夏の終わり

紫苑 椿

夏の終わり


私はカゲロウ揺らめく道を進んでいた。

とても暑い。

夏という感じがする。

しかし、今日は中でも一番暑かった。


木々にとまったセミがうるさく鳴いていた。

彼らの命はたった七日しかない。

その時間で一体何ができるというのだろうか?

まったくもって、不幸で可哀想だなぁ…

なんて思いながら先を急いだ。



ただ生きているだけの日々は空っぽで面白味など何もない。

きっと私は、水も何も入っていないグラスのようなものなのだと

ただ何となくそう思った。



やがて私は公園に到着した。

結構広い公園だ。

公園の敷地をたくさんの木が規則正しくぐるり、と囲んでいる。

そしてその真ん中には噴水がある。

噴水の辺りは涼しい。

私は噴水のふちに座った。



すると、すでに先客がいたことに気が付いた。

その子は男の子だった。

顔は整っており、こんな夏だというのに肌は冬に取り残されたように雪のように白かった。

男の子は楽しそうにサッカーをしている子たちを羨ましそうに見ていた。

入れてもらいたいならば、さっさと仲間に入れてと言えばいいのに。

と私が思っていると、その子がふと、こちらに話しかけてきた。



―――――「君は死ぬってやっぱり怖いものだと思う?」―――――



私は突然そんな質問をされて戸惑った。

「死ぬことは怖いことかもしれない。けれど、私は死ぬときに後悔はしたくないな。

 だから精一杯後悔しないように生きればきっとそんなに怖くないよ。」

と言おうと思ったけれど、言葉にならなかった。


それから、男の子は少し間をおいて、



「僕は、心臓の病気なんだ。だからみんなみたいに生きられないんだ…」



と悲しそうに言った。



「でも、四日後に手術があって、それで治るかもしれないんだって…。

 お医者さんが言っていたんだ。

 だけど成功する可能性が限りなく低いんだって…。

 もしかしたら、四日後に死ぬかもしれないんだ。」



顔をゆがめて男の子は泣き出してしまった。



「…………………………。」



私はどうすればいいか分からず、何も言えなかった。


「いくらか話をして楽になったよ。

 ありがとう。」


と微笑んだ。

男の子が泣き止んで私はホッとした。


男の子は右手で、ゴシゴシと乱暴に涙を拭いた。

すると、男の子のお母さんが慌てて男の子を連れて帰った。

どうやら、男の子は病院から抜け出したらしかった。

この町で一番大きい病院へと二人で歩いて行った。







そして私は、次の日その病院まで行った。

男の子が窓辺で本を読んでいるのが見えた。

どうやら男の子の部屋は二階のようだ。

私は、ちょうど二階へと伸びている木に登った。

男の子は私に気が付かない。

だが、それでよかった。

私はそれから手術の日まで男の子を見守り続けた。

こっそりと…。

男の子は本を読んだり、たまに窓の外を見ている。

たまに不安そうに顔を伏せて泣いているが、

お母さんの前では泣かないようにしているようだった。



やがて、手術の日が来た。

私はその日も男の子の様子を見に行きたかったけど、

いつもと違い体調が悪かった。



だから、公園にいた。

初めて少年と出会った思い出の場所。

少年は私の事なんてもう覚えていないかもしれないけれど。

私は、別にそれでもよかった。


私は男の子に出会って、「ありがとう」と言われて…

それが私にとってのすべてなのだから。

ゆっくりと、意識が遠のいていく。


もしかしたら、なんてことのないあんな一言で私はあの男の子を好きになったのかもしれなかった。

体がだんだんと冷たくなっていく。

たった、七日の命だったけれど後悔はなかった。


一日一日を一生懸命に生きて…

だから、私は死ぬことがそんなに怖くはなかった。


空っぽだった私を満たすこの思いは何だろう…?

空のグラスに暖かい水を注ぐような……

それを人間が言う感情にあてはめるならば…






嗚呼…私はこんなにも幸せだ。

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夏の終わり 紫苑 椿 @sion0826

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