雪の足跡

@rakkoparasol

雪の足跡

 まだ誰の足跡もないその道を行くのは、まるで探検家になったような気分でワクワクした。

 新雪。

 年に一度二度しか雪の積もらない土地だった。雪の降った日の幼い私は、それはもう期待で眠れぬほど。真っ黒のガラスに顔を白目が凍りそうなほど押し付けて、降る降る雪を数え数える。

 つもれ、つもれ。と祈りと言うよりは呪いのような密度で念じ、明くる朝、どっかり積もった雪を見ては家族が呆れるほど喜びまわり、積もらないとなれば次の雪が降るか泣き疲れて眠るまで泣いた。普段はわがままも言わず、園でも家でも聞き分けがいいと言われる私だったから、雪に対してだけ異様に執着があることが家族を慄かせていた。あの頃の私は従順だけれども、時々そんな子どもならではの絶妙なこだわりが首をもたげる瞬間が大人たちには面白かったらしく、いくつかは笑い話になっているせいで、未だにあの日のことを不意に誰かが口にしてしまう。


 その日の雪は前日から積もると予報された通り積もり、年に一度あるかないかの大雪で幼稚園が休みになったのも相まって、年中だった私のはしゃぎようと言ったらなかった。

 つもれ。つもれ。つもれ。さもないと。

 前日。冷たく黒い窓ガラスに吹き付ける息が透明になるまで雪を数えていた私は、明くる日、庭のバタ雪(私の居た山間部ではくるぶしが埋まる程度の積雪のことをそう呼んだ)を見て卒倒しそうなほど喜んだ。 

 踏み出すなり長靴の下で潰れた水に還るバタ雪は、「助かった」と肩の荷を降ろしていたのかもしれない。

 それまでの短い私の人生の中で、その日の積雪は一番の量だった。

 そのせいで、私が家を出る頃にはもう除雪車や地域の大人によってあらかた除雪されていた。

 前日から積もると言われていたのだから当たり前と言えば当たり前なのだろう。

 そういえば〈シオヲマク〉だとか〈ジョセツシャヒイテ〉などという言葉も聞いた覚えがある。車道や畦道の雪は汚く剥がされ、せっかく白く積もった美しい雪の上には人の手が加えられた泥混じりの汚水がまぶされている。怒りで言葉を無くしたのは、後にも先にもあの雪の日だけだった。

 シカタナイネ。そう言えば荒れ狂う子どもをどうにかできると甘やかされてきた大人は、静かな怒りに気づけない。凝縮され、煮え切られ、還元された怒りは水のように透明で、一見無抵抗にすら見える。

 泥の雪景色を指差して、子どもらしく「たんけんしてくる」と言う私に〈アンマリトオクマデイッチャダメダヨ〉と呑気に返した大人どもに半ば後悔させてやるような気持ちで、幼い私は冒険の旅に出た。

 雪が見たい。地面を塗り潰すあの輝く銀の雪畑が。さんざん見飽きた山の景色を新緑や紅葉の美しさなど及びもつかぬほどに圧倒的に景色を刷新する凶暴さすら感じる雪が。

 家の裏に山があった。山間部の家なんて、どこも大抵そうだった。その山はうちの家系の持ち物だったから、唯一子どもが遊び場にしてよかった。山裾だったのもあって、獣避けの柵で囲われたその一帯だけ雪が残されている。私への情けだろう。でも、私はそれで満足できなかった。情けの加えられた雪なんて、なすすべなく除雪された雪よりももっと惨めに見えた。いくつか足跡をつけてみたところで早々に飽きた私の長靴は、〈アブナイカラネ〉と言われていた柵を迷わず越えた。到底子どもが越えられる高さではないと思われていたビニルロープの柵は雪の重みでだらしなくたわみ、そうでなくとも〈越える〉と決意を前に惰性で作り付けられた柵が機能するはずもない。柵の向こうへ飛び降りた私の体重を、雪が受け止めた。

 ぎゅっ。

 その硬さ。アスファルトとも土とも違う独特の反動。その瞬間、私は私が自分の足で立つのを知覚した。そこからは、除雪への怒りも恨みも忘れて、ただ高揚だけが私を突き動かした。

 容赦のない雪の坂道。どこまでも白くまだ誰も踏みしめていない雪の大地。私の歩いた場所にだけ足跡が残り、道になるのは、まさしく私自身が世界の地図を描いているかのようで、この山すら越えて、遠い外国の、ペンギンやシロクマだっていないような雪の向こうへ行ける気がした。

 一つ柵を越えた。聞き分けのよい子だった私は転がり落ちるように山の奥へ奥へと、奥へと、奥へ、奥へ……。


 どれほど歩いたかしれない。疲れなんて知らなかった。

 ぎゅっ。ぎゅっ。私の足音が私の足を駆り立てる。

 進むほどに傾斜のキツくなる山の道で、私はとうとう手をつきながら、這うようにして歩いた。

 窮屈なほど木の茂った山の中を、子鹿くらいの背格好で蛙のようにのしのし進む。

 地面スレスレの視界の先に、チラリと何かが見えた。雪だった。見上げれば、空に灰色の雲が項垂れるように広がっている。

 雪雲から身をちぎるようにボタン雪が降る。ボタンゆきはつもらない、などと興が醒めることを言う部落の人間が私は大嫌いだった。ボタン雪だろうがなんだろうが、雪ならば積もれ。

 つもれ。

 やおら疲れを覚え始めていた私の体を、久方ぶりの怒りが駆り立てた。

 獣のように四つ足で雪山を歩いていた私は、意地になって、すくっと二本の足で立ち上がる。

 っぎゅ。

 その時だった。

 ふと、視界が開けた。

 鬱蒼と木の茂る冬の山の中に、ひとすじの道が伸びている。

 まるでそこだけ誰かのために誂えられた花道のように、うねる木の根はそこを避け、雪の重みに折れる枝さえそこに陰を落とさぬよう、器用にねじれて道を空けていた。

 開けた景色を前にして、私は真っ黒な洞窟を見つけたような気持ちになった。

 何せ、先が全く見えないのだ。

 地図にない道を見つけたと言うよりは、忘れられた洞窟を見つけた。そんな気持ちで、私は灯を差し出すように右足を踏み入れた。ぎゅ。

 空気が変わった。大人になった今の私なら、当時の感覚をそう表現したかもしれない。

 けれど、当時の私の感覚は今の付け焼き刃の慣用表現に甘える私なぞよりずっと冴え渡っていたらしく、直感的にこう理解した。〝ひとりふえた〟と。

 真っ白な道を歩く。まだ誰の足跡もついていない雪道に足跡をつけるのが大好きだったあの頃の私は、大好きな景色を前にしかし少しずつ〝何か〟の気配を嗅ぎ取っていった。

 右足と左足を交互に出す合間に、もう一つ二つ別の足音が続く気がするが、振り向くことも立ち止まることも何故かできない。その理由が、言葉に慣れすぎた今の私にならわかる。あの頃、私はこわいを知らなかった。

 出し抜けに、庭のような場所に出くわした。

 真っ白な雪の道を歩いた果てに、まあるく木々は気配すらないぽっかりとした無の空間があった。

 幼稚園の庭くらいの広さ。遠足で行った神社の境内を思い出す。

 庭とは、言い得て妙だったのだろう。

 そこより先に、道は続いていない。と言うより、その周りにその庭に至るまでの道らしき道はなく、無論これまで見た足跡は自分の足跡だけだった。しかし、そこには夥しい数の足跡があった。

 誰かがそこを延々とぐるぐる歩き回ったような、雪という雪を踏みしめた足跡がある。

 何かを探しているのか、そこで何か落としてしまったのか、庭を満たす足跡はいくらでもあると言うのに、そこに至るまでの足跡が一つもないのだ。無論、鳥の足跡などではない。何せその足跡はヒトの手の形をしている。



 て?


 三歩分ほど先にある足跡は、どう見てもヒトの手形であった。その先のも、横のも、全て。

 自分の手と同じ。

 じゃんけんで、怖いもの知らずに手を広げた時のような指の形。ああきっとその方が歩きやすいのだろう。

 見れば見るほど、その跡は手の形をしていた。人間の手。にもかかわらず、幼い私はそれを〝足跡〟だと直感した。地面に残された跡だから足跡なのだと先入観がそうさせた、そう結論づけるのが妥当なのかもしれない。しかしその直感は眉唾もどきの科学的根拠など追いつかないような速度で私の鳩尾を舐め上げた。これは、手だ。手の足跡がある。


 ふと。

 

 ぎゅ。


 足跡が増える。

 目の前で、何もない空間の大気が圧迫され、雪の上にテガタの足跡がつく。


 ぎゅ。 ぎゅ。


 丸い庭の遠くの方で、手の足跡が歩いている。何かを探すように。ここで何か落としたように。ぎゅぎゅぎゅ、ぎゅぎゅぎゅぎゅと変則的に増える足跡は歩幅も大きさもまばらならば見知った動物の歩き方ですらない。そのうち、


 ぎゅっ。


 一際大きな足跡が雪の上に振り下ろされた時、驚いて私は「ひっ」と息を飲んだ。

 しまった、と気づくと同時に、手の歩行が止まる。

 まあるい庭の向こう岸で何かを探すようにうろうろしていた手が今や真っ直ぐこちらを目指しているのがわかる。見つけたのだ、私を。

 ぎゅ。

 ぎゅ。


 逃げなければ。

 ぎゅぎゅ。

 けれど足が震えて動かない。ぎゅ。声も。ぎゅ。涙すら今さら凍って出てこない。ぎゅゅゆ。

 その時、かくんっ、と膝が折れて前のめりに転んだ。元々中途半端に突き出していた手のおかげで顔から着地せずに済んだが、手のひらの下で潰れる雪の「ぎゅ」というおぞましい音を間近で聞いてしまって私はそれ以上震えることさえできずに固まった。

 ぎゅ。

 気づいたら、庭の淵にいた。

 俯いた視界の端。二歩分の距離に、新しい足跡ができる。

 あ。

 それは小さな手だった。幼稚園のお散歩で繋ぐ友だちの手のような。それよりもっと小さいような。おままごとの手だ。指をこちらに向けて手が歩く。ぎゅ。もう一歩。あと一歩その手の踏む音を頭の後ろで聞いたその時、

「居たぞ‼︎」

「居たぞォーッ‼︎」

 突如雪崩れ込んできた音の奔流に、私はぽかん、と口を開けたまま立ち尽くした。

 すぐさま毛布やら何やらが巻かれ、消防団の服を着た人に抱きかかえられる。

 地面から足が離れた途端、鼻に冷たい空気と一緒に、汗の匂いや煙の匂い、車の排気口の匂いなんかが押し寄せてきて、最後に、頬に飛んできた油の混じった泥の匂いを嗅いだ瞬間、私は堰を切ったように泣き出した。

 家の庭の柵を越えたあの時から三夜、私は行方不明ということになっていたらしい。

 誘拐か、どこか谷にでも落ちてしまったのではないか。

 もしくは野生の動物に襲われてしまったのではないか。

 地元の青年団はもちろん、警察や消防まで動員する大騒ぎは、自宅から少しだけ離れた山の際で突として解決した。

 冬の山を三夜も彷徨いながら発見当時の栄養状態は非常によかったことから、失踪でなく誘拐や監禁が第一に疑われたが、失踪当時の状況からして立証が難しかった。失踪地点と思われる自宅の庭の周りにも、発見地点にも、本人の足跡以外何もなかったことが捜査を難航させた。

 精神的なストレスからか、発見当時、後頭部の一部に脱毛が見られたがそれ以外は体のどこにも不審な外傷はなかったことや予後良好であること。何より、失踪者本人による摩訶不思議ではあるが一貫性のある証言に病理的な原因を見出せないことが主因として、本件は迷宮入りという形で幕を閉じた。

 気楽な報道記事は『神隠し⁉︎』と囃し立てたが、この件を長引かせることは本人の成長によろしくないとして、ゴシップ好きの限界集落にしては珍しくものの数日で潮を引くように誰もこの件を口にしなくなった。程なくして、春が来る。


 あの日、私が体験したことを私は混乱しながらもはっきりと記憶している。

 庭の柵を越えて雪山の中をずんずん進んで行ったこと。途中、傾斜が厳しくて手をついてでも雪の上を這っていったこと。そして、あの手の足跡。


 あんなことがあったと言うのに、あれからも私は雪のことが好きだった。

 無論、雪の日にかかわらず中学に入るまでは一人だけで外出することさえ大人は嫌がったが、雪が降った日には家族の誰かを道連れにしてでも外に出て雪遊びを続けた。雪さえ絡まなければ聞き分けの良い子だったので、たまに居る強烈に石集めにハマる子どもや、特定の虫を愛してやまない子どものようなものだと周囲の大人も理解して、変に怖がりになるよりいいかと妥協を勝ち取っていった。

 就職するようになってからも、わざわざ雪の降る地域に住んではせっかく雪が降ったというのに労働を強いる品のない我が社に腹を立てることも毎年の通過儀礼として不承不承許可している。

 ほら部長見てくださいここからここまで全部自分の領土っすよ、と白い息をハアハアさせながら会社の敷地内に作ったマイ雪土俵を部長が軽い気持ちでSNSに投稿したところ鬼のようにバズってしまい、部長が通知の止まない携帯を虫のように怖がっていたのを見れた時は、雪が好きでよかったなあとさえ思った。今度部長とかまくらを作る。

 そんな風に、相変わらずちょっとおかしいくらい雪が好きだからだろうか。

 あの雪の庭のことを思い出すのは雪の日ではなく、書類にハンコを押す時なのは。〈了〉

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