されてはいるが、文字や写真での交流は許されている。

「でもこれ、お仕事用だよ?」

「魔法学校用の別アカ、作ってください。そこに一日三回は写真を上げてください。顔出しは別にしなくていいです。……そうすれば、ルナ先輩のこと、信じてあげます」

「もし、裏切ったら?」

「その時はラナファージまで先輩を追いかけて行きます。たとえ、……どんな手段を使っても」

「シルフィ……」


持つ者の出国すら大変なのに、持たざる者がラナファージに入国することは非常に難しい。不法入国などをすれば最悪の場合、終身刑に処される可能性が高い。きっと冗談なのだろうけど、一方でシルフィなら本当にやりかねないとも思ってしまう。昔から一度決めたことは必ず成し遂げる、まっすぐな子だった。そして私の事を誰より大切に想ってくれている事も知っている。


「分かった。一日三回……は、無理かも知れないけど、出来るだけ頑張ってみるよ」

私は魔道具を操作し、新しいアカウントを作った。

名前はとりあえず、ルナリリで。

そして。


「最初の投稿は……、」


私は立ち上がり、魔道具のシャッターを空に向けて切る。

夕焼け空が、オレンジ色から紫へと変わっていく。

雲の切れ間から漏れる光が、まるで魔法のように駅のホームを染めていく。

添えたコメントは、


『まるで魔法の様な、レヴェリーの夕空を、君と。』


――本編「ルナスティア -忘却の少女と魔法学校-」につづく

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