第5話 レンとお散歩
ハンゲルとレンは王都の大通りを歩いている。
大通り、といっても大半は曲線状の整備されていない狭い道なのだが。
王宮に近い一等地には貴族の屋敷だったり、商人ギルドの銀行のような立派な建物がある。
そこを過ぎるとだんだんと庶民的な区域に近づいてくる。
この王都で唯一の娯楽施設であるコロッセウムの先に来ればそれは顕著になる。
市場やギルドの支部があるちょっとした道沿いの優良な場所。
一本路地に入れば胡散臭い占い師や品の悪い居酒屋が立ち並んでいる一等地もどきではあるが、物があるだけましというのか。
衣服、雑貨の店が多い。
貴族が公の場で身につけるのは憚られるようなものが売られている店ばかりだが、中には面白そうな店もある。
「ここ入ってみない?」
俺が目をつけたのはロウソクが売られているお店だった。
店の外のおしゃれな雰囲気がこの王国には珍しく、気になっていた。
「ここ、前々から来てみたかったのよね。」
とレンも興味があったらしい。
店の中に入ると不思議な匂いがする。
店主の説明によればアロマの匂いなのだそう。
この店のロウソクは匂いのあるものらしい。
匂い物、と聞いて若干の懸念を覚えた。
父はデートにおける注意点もいくつか教えてくれていた。
デートの時間には早めに着いておくとか(この世界では時計を持っている人間が少ないのでそもそも待ち合わせ自体が難しい)
相手が自分より遅くても「さっき来たとこ」と言うとか(この世界では(以下略)
正直世界が違いすぎて使い物にならないけど、その中でこの世界でも使える知識があった。
匂い系は人によっては忌避する人が居ると。
レンは香油を使ってるのも見たことがないし、迂闊だったか。
俺はがっつり焦っていた。
よくよく考えばレンが来てみたかったと言っているのだから、そこまで気にすることでもなかったのだけど。
店内には大きさや形の異なる数多くのロウソクが陳列されていた。
その中には愛らしいキューピット像のロウソクがあって、レンはそれが気に入った様子だった。
「これ買います。」
「お買い上げありがとうございます。」
もちろんレンの分もしっかり購入した。
その他にもレンが自費で購入していたのが、匂いのないふつーの赤いロウソクだった。
はてさて、何に使うつもりなのだろうか。
「ロウソクだけじゃなくて、こちらには石鹸もございますよ。」
と店主は(商売上手だなと思う)違うコーナーに並んだ石鹸も紹介してくれた。
「これは俺の分だけ買っとくか。」
「なんでよ。」
「レンの肌はきれいだから石鹸いらずだろ?」
「、、、なにいってんの。」
慣れないジョークを言ってしまったが、冗談ではなく本当にレンは玉の肌を持ってると思う。
握った手もスベスベで、頬なんか釉薬でもかけてるのかってくらい透明感がある。
外見は本当にお嬢様って感じ。
店主のうまい誘導に乗っかって、石鹸を買わされた後、(ちなみにレンは俺が選んだのと同じものを買っていた)大通りに出ると既にお昼時になっていた。
美味しいランチが食べられる場所は事前のリサーチで調べ済みなのだが、正直この時代の勤労風習的にいつでもやっているとは限らない。
仕方がないので事前に予約をしてもらった。
うちの料理長の親戚の店だかなんかで料理長や侍従長が庶民派料理店ナンバーワンとの太鼓判を押していた。
美味しかった。
おふくろの味というやつだ。
もっとも、ここで特筆すべきことはあまりなかった。
もしひとつあるとすればレンはコーヒーが飲めないし、紅茶も砂糖が必須だということである。
相も変わらずおこちゃま舌な女の子なのだった。
そして、そこからは少しだけ遠くに出かけた。
馬車をこれもうちの侍従長に用意してもらい、執事に御者を務めてもらった。
馬車はお決まり通りサスペンションも付いてないものだからろくに整備されていない王都の道路ではガンガン揺れる。
さらに猛烈にうるさい。
レンと話をするときは耳元に顔を近づけなければ会話もできないほど。
正直馬車を舐めていた。
俺もレンも貴族の嗜みとして乗馬ができるのだから馬で行けばよかったと思うくらいには後悔した。
もっともレンはワンピースだから馬に乗るのは無理があるが。
とにかく、その馬車でガタゴトと揺られること1時間弱。
小綺麗な一軒の店に到着した。
バーニンの工房、と書かれた看板の付いた店の軒先でパイプをプカプカとふかしながら待っているお姉さんがいた。
齢40のお姉さんである。
いつものようにかなり際どい服装を着ているこの俺の年齢を倍にしても届かない年齢のお姉さんは父上、いや、親父の愛人である。
といっても、俺と仲が悪いわけではない。
むしろ、自由奔放に生きている俺の数少ない支援者の一人と言っていいだろう。
近所のおばちゃ、、、じゃなくておねーさんである。
「お久しぶり、バーニンねえさん。」
「坊やはまた大きくなって、なあ、レン。」
「こんにちは、バーニンさん。お久しぶりです。」
三人で挨拶を交わしながら、建物に入る。
実は俺は久しぶりという程でもないのだが、一応王都に帰ってきたのは数カ月ぶりという世間体なのだ。
ところでなぜバーニンの工房にやってきたのか。
これにはバーニンねえの職業が関わってくる。
「で、坊やは今日はなんの用だったかな。」
「レンの指輪を作ってほしいと思ってさ。」
「指輪か。私がやればすぐ作れると思ってんだろうけど、私の本業は職人じゃあないからね。」
「わかってるって。でも、他のところよりは早く作れるんだろ?」
「それはそうさな。だけど、仕上げはバルバラのやつにやらせなきゃならないから、例のものが遅れるかもしれないが。」
「それは構わない。これは最優先事項なんだ。」
バーニンは俺にそれ以上はなにも言わず、黙ってレンのほうを向いた。
「指を見せてくれ。そう。」
レンが不可思議そうな顔で指を差し出すと、バーニンは魔法を使い始める。
バーニンの手に握られた金の塊がぼおっ、と光ると、流体になって宙に舞い、輪っかを形成し始める。
ほんの数秒もしないうちに金の指輪の造形が完成する。
「流石は伝説の錬金術師と呼ばれる大魔法使いですね。こんなに緻密な物質の操作ができるなんて、本当にすごい。」
レンが言った。
そう、本当にすごいことなのだ。
普通、魔法といっても火球を飛ばすみたいなことはできても火の形を不自然に引き伸ばすことはできない。
同じように液体の水や気体の煙も球状に形成できれば御の字というところ。
要するに魔法のイメージの話なのだが、現実でできないことは魔法でもできないというのが基本だ。
しかし、ある種の特別な魔法使いは想像力豊かに魔法を現世に顕現させる。
そのような才能ある魔法使いでなければ固体の金属を常温のまま粘土のごとく扱うことはできないということだ。
「そんな大したもんでもないがね。錬金術師ってのは金ばっかり扱ってるからこういうのにはすぐなれるんさな。」
バーニンはそういうが錬金術師が誰も彼もこんな芸当ができるわけではない。
金の一族と呼ばれる錬金術のスペシャリスト集団。
その中でも別格に優秀だったのがバーニンねえさんだったと聞いている。
そして、あまりに優秀すぎて追放されたとも。
バーニンは指輪のサイズがレンの指に合っているかを確認して、この指輪を完成させる職人を呼んだ。
「バルバラ、こっちにきてくれ。」
「はい、師匠。今行きますんで。」
バルバラと呼ばれた女職人は奥の火事場から煤まみれでやってきた。
「あっ、ハンゲルさんじゃないっすか。例のあれなんですけど、もうちょいとばかし待っててくだせえ。」
「大丈夫、俺としては最終ものになれば時間は気にしないから。」
「ありがてえっす。最高のものに仕上げますんで。」
この女は今のバーニンの唯一の弟子で鍛冶職人のバルバラという。
ガタイのいい彼女の体には鍛冶に長けたドワーフの血がいくぶんか流れているらしい。
ただ身長はそれなりにあるので、結構血が混ざっているのだとは思うけど。
「バルバラ、今回の仕事はまた別なんだ。この指輪、ここにいる娘のなんだが、いい感じに仕上げといてくれ。」
「了解っす。適当にやっときます。」
おいおい大丈夫なのか。
そんな俺の感想はバーニンもわかったようでちゃんと説明してくれた。
「こいつは鍛冶の腕はともかく、芸術センスと設計アイデアだけはいっちょまえなんさな。」
それは安心した。
ちなみにバーニンねえの芸術センスは最悪である。
用事は済ませることができたので店を出ることにした。
「じゃあな、ばあさんまた会うときまで生きてろよ。」
「てめえ、こんくそがきゃあああ」
バーニンの咆哮とともに魔力がまばゆく光り、おそらく数十キロ分の金が宙を舞う。
小さい頃から来るたびに帰り際に毎回これをやる。
もう恒例行事化しつつあって、これなしではバーニンの顔を見た気にならない。
レンと急いで馬車に乗り、御者を急かす。
帰りの馬車、急発進で砂煙を立てる馬車の中でレンは笑っていた。
なぜ笑っているのかまったくわからず、理由を尋ねたところ、
「私実は今日あの人に会う前からバーニンさんが嫌いなのよね。」
と笑いながら言った。
「あの人ってバーニンばあのこと?」
「そうそう、私はリューミラ様派なの。」
リューミラっていうのは母上のことだ。
父上の愛人という立場のバーニンねえと母上は仲が悪い。
そして、王国内の婦人の間ではその二人のどちらが父上の真の奥さんかという議題で昼夜討論し続けているらしく、どうも王国内は水面下で二派閥間の内戦が勃発しているらしい。
俺からすれば知ったことではないが。
とにかく、レンは母上の派閥らしい。
確かにレンは母上に可愛がってもらってたしな。
「ばあさんざまあみろって感じよね。」
これはかなり深刻な対立のようだ。
この話題には触れないほうがいいだろう。
触らぬ神に祟りなし、だ。
でも、バーニンねえも40には思えないほどまだまだ美しい女性だし、とても頼りになるいい人だと思う。
母上も優しくて気遣いが行き届いてるような理想の奥さんだ。
父上はやっぱり周りの人に恵まれてるな。
本人には人徳があんまりないけど。
※あとがき
バーニンの年齢はサバを読んで40才です。
そうそう錬金術ってもともと仙丹を作る目的で発展してたらしいですね〜。
とはいえ、"バーニンに関しては"不老ってほどでもないみたいですけど。
次の更新予定
転生者の息子は苦労知らず〜ド辺境王国はどこもかしこも敵だらけ〜 ななお @naxnao
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