第一話 優柔不断な少年と優しい幼女
「お主の人生の結果発表~~~!どぅぅるるるるぅるぅぅ…
ジャン!リザルトはSランクじゃ!」
ハンドベルを鳴らしたような澄み透った声。
僕は硬く冷たい床に倒れている。顔を上げると、スポットライトが当たり、頭上から紙吹雪が舞っていた。
「よって特別な能力を一つだけ持って異世界へ転移する権利を与えよう‼わー、ぱちぱちぱちー」
続く声とともに、目の前に白いローブをまとった幼い少女が現れた。いや、幼いというにはその瞳の奥に底知れない威厳を感じる。しかし、この可愛らしい拍手――「ぱちぱち」などと自分で声に出している点がなんとも不思議だ。彼女の頭上にもスポットライトが当たっている。
一体何者なんだ?口調からすると年寄りっぽい?
ここはどこだ?スポットライト以外は闇ばかり。
え? 何を言われた? 人生の結果?リザルト? 能力?異世界? 転移?
なによりも『どぅぅるるるるぅるぅぅ』って何?
質問したいことが頭に渦巻くが、逆に何も言葉が出てこない。
僕は混乱しきっていた。立ち上がろうとするも、上手く力が入らず、片膝立ちの状態で止まってしまった。
考えに考えた末……何を尋ねるべきか決められなかった。…だから、質問しないことに決めた。
「はじめまして、僕の名前はユーマと言います。いつの間にかここにいました」
僕は挨拶をした。立ち上がる途中の無様な体勢で。
「キュフフ!最初に自己紹介とは礼儀正しい若者じゃのう。王に謁見するがごとく優雅な姿勢で素晴らしい。ここに来た直後だと多くの者は混乱し喚き散らし、わらわに詰め寄る――そんな汚い態度ばかりじゃ。お主はとっても落ち着いておるのぅ」
鈴を転がしたような笑い声。彼女は口に手を当てて微笑んで言う。
僕は落ち着いていたわけではない。考えることで手一杯だっただけだ。そのうえで質問を保留した。
考え抜いた末、感情が沈み込み、絞り出すように声を出したに過ぎない。
「では改めて――ようこそ、『浄界(じょうかい)』へ!お主を歓迎しよう!」
視界が開ける。頭上には色とりどりの美しいステンドグラス。ここは教会のようだが、『浄界』とは一体?
「まずは落ち着いて話すとするかのぅ。あちらに座るがよい」
彼女に促され、僕は長椅子へと移動する。何も言わずにおとなしく座った。
「とうっ!」
次の瞬間、彼女はふわりと宙に浮かび、空中で半回転宙返り。そして、僕の膝の間にちょこんと収まった。
……いや、人間技じゃない。それに、なんで僕の膝の間なんだ?
「10点満点!」
そう言って、にこやかに見上げてくる彼女。自然と僕もうつむき、視線が交わる。なぜこんなに距離感が近いんだ。何もかもがおかしい。
彼女はゆっくりと口を開いた。
「まず、お主の来歴を整理しよう。彷徨憂眞(ホウコウ ユウマ)、17歳。高校生。男。黒髪。学生服。日本人。成人男子の平均的身長。現世でトラックに轢かれて死亡」
……いやいや、ちょっと待ってくれ。死亡?僕はここにいるじゃないか?混乱が加速する。
彼女は懐をごそごそと探り始める。そして取り出したのは――テレビのリモコン?
「それでは、ポチっとな」
ずいぶんとレトロなセリフをいいつつ、彼女がボタンを押すと、眼前の床が突然開き、そこから巨大なモニターとテレビ台がせりあがってきた。なんなんだ、これは。
「VTRぅ、スタートぉ!」
彼女がリモコンの再生ボタンを押すと、モニターに映し出されたのは……僕自身だった。
映像の中の僕は、公園でボール遊びをしている子供を見ていた。道路へボールが転がり、子供がそれを追いかける。その瞬間、トラックが猛スピードで迫ってくる。
僕は周囲を見回し、そして……一瞬の躊躇の後、飛び出した。道路の真ん中で立ちすくむ子供をかばい、必死にトラックの前へ。
子供を突き飛ばし、僕はトラックに跳ねられる――そこで映像は暗転した。
「嘘だろ……。これ、本当に?」
「お主の生前最後の景色じゃよ」
彼女の言葉に、胸が締め付けられる。記憶が曖昧だったが、ようやくぼんやりと蘇ってきた。
ショックを受けながらも、どうしても確認したいことがある。
「あの子は、助かったんですか?」
その問いに、彼女はただ柔らかく微笑んでうなずく。
よかった。とはいえ、あの時迷わず、もっと早く動いていれば僕は死なずに済んだかもしれない。
――そんな後悔が頭をよぎる。だが、もう戻れない。一旦事実を受け入れるしかない。
「あぁ、僕は死んだんですね。…じゃあ、もしかして?」
僕は曖昧な質問を口にした。
「よっこいせ」
彼女は僕の膝から降りた。子供のような声色なのに掛け声が不思議とババ臭い。
「そう、ここは死後の世界の一つ。わらわが過ごす『浄界』の教会じゃよ」
さっきも聞いた言葉だが、まだ理解が追いつかない。
彼女はモニターの前に立ち、話を続ける。
「死後の世界…浄界、ですか?」
これは質問というより、相槌だ。続きを促す形で言った。
「うむ、浄界の入り口となるこの教会は生き様を清算するところじゃ」
「えぇと、それは地獄の閻魔様の裁きのような?」
僕の知識の中で引っかかる関連項目を引っ張り出して質問する。
「似て非なるものじゃな。閻魔は罪によって裁きをする。わらわの浄界は生前の善行で徳を測り、ポイントを決め、高ランクの者に輪廻転生に特典をつけるシステムを考案したのじゃよ」
モニターには、清い心を示す白いハートを抱えた人間のシルエットが映し出される。その隣では、目の前の幼女がデフォルメされたキャラクターが玉のようなエネルギー体を渡している。
善い行いをすれば天国行き――そんな話は聞いたことがある。しかし、それを明確に評価する場所があるとは思わなかった。意外な盲点だ。
「なるほど、この場所のことは分かりました。平凡な生き方だった僕は人助けで少しだけ特典をもらって転生なんですね」
僕の言葉を聞いて、彼女は小さく首を振った。
「いや、お主の生前の最後の行動、命を懸けて子供を救った。浄界の基準で言えば、非常に高く評価されるべき善行じゃ。文句なしのSランク。そのような優秀な若者が全ての記憶を失い、通常の輪廻転生をさせるのは惜しい。だからこそ、お主には特別な力を与えて異世界へ転移する特典を授けるのじゃよ」
彼女の熱弁に、僕は軽く肩をすくめた。
「いやいや、さすがに過大評価じゃないですか?」
冗談めかして言ったが、彼女は真剣な顔をして見つめてくる。
どう考えても僕に対する評価が高すぎる。それでも、褒められるのは悪い気分ではなかった。
ようやく、彼女が言ったことが頭の中で整理できた。
「ここまでで何か質問はあるか?」
彼女に問われて、まだ残っている疑問を考える。いくつもあるが、一つだけ、ずっと気になっていることがある。
「最初に言ってた『どぅぅるるるぅ』って、何ですか?」
彼女は少し首をかしげて、まるで当然のことだと言わんばかりに答えた。
「ドラムロールじゃよ?」
可愛らしくキョトンとした顔で首をかしげる彼女に僕は思考を停止した。ドラムロール、だそうだ。
ばんやりしてる僕を横目に、彼女は話を続ける。
「質問が無ければ話をすすめるぞぃ。さて、与える特典は特別な能力、俗に呼ばれる『チート能力』と呼ばれるほど強力なものでもよい。好きなものを一つ選んでよいぞ」
彼女のリモコンの操作で、モニターに次々と文字が浮かび上がる。
目の前に現れたのは膨大なチートスキルのリストだった。
「ひ、一つだけ選ぶんですか?」
「そうじゃ。一つだけじゃ」
……選べない。魅力的なものが多過ぎる。いろんなフィクション作品で見てきた特別な能力、チート能力の数々。どれでもよい、いやどれもよい。素晴らしすぎて決められない。
「お主、随分と悩むのう」
彼女は少しあきれたような、でも楽しそうな顔で僕を見ている。古今東西、あらゆる知識を総動員した。
こういう時、僕の思考は一つに行きつく。決まってる。
「決められないに決まってる!」
叫んだ。頭がパンクして感情が爆発した。
「…しばらく考えさせてください」
僕は思い切り叫んだ後で、自分の中に残った選択肢を確認する――考える時間をもらうこと。それしかなかった。
僕は決めることを後回しにすることを決めた。こういうのはよくないことだと解ってる。でも、決められないんだ。
…ゆっくりと顔を上げ彼女の顔をうかがった。僕の予想に反して、その顔は満面の笑顔だった。怖いほどの笑顔だ。
「キュフフ。お主のような優柔不断は珍しくもないからのぅ。解らないままでは選びようもなかろう」
彼女はまた懐をごそごそとしだす。
「パンパカパーン!『ニューワールドシミュレーター』じゃ!能力を試す機会を与えてやろう」
出てきたのはVRゴーグルのような機械。どこにこんなものをしまっていたんだ……?
「試す……?」
「そうじゃ。このシミュレーターで好きな能力を仮に選んで、異世界生活を体験できる。納得できるまで試すがよい」
なるほど、日本語に訳せば新世界仮想体験ってとこか。これなら頭だけで悩まずに済む。
「ありがとうございます。これで考えをまとめやすくなります!」
僕はゴーグルを受け取った。
「キュフフ。好きなだけ悩むがよい。それこそ死ぬほど考え続けていいぞ」
僕はその言葉に救われた気がした。全てを包み込むような温かみと寛容さが滲んでいた。けれど、彼女の目がきらりと光った瞬間、ゾッとする。
「いや、ここでは――生き返るほど、じゃな?」
その意味深なジョークに、僕は生死の境目が曖昧になる感覚を覚えた。
チート シミュレーション コンプレックス ~優柔不断の力で最考の新世界を‼~ カミヤシロ アキラ @kamiyasiro
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