第3話 せいなるいっせん

「あ、あー。コマッタナー。襲われちゃったら、コマッチャウナー」


 ところどころ棒読みっぽく聞こえる佑奈ゆうなの声。更にいえば、彼女の顔つきと仕草もなんだか可笑おかしい。首をカクカクと動かしつつ、目をキョロキョロと泳がせている。そんな佑奈の姿を見て、僕は思う。


 ・・・なんだか襲って欲しそうだな。チカラを失ってもイイのか?


 そんなことを思っていると、不意に校舎の窓がひらく。


「おい、オマエら、いい加減にしろ。イチャイチャするのも大概にしろ」


 いた窓からは、担任の男性教諭が顔を覗かせた。そんな状況に、思わず僕は叫ぶ。


「先生っ!? ど、どうしてココに!?」


「なに言ってるんだ? ココは職員室だぞ?」


 ・・・どうやら僕と佑奈ゆうなは、職員室のすぐ外で話をしていたらしい。


「えっと、あの・・・。僕たちの話、聞こえてましたか?」


「あぁ。さっきから大きな声でワケの分からん話をベラベラと・・・。職員室にいる先生方、全員に聞こえてるぞ」


 ・・・なんてことだ、これは恥ずかしい。いや、恥ずか死ぃ───だな。


「ホントにいい加減にしてくれ。オマエらは普段からイチャイチャしてて、噂になってるんだからな。場所をわきまえずに手を繋いだり、キスをしたり」


「す、すみません・・・」


「嫉妬のあまり、オマエらを呪い殺そうとしてる生徒や先生がいるんだから、気を付けろよ」


「はい・・・」


 ・・・ん? 先生だって? 先生の中にも、僕たちを呪い殺そうとしてる人がいるのか? なんて大人げないんだ・・・。


 担任からの注意を受け、僕と佑奈ゆうなは帰路につくことにした。








 学校からの帰り道。別れ話は、どこへやら───という感じで、僕と佑奈ゆうなは手を繋いで仲良く歩いている。


「そういえば、大丈夫なの? 佑奈ゆうなの話、職員室に丸聞こえだったみたいだけど・・・」


 厳密にいえば、チカラのことは昇降口にいた生徒たちも聞いていた。となると、その全員が佑奈ゆうなの一族に殺されてしまうかもしれないのだ。


「大丈夫、大丈夫。あんな話、普通は信じないから」


 それはまぁ、そうか。


「それでね、しょうくん。これからのこと、どうする? やっぱりワタシは悪の組織を倒さなきゃならないし、チカラを失うワケにはいかないの。だから翔くんと一線を越えるのは、随分と先になると思うんだけど・・・」


 眉を八の字にして、上目遣いで僕のことを見ている佑奈ゆうな。彼女はそれなりに大きな悩みを抱えているが、一方の僕は呑気なモノである。彼女の今の表情をとても可愛らしいと思いつつ、眺めているのだから。


「あれ? そういえば・・・。チカラのこととかは、佑奈ゆうなの一族は知ってるんだよね? だったら悪の組織と戦える人は、佑奈以外にも、いるんじゃないの?」


「うん、いるよ」


 あ、いるんだ・・・。


「だったら佑奈ゆうながチカラを失っても、なんとかなるんじゃ?」


「ハッ! た、たしかに・・・」


 今まで気づかなかったのか・・・。佑奈ゆうなは天然なのかな?


「ちょ、ちょっと待っててね!」


 慌てて繋いでいた手を離し、少し離れた場所に移動した佑奈ゆうな。そうして彼女は通学カバンからスマホを取り出し、電話を掛けた。


「あ、もしもし? お母さん? あのね───」


 声を聞かれないようにするために僕から離れたのだと思うのだが、それでも佑奈ゆうなの声は聞こえてくる。テンションが上がっているせいか、声が大きいからだ。


「うん、うん・・・。そう、それでね───」


 どうやら母親にチカラのことで相談をしているらしい。それはつまり、僕と一線を越えることを相談しているということだ。・・・恥ずかしい!


「そっか、そうなんだ・・・。うん、うん。分かった、じゃあね」


 電話を切ると、佑奈ゆうなは元気よく駆け寄ってきた。


「やったよ、しょうくん! ワタシたち、ヤりまくれるよ!」


 あのね、そういうことは小さな声で言おうね。あと、言い方も考えようね。


 佑奈ゆうなの【無邪気さ】というか、天真爛漫なところに多少は呆れた僕。とはいえ、これは朗報である。これで僕たちの恋路を邪魔するモノは、もう何もないのだから。


「ねぇ、しょうくん・・・。今から、ウチに来る?」


 えっ!? そ、それって・・・。今から、する───って、ことだよね!? 展開、早っ!!


「そ、それじゃあ───」


 待て待て! 落ち着け、僕!


 唐突に訪れたビッグウェーブに乗ろうとした僕だったが、一旦、落ち着くことに成功した。そうして、よくよく考えてみる。


 流石に佑奈ゆうなの家で一線を越えるのはマズいだろう。代役がいるとはいえ、佑奈のチカラは一族にとって、大切なモノの筈だ。よって、そのチカラを彼女の家で失わせるのは、如何なモノだろうか。


 ・・・というか、僕が襲われたりするかもしれない。『やっぱり佑奈ゆうなのチカラは必要だ』という話になるかもしれない。となると、僕は殺されかねない。だから単純に怖いのだ。佑奈ゆうなの家に行くのは、暫くは遠慮した方がイイだろう。


 とはいえ、佑奈ゆうなを僕の家に招くことも無理だ。なぜなら母親が常駐しているからだ。僕の母親は、いわゆる在宅ワーカーであり、家から出ることは、そうそうない。出社するのは月に一回程度だし、買い物も週に一、二回で済ませる。僕はゆっくりと落ち着いてイチャイチャとしたいので、母親が目と鼻の先にいる空間では気が気でない。ということなので、取るべき手段はおのずと限られる。


「ホ、ホテル・・・、行く?」


 渾身の勇気を振り絞り、僕は言った。だが・・・。


「・・・ホテル? どうして?」


 佑奈ゆうなはキョトンとして、首を傾げた。


「え? あ、あれ?」


「えっ!? ちょっ!? も、もしかして・・・、しょうくん・・・、ヤル気マンマンなの!?」


 だから言い方!!


「あ、えと・・・。ウチに誘ったのは、『お母さんに紹介しようかな』って思っただけで・・・」


 そうだったのか!!


「でも、まぁ・・・。しょうくんがヤル気なら・・・、行こっか?」


「う、うん・・・」


 再び手を繋いだ僕たち。そうして繁華街へと仲良く赴き、やがてラブホテルの前に立つ。


「な、なんだか、ドキドキするね! ワタシ、久しぶりだから、緊張しちゃう」


 ・・・はい? 久しぶり? 僕は初めてなんだけど?


「えと、佑奈ゆうな? ラブホテルに来たこと、あるの?」


「うん」


 おいおいおい、どういうことだ!?


 佑奈ゆうなは、一線を越えるとチカラを失うとのことだった。そしてそのチカラは、まだ失われていないらしい。となると、彼女は処女の筈。それなのにラブホテルに来たことがあるというのは、一体どういうことなのだろうか。


「あ! と、友達! 友達と見学に来たことがあるだけだから!」


 友達? それは、いわゆる【性なる友達】───詰まるところの、セフレじゃあないのか?


 ・・・とは思ったが、佑奈ゆうなが処女であるなら、セフレというカテゴリーには入らないだろう。彼女の中には入っていないのだろうから。


「ご、ごご、誤解しないでね! 女友達と見学に来ただけだからね!」


 えらく慌てて必死に否定しているところが、余計に怪しい。とはいえ、佑奈ゆうなが処女であるか否かは、このあとに分かることだ。だから、ここで押し問答をしても意味はないだろう。


 ということで、僕たちはホテルの中へと入っていった。その、およそ三十分後・・・。


 僕は、佑奈ゆうなの中へと入って、イった。彼女はたしかに処女だった。




 そうして僕と佑奈ゆうなは無事、一線を越えたのだった。



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二年間付き合った彼女に突然振られたのだが、その理由というのが冗談としか思えないので、とりあえず僕は足掻いてみた @JULIA_JULIA

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