第29話
「し、失礼しまーす……」
「そこまで恥ずかしがってんなら下で寝ろよ……」
「い、嫌だよっ! ようやくここまで来れたのに」
「ここまでって……、半年くらい前にもう来てたろ」
「物理的な距離じゃなくてっ、精神的な距離の話ね?」
「……そうか」
結局俺のベッドに潜り込んできたひなたは、出来る限り触れないように――、と壁際を陣取って、もぞもぞと身体を動かす。
物心ついた時には一人部屋で、他人と一緒に寝たのなんて幼稚園児の時にひなたと寝た以来である。
電気を消し、スマホを置くと、カーテン越しに近くの街灯からうっすらと光が差し込む。
いつもの光景だ。――なんか女子の部屋みたいな匂いがするのを除けば、いつもと変わらない夜、のはず。
「そーまくんは起きてても良いんだよ?」
「あー、いや、別に良いや」
「そう?」
暗闇の中、声だけが聞こえる。というのも、ひなたに背を向けるようにしているからだ。
カーテンの遮光性はそこまで高くないし、なんなら電気がついたままでも寝られる俺は別にこの程度の明かりを気にする性格ではないが、しかし今日だけは別である。
――なにせ、隣にひなたが寝ているから。
それも、夏らしく涼しめなシャツに身を包んでいる。そんな薄着だともこもこパジャマ時代と違って身体の起伏は非常に目立つし、――なんならたぶん、こいつ風呂上りからブラジャーを着けていない。
い、いや、違うんだ。確認したわけじゃない。ただ、なんとなーく、着けてないんじゃないかなーと思える突起がシャツ越しに一瞬見えただけだから。風呂上りに俺の視線に気付いたひなたも黙って赤い顔を逸らしてきたから、忘れちゃったわけではなく、わざとであろう。
なんで自分も恥ずかしいのにそういう、男を煽るような真似するんだよと、言いたい。でも見る分には眼福なので頭の中で感謝の祈りを捧げておいた。
「……ね、」
「なんだ、寝ないのか」
「……そういうわけじゃないんだけど……、そんなとこで寝て、落ちちゃわない?」
「大丈夫だ」
本当にベッドギリギリのところに横向きになってるから、寝がえりの方向間違えれば即落下であろう。でも、そうでもしないと、なのだ。
そうでもしないと、肌が触れてしまう。セミダブルベッドに二人で寝るってのは、つまりそのくらいの距離しか空いていないということである。
「ぼ、ボクはいつでも良いんだけどなー……」
「じゃあ寝ろ」
「そうじゃなくて」
「……じゃなくて、なんだ」
「手、出されるの、待ってるんですが……」
ぼそぼそと、蚊が鳴くような小さな声で、ひなたは言うのだ。
理性チェック。――よし、まだセーフ。
くるりと反転し、ひなたが見えるよう壁際を向くと、俺と同じように、しかし俺の背中を見るような角度で横向きに寝ていたひなたの顔が、外の街灯越しにうっすら見える。
「ひぁっ!?」
「こっち向いただけで照れんなら、まだ無理だろ」
「む、むむむむりじゃないし」
目を合わせただけで顔真っ赤にしてるのが、薄暗い部屋でも分かるほど。
「その、さ」
「……うん?」
これを言うと、何かが変わってしまう。それが分かっていても、口を閉じることは出来なかった。
言っておかないといけないと、分かっているから。
「まだ、早いだろ」
「……で、でも、他の子は、もう、」
「他の奴の話は良いんだよ。これは俺と、ひなたの話だ」
「は、はい……」
小さく俯くように身体を丸め、視線だけでこちらを見てくるひなたが、手の届くほどの距離に居る。
――かわいい。この言葉以外を送ることは、不可能だ。
なんかほそっちくて、それでいて出るとこ出てて、髪はさらっさらで――
俺の、初恋の相手。
「恥ずかしいんだろ」
「…………うん」
「じゃあ、どうしてそんな、ウェルカムな態度取ってんだ」
「だっ、だって、そうでもしないとそーまくんが――」
「俺が、なんなんだ」
「……手、出してくれないかなって」
そう、正直に告げられて、
真っ先に漏れたのは、溜息であった。
「な、なんで溜息!?」
「……つーか、さぁ」
俺が、手を出さないのは、
俺が、我慢をしているのは、
嫌いだから、なんかじゃない。むしろ好きだ。可愛いし優しいし、良いとこしか見えてこない。悪いとこなんて、まぁちょっとめんどくさいところはあるけど、女子ってそういうもんだろ、たぶん。
――悪いのは、俺だけじゃない。
「俺がひなたのこと嫌いだから何もしないとか、そういうこと考えてたりすんのか」
「……ちがうの?」
「ちげーよ。見て、分かれ」
この言い方は、本当に酷い。
でも、今の俺には限界だ。あぁ、たぶん顔真っ赤になってんだろうなぁ、見えてねえかなぁ。見えてねえといいなあ。
「……まだ、早いだろ」
俺も、覚悟が決まらない。
ひなたも、本当に恥ずかしいはずなのに、先に手を出されるのを待っている。
――早すぎたのだ。
展開が。
物語は、こうも早く進めて良いものじゃない。
この話を聞いた、篠崎ならきっと言うだろう。「まだ1巻だろ」、と。
そう、俺達の物語は、始まったばかり。
回想で過去回をやって、再会した、まだそれだけだ。
読み切り漫画じゃないんだから、こんなペースで全てを進める必要はない。
「あのさ」
「……はい」
「ちゃんと、覚悟決まったら俺の口から言うから、それまで……待っててくれないか」
ひなたの好意を、踏みにじる言葉だろう。
でも、伝えたい。ひなたにだけは、伝えたい。
俺の気持ちは、変わらない。きっと、プロポーズをしてしまった、あの時から――
ゆっくりと頷いたひなたは、小さな声で「……うん」と呟き、
「だから、ベッドに潜り込んでくるのは、今日までにしろ」
俺が、我慢するのも限界がある。一時の感情で――、いやずっと前から好きではあったけど――、そんな好意の暴走で、事を終わらせたくはない。
ちゃんと、一歩ずつステップを踏んでいきたいんだ。
本当に、大事な人だから。
「それは、嫌」
「なんでだ」
「何もしなくてもいいから、一緒に寝かせて」
「……我慢出来なくなるかもしれねえぞ」
「その時は、その時だよ」
にかっと笑った、ひなたを見て、
ハァと、溜息が漏れる。ホントにこいつ、人の気も知らねえで。
「ま、いいか」
「良いの?」
「駄目って言っても来るんだろ」
「その言い方……、でも、本当に嫌なら、やめる」
「…………嫌じゃ、ない」
嫌なわけないだろ。
自分の気持ちに嘘は吐けない。俺は、ひなたのことが、好きだ。
――でも、まだ、
まだ、再会して半年と少ししか経っていない。急がなくても、まだ時間はあるんだ。
だから、もう少しだけゆっくり――
「ボク、何かぎゅーってしてないと寝れないんだよね」
「……そうか」
「…………いい?」
「…………まぁ」
正直じゃねえなと、自分でも思う。
でも、これで限界だ。
もぞもぞと身体を動かし掴まるところを探すひなたに、さてどうするかと悩み、流石に正面から抱き着いてくる勇気はなく動きを止めた姿が可哀想に思えてきたので仕方なく仰向けになると、腕にしがみついてくる。
胸の谷間にすっぽり腕が収まったのを感じ、――血液が、とめどなく下半身に流れていく。
(……暗くて良かった)
まぁ見えないだろう。仰向けになってるから山が屹立しているが、布団もあるし、たぶん触られない限りはバレない……と、思う。
「ね、そーまくん」
「……今度はなんだ」
「前、コンビニで可愛い子見かけたって言ってたでしょ」
「…………そういえばそんなこともあったっけな」
すっかり忘れていた。そういえば、ひなたがこちらに来たばかりの頃だったか。
一目惚れだと、初恋だと、そう感じたのだ。
でも、違った。俺の初恋の相手はひなただったし、それに――
「……あれ、ボク」
「だろうな」
「気付いてたの!?」
「まぁ、な」
コスプレが趣味で、色んな服を持っていて、外に着ていく服も数えきれないほどあって、予想することは、いくら察しの悪い俺でも容易であった。
いつからか見なくなったあの子の正体がひなたということも、会わなくなってしばらくしてから察していた。
あの子が現れなくなったのは、ひなたが女だと知ってからだ。性別ごと偽っていた頃ならともかく、ひなたが女と知ってから会ったら、流石の俺でも気付いたかもしれない。髪の長さ、一緒だったしな。
「……そっか」
「もう寝ろ」
「うん。……おやすみ、そーまくん」
「……おやすみ」
微動だにしないようしばらく耐えていると、すぅ、すぅと寝息が聞こえてくる。
あぁ、こいつホントにこのままで寝やがったのかと、何度目かも分からない溜息が漏れて。
こんなん寝れるわけねえだろと思っていたけれど――、案外寝れた。
この夜、
俺たちは一歩、進めたんだと思う。
でも、この関係を言葉に表せるのは、もう少しだけ先のことだ。
18歳を迎える、その日まで――
この関係が続けばいいなと、そう思えた。
結婚を約束していた幼馴染、男のようでやっぱり女 衣太 @knm
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