もう少しだけ/景兎

追手門学院大学文芸部

第1話

夕立に騒いだあの雨の匂いとか

分け合ったアイスの味

ふざけ合って叩いたときの服の感触

隣を歩く夕日に染まった皆の瞳

ばらばらなまた明日の声


例えば、本当は皆なんて存在しなくて、この記憶が偽物だったら、この記憶は消せるのかな、なんて。

きっと消せないけど。

だって偽物であったとしても大事な記憶であることに違いはないし、隣で聞こえる皆の声が存在を証明している。


聞こえる皆の笑い声。何でそんなに笑っているのかわからないけど釣られて笑ってしまう。

こんな何でもない日常の1コマですら消したくはない。消したくない記憶だけが増えていって、新しいことはあとどれだけ増やせるんだったか。

また皆の優しい声が聞こえて、この選択で本当に良かったなって思う。だから、もう少しだけ付き合って。




昔から騒がしくする俺たちを隣でニコニコ微笑みながら話を聞いている、そんなやつだった。

「皆の笑い声が好きなんだ」

恥ずかしげもなくそう言い切ったミナトに俺たちは逆に恥ずかしくなって目を逸らした。少しだけ懐かしい、まだミナトの目が俺たちを捉えていたころの話だ。

「ミナト…?起きた?」

かすかなモーター音に一斉に顔をベットに向ける。目覚めた時に誰もいなかったら寂しいかな、なんてここ数か月は誰かしら部屋にいるけどあまり芳しくないのか、部屋の主はなかなか目覚めない。


呼吸のように規則的に動くモーターの音、絶対に成長しない身体。人肌とは違う冷たい体温。

ミナトは高校生の学力向上のために政府が試験運用的に作り出したアンドロイドだ。

ミナトと俺たちは、最初は効果を確認するための施験者と被験者だったが、いつしか友人になって、高校を卒業したあともなんとか許可を取って一緒にいる。

ただ、試験運用で作られたミナトの身体はバッテリーや容量が限界を迎えて、活動を維持できず最近はずっと眠っている。多分最後の時まで眠っているんだろう。



起きたのかと思えば枕に顔を押し付け身じろぎをしていた。

「また、寝るの?」

身じろぎのせいで移動したミナトにつながる充電ケーブルの位置を戻す。

「こんなにすやすや寝られるとなんか顔に落書きしたくなるな」

ふと、そう思い言葉に出すと賛同した皆が一斉にペンを探し出し始めたので思わず笑ってしまう。すると、釣られたようにミナトはフフと笑ってまた規則的なモーター音が鳴らした。

「え、ミナトいま笑った?」

「釣られて笑うくらいなら、起きてこれば良いのに」

「なんか無性に腹立ったから本気で落書きしようかな」


起きないと顔に落書きされるぞ、ミナト。だから少しだけでも良いから起きて欲しい。




あとがき

手に取っていただきありがとうございます。まとまりきりませんでした。それでも楽しんで貰えたのであれば幸いです。

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