第11話
その時だった。
突然、背中にギュッと圧迫される感覚があって私は動けなくなった。
ガッシリと後ろから私の身体を捉えてくる大きな何か。とても気持ちの悪い動きが私の身体を大きく揺さぶる。
グッと背中に硬い衝撃が食い込んでくる。
前足をピンと伸ばした私の体は信じられないくらい大きく波打った。
苦しい…息が、うまく吸えない!
向こうの方に彼の背中が小さく見える。
私は小さな手を必死に彼の方へと伸ばした。
声が出ない。
彼の姿がゆっくりと白くぼやけていく。
身体が飲み込まれていくのが分かった。
そっか…私…捕まっちゃったのか。
完全に力が抜けたその瞬間、身体が大きく上向きになった。星のない暗い夜空が一面に広がっていた。
遠くの方に小さな満月が確かに光っているのが見える。
大きな哀しみの中に、彼の笑顔が鮮明に思い浮かんだ。
それが私の最後の景色だった。
グッと頭が潰さるのが分かった。
目の前がゆっくりと暗くなる。
世界が閉じていく。
そして、真っ黒になって私の何もかもは消えて無くなっていった。
とうこちゃん。とうこちゃん…。
遠くで誰かの声がする。
とうこちゃん…分かる?私が誰だか…見える?
ゆっくり目を開けると心配そうに覗き込む女性の顔があった。
ここはどこだろう。
えっと…、病院?
「あぁ…良かったぁ…。」
泣いている年配の女性は…私の、お母さん?
あぁ、そうだ、お母さんだ。
「とうこちゃん、分かる?移植手術成功して、元気だったのに。随分と長い事眠ったまま起きなくなっちゃって。」
独特のイントネーションの、でもとても聴きやすいゆったりした声が耳に心地良かった。
「良かった…。目が覚めて本当に良かった。」
手を握りしめる温かくて柔らかい感触。
よく知ってるお母さんの手だ…ぼんやりと私は思った。
そしてお母さんの隣で静かに私を見つめる旦那さんの顔があった。
ずいぶんと久しぶりに味わう様な、とても深い心からの安堵感が私を大きく包む。
私は大きく息を吸いこんでそしてゆっくりと吐いてみた。
呼吸ができる。私、生きているんだ。
私は口を開けてゆっくりと声に出して言ってみた。
「私、もう大丈夫だよ。」
その声を合図にするかのように、止まっていた空気が流れ出して新しい時が始まった。
そんな気がした。
fin
君にアセンション。 三浦カエル @kaerumiura
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