第28話

「でーきたー!」

「……お疲れ」

「そーまくんも、お疲れ。ちょっと早いけどそろそろ夕飯にしちゃう?」

「……そうだな」


 隣の家から、二階にある自室まで運んだのは――、俺の背よりデカいクローゼットだ。それもかなり重い、しっかりしたタイプのやつ。

 前から客間にもある程度は私服を置いていたようだが、コスプレ趣味と関係なく服を買うのが好きみたいなので、どうしてもこういった大型のものがないと管理しきれないんだとか。


 クローゼットだけでなく、胸くらいの高さまであるチェストや衣装ケースなど、様々な家具を運ぶこと、数時間。

 動線を考えて出したり入れたり元から部屋にあったテーブルや本棚をどけたりなんやり繰り返しているうちに、終わってみると汗だくである。


「確かおそうめんがあったはずだから茹でてくるね」

「おう、頼む」


 一人階段を降りていくひなたを見送り、部屋に戻りベッドに腰掛ける。


 ――俺の部屋じゃ、ないみたいだ。


 ずっと暮らしてきた部屋のはずなのに、人の部屋の匂いがする。

 というか実際、元から部屋にあったのはベッドとカーテンくらいで、それ以外総とっかえしてるので本当に俺の部屋ではないようなものなんだが。


「……ひなたの部屋だな、こりゃ」


 誰がどう見てもそうだろう。

 元から私物が多い方ではなかったとはいえ、完全に浸食された。確かにベッドがあれば生活には困らんが、これは、どうだろう。


「完ッ全に、女子の部屋の匂いがすんだよなぁ……」


 普段使わない石鹸みたいな、香水みたいな香りが鼻に残る。そのうち慣れるんだろうが、流石に今は違和感バリバリである。

 唯一元の部屋の匂いを残す掛け布団に背中を預けてぼうっとしているうちに、階下から声が聞こえたので慌てて起き上がる。


 様々な味変を試しながらそうめんを食べること、およそ3人前。いやそうめんってさ、なんかすげー大量に食えるんだよな。なんでだろうな。


「そいや、隣の部屋に置いてた服とかはそのままでいいのか?」

「あー、そういえばこっちにも置いてあったね。でも……大丈夫?」

「大丈夫って、何がだ?」


 確かにひなたの部屋から移動させた私物は多いが、クローゼットもチェストも、中身はほとんど入ってなかった。まぁ中身は後で移動させればいいってのもあるだろうし、中身詰まったままじゃ移動させづらいってのはあるだろうが――


「下着も結構あるんだけど……」

「よしやめよう」

「ボクが居ない部屋でボクの下着使っても良いけど……、あっ、そのための提案だったり?」

「んなわけねーだろ」


 あははと笑われて、はぁと、軽く溜息が漏れた。このウェルカム感マジでなんなんだろうなこいつ。幼馴染ってホントにこんな距離感だっけ?


 そうめんを食べ終え、片付けも終えてソファでくつろいでると、俺の肩にもたれかかってきたひなたがぼそりと口を開く。


「ね、」

「うん?」

「子供は何人欲しい?」

「ぶはっ!」

「ボク的にはしばらく二人のままが良いんだけど……」

「はっ、はぁ!? 何言ってんだ急に!?」

「だ、だって、これから一緒に寝るわけでしょ!? だからこういう話は早めにしておいた方が良いって……亀崎さんがっ!」

「ハァ!?」


 えっ待て急に何、なんの話してんのこいつ!? 子供!? 一緒に寝る!? なんの話!?


「……お部屋使っていいって、言ったでしょ?」

「……言ったな」

「ならやっぱりそういうことでしょ!?」

「いやちげーよ!? 荷物置き! 荷物置きにしても良いって話ッ!!」

「ちっ、ちがうもん! 一緒に寝るんだもん!!」

「いや無理だろ!? セミダブルだぞ!?」

「二人用じゃん!」

「そりゃそうかもしれねえけど高校生二人が寝るには狭いだろ!」

「ボクちっさくなるから大丈夫! 寝相良い方だし!」


 確かにそうだな。夜中に飲み物取りにリビング降りてみると、死んでんのかってくらい綺麗な姿勢で寝てるひなたが居るし――

 いやそういう話じゃなくて!?


「ま、待て、マジで俺の部屋で寝るつもり?」

「寝るというか、そーまくんと一緒に居るつもりだけど……」

「……今も一緒に居るだろ、充分だろ」

「充分じゃないけど!?」

「なんで!?」

「ぜんっぜん手ぇ出してこないし!!」

「あっ、当たり前だろ!?」

「なんで!?」

「なんでって……、そりゃ、いやそうだろ?」

「ボクのこと女に見えないってこと!?」

「それは見えるけどさぁ!?」


 見えないわけないだろ。どう見ても女だ。特にむ、胸がさ、これで男って言い張るの無理だろって主張しててさ。最近は全く気付かないクラスの男子のことが哀れに思えてきたまである。


「一緒に生活するのは良いのに、どうして一緒に寝るのは駄目なの!?」

「むしろなんで良いと思った!?」

「使っていいって言ったしっ! ようやくお誘い来たんだなーって思ったのに!!」

「そういう誘いじゃなかったんだっつーの!」

「や!! 絶対一緒に寝る!! 駄目ならそーまくん寝た後に潜り込むからね!?」

「それはやめ――か、鍵! 鍵付けるしかねえのか!?」

「あきらめて!!」

「俺の部屋なのに!?」

「もうボクの部屋でもあるし!!」

「ベッドは俺んだろ!」

「これからは二人のになるの!」

「あー! じゃあもっとデカいベッドにすればいいのか!? そうなんだな!?」


 父さんの部屋のベッドってキングサイズなんだよな。クソデケぇ。あれ一人で使ってんだよなーいつも。ちなみに我が家、夫婦のベッドは別だしなんなら寝室も別である。これは仲が悪いとかでなく、単純に帰ってくる時間も寝る時間も違うからだそうだ。仕方ねえ。

 しかし、あのベッドを思い返し――、確かに二人で寝れるくらいデカいが、問題がある。


「入るか……!?」

「入らないでしょ!?」

「入らねーよなぁー……」


 どう考えても入らない。なにせ、今でもチェストやクローゼットが入って人がすれ違えないくらいしか隙間がない状態だ。

 まさかそこまで考えて俺の部屋にこんだけ大量の家具を――いやまさかそんな――とんでもねえドヤ顔決めてきやがった。ちくしょう可愛い。絶対気付いてたなこれ。


「あんまり文句ばっか言うと今日からお風呂も一緒に入るよ!?」

「そ、それだけはやめてくれ!」


 いやおかしいだろなんで俺が懇願する方になってんだよ。


「なっ、なにしてもいいんだからねっ!」


 しかし、顔を真っ赤にしてそう言われると――


「……何しても?」

「い、いいよ?」


 話が変わってきたな。いや、まぁ初手から子供が何人欲しいとか言い出したあたりだいぶキマってんなと思ってたけど、そうか、何しても良いのか。


「……ふむ」

 さて、真面目に考えよう。何をしても良いんだしな。


「追い出すのはアリか?」

「それはナシ」

「無しか……」


 残念。何してもの中に拒否は含まれていなかったらしい。俯き悩んでいると、ふと視界の端で何かをしてるひなたが様子が見えたのでそちらに目を向ける――


「……何揉んでんだ」

「……シミュレーションを」

「…………シミュレーションか」


 ふむ、なるほど。揉むくらいはセーフらしい。…………うん、無理。そんな度胸はないです。揉みたいけど。揉みたいけどっ!!!!


「さ、触る?」

「……やめとく」

「そ、そっか……」


 顔真っ赤にして言われると、うん、恥ずかしいなら提案しなきゃ良いのにって言っちゃ駄目なんだろうな。それ言われたら俺もこんだけお膳立てされて何も手ぇ出せないのなんなんだよって話になっちゃうしな。


「…………」

「…………」


 沈黙が訪れる。つい先程まで叫び合うように気持ちを吐露しあっていたというのに、今ではどちらもヒートダウン。

 ひなたはずっと自分の胸揉んではちらちらこっち見てくるし、俺は意識すると下半身に血が流れていきそうなのでずっと脳内で般若心経唱えてる。


「おっ、お風呂、入ろっか」

「そ、そうだな、先良いぞ」

「う、うん……」


 いつもは俺が先に入るところだが――、今日はちょっと怖いので勧めると、大人しくひなたは立ち上がり風呂場へ向かう。

 ――リビングを出る直前、ちらりとこちらを見て、「入ってきても、いいよ?」と小さな声で提案してくれたが、「とっとと入れ」と追っ払ってしまった。


「はぁー…………」


 一人になったリビングで、大きな溜息を漏らす。

 なんや話ようやく終わったんかと言いたげな顔でカズがソファに飛び乗ってくるので、もたれかかるようにして毛に顔を埋める。あぁ、犬くせえ。いやマジで臭い。

 そろそろ洗わないとだな。昔は家の風呂だと暴れたから毎月トリミング連れてってたけど、年取ってからは大人しいから家で洗ってる。

 まぁこの巨体にダブルコートの長毛種ともなると洗うのも乾かすのも一苦労なんだが、それもまぁ、バイトも部活もしてない、たいした趣味のない男子高校生には良い暇つぶしになるのだ。


「なんなんだろうなぁ、あいつ……」


 全力でウェルカムに来られても、言っちゃった以上引き下がれないみたいなところもあると思う。俺も似たようなものだ。幼馴染の関係から、あと一歩が踏み出せない。


「なんか、もう1イベント必要なんだろうなぁ……」


 そう呟き、――篠崎みたいなこと言っちまったなと、久し振りにかつての親友のことを思い出し、そのことに自分で驚いていた。


「……お前のことも、もう笑い話にしてもいいのかもな」


 本当のところは、誰も分からない。それを明らかにする手段がないわけではないが、今更そうして、何になるというのだ。

 運が良ければ、自分がスッキリする。もし昔の噂通りであれば、最悪の気持ちになるだけ。

 だから、不確定のままが一番いい。――だから、俺は、


 ――そろそろ前を向いても、いいのかな。

 口には出さずかつての親友に問うと、「当たり前だろ」と、声が聞こえた気がした。

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