第5話

「――向。――日向」

 世界が揺れる。ファンタジーや終末モノではないハズなのだが。

 いや揺れてるのは――。

「おーい、日向ちゃん。と、気づいた。すごい集中力だね」

 西條先輩が本の間から覗き込むようにして言った。

「あ、すみません」

 慌てて鞄の内ポケットから腕時計を取り出す。最終下校時刻間近であった。

 本をしまい込みながら、葵は――と薄暗くなった準備室の中を見渡す。

 なにがどうしてそうなったのか知らないが、デッサンモデルを抱いて寝落ちしている。

「悪いんだけど、日向ちゃんは三雲ちゃんを起こしてくれる?私はあっちをどうにかするから」

 西條先輩は親指で有喜多先輩を指さした。

 葵の肩を揺する。マヌケな欠伸声をだしたかと思えば「なにこれ!」と、抱いていたデッサンモデルを突き放した。

「少しは書けた?」

「いや、全然」

 葵が立ち上げたワープロは真っ白。

「ま、でも」と葵が腕を上げて伸びをする「書けそうかな」

 なんだか葵が羨ましかった。

「ツッキー」と少々強めな声が聞こえたのはそのとき。

 みれば全く変わりのない有喜多先輩と呆れた様子の西條先輩の姿が映った。

「まぁた悪い癖がでてるよ」

 有喜多先輩の机を叩く指が止まり、静かにパソコンの電源を切り深く椅子に腰かける。

「腹減った」

 開口一番にそう言った有喜多先輩の頭を西條先輩が軽く叩いた。

 ふと隣をみると葵が革の手帳にメモを殴り書きしている。

「あれがいいの?」

「よくない?ああいう関係」

 わからないな。と六明は笑みを浮かべながら言った。

 動かした椅子や机を片し、準備室を出ると野阿弥部長が椅子や机を事細かくみていた。

 なにしてるんですか?と葵が聞くと備品の確認だという。

「ないとは思ってるんだけど、部内でキズを増やしたとかになるとイヤだからね」

「真面目過ぎるんですよ編集長は。キズの一つや二つわからないですよ」

「そうですよ編集長」

「あのね」と野阿弥先輩が机の下から顔を上げる「二人は編集長、てからかいたいだけでしょ。ほらとっとと帰れ」

 ありがとうございました。と最後になった六明が一言礼をいい扉を閉めた。

「で。この後どうしようか?二人の歓迎会でもする?」

 小さくだけど。と西條先輩が言う。

「いいね。甘いものが食べたい」

「あんたは書くことと食べることしか脳にないのか」

「私の欲求だぞ」

 はいはい。と軽くあしらって西條先輩が六明と葵をみた。

「二人もそれでいい?時間ある?」

「大丈夫です」

 私もです。と葵に続く形で六明も軽くうなずきながら言う。

 決まりだね。と歩き出した二人の先輩についてゆく。

 ファミリーレストランか喫茶店。最悪はコンビニで雑多に買うのかと思ったが、どうやら先輩二人はそうではないらしい。

 学校から歩き続けて着いたのは、駅前近くの餅菓子屋だった。

「赤飯にぎり二つ下さい」

 有喜多先輩が慣れた様子で会計を済ませている。

 好きなモノ頼んでいいよ。と西條先輩に言われショーケース内をざっと見渡す。

「私、みたらし団子にしよう」

 葵が決めた隣りで六明はおすすめを西條先輩に聞いてみた。

「うーん、ごま団子かなぁ」

「じゃあそれにします」

「いいの?」

「西條先輩は常連みたいなので」

 みたらしとごま団子、それに西條先輩の豆大福を手に、少し先に公園がある、というのでそこへむかうことに。

 特に遊具とかがあるわけではなく、数本桜の木が植わっているのだがほとんど散ってしまっている状態であった。

 そんな散った桜の葉で出来た絨毯を進み、年季の入ったベンチに腰掛ける。

「それじゃ、日向くんと三雲くんの入部歓迎会をはじめようか」

 有喜多先輩が音頭をとる。声色は明るい。西條先輩が先ほど言っていた通り、普段は饒舌なのだろう。

 それが表に出ないほどに書く時は気持ちが張り詰めるのかもしれない。

 ――それほどの熱を込められるだろうか。

 ふと、頭の中にそんなことがよぎった。

「日向ちゃんどうかした?まあ、こんな歓迎会になっちゃったけど私たちお金ないからさ」

 西條先輩が右手の人差し指と親指をくっつけた。

「あ、いや――」

 そうじゃないです。と六明が手振りを交え、あたふたと答えた。

「はは、冗談だから。冗談」

 西條先輩がケラケラと笑う。

 六明も愛想笑いを作り、ごま団子を頬張った。

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小話をちょっと 万年一次落ち太郎 @7543

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