第34話 女王は襲撃者を返り討ちにする
イザベラの魅力的な裸体が、月夜の光とベッド傍の洋灯に照らされ、フェリックスの眼前に艶やかに映る。
大玉の果実のようなはちきれんばかりの豊満な胸。引き締まった腰と腹部。
そしてフェリックスの太ももに重りとしてのしかかる、内ももの柔らかな感触。
フェリックスが少し足を動かせば――。
(いや、性欲に負けるな、僕!!)
危うく、イザベラの裸体に興奮し我を忘れるところだった。
フェリックスは何度も深呼吸をすることで、理性を保つ。
「ほんと、お主はうぶな反応をするのう」
「……イザベラさま、甥に夜這いをかけるなんて、異常です」
フェリックスは毅然とした態度でイザベラに接する。
ここで少しでも隙を見せたら、イザベラはフェリックスを食うだろう。
(こんなシチュ、何度も妄想したことあるけど……)
経験豊富な美女に翻弄されるASMR音源なんて、沢山ダウンロードした。エッチな動画も数えきれないほど視聴した。
だが、それが現実に起こるなど、想定外だ。
男としての本能は、魅力的なイザベラを早く堪能しろとフェリックスに告げている。
しかし、悪女であるイザベラと一夜の関係を持ったら、後々後悔すると理性がフェリックスに警鐘を鳴らし、どうにかして本能を抑え込んでいるというのが、今のフェリックスの心境だ。
(キスはまだしも、一線を越えたらダメな気がする)
転生したフェリックスは悪役キャラを引き寄せる魅力を持っている。
ミランダの場合は、彼女の人生を好転させることにつながったが、イザベラにどう転がるかは分からない。
(イザベラは悪女。ルートによっては処刑される)
イザベラは、場合によってはミランダの実家から勘当よりも、酷い結末が待っている。
革命軍エンド。
現状、クリスティーナはヴィクトルルートを進んでいるので、彼女が革命軍と関わる可能性ははるかに低い。
だが、フェリックスにとって、ここは現実。
五葉のクローバーがクリスティーナではなく、ミランダに仕込まれたように、ゲームの内容通りに進行しないことが発生する。
夢日記は預言書ではなく、参考程度にしかならない。
クリスティーナが革命軍に関わらずとも、イザベラが革命軍に処刑されるかもしれないのだ。
フェリックスの軽率な行為で、イザベラの関係者だと革命軍に目を付けられ、共に処刑エンドの道に踏み入れてしまうかもしれない。
イザベラとの関わりは慎重にいかないと。
「今朝、わらわのお尻をいやらしく撫でまわしたくせに」
「うっ」
イザベラはフェリックスの上半身に己の胸を押し付ける。
衣服越しではない、素肌と素肌が触れ合う感触に、フェリックスは身震いした。
「つまんでもおったよな?」
イザベラの熱い吐息がフェリックスの首筋にかかる。
「そ、それについては許しを得たと思っていましたが」
「その後のわらわとの接吻も、感じておったように見えたんじゃがのう」
「それはイザベラさまが無理矢理―-」
「フェリックスこそ、叔母のわらわに欲情してないかえ?」
してる。全然してる。
イザベラは世の男性を虜にする魅惑的な体つきをしている。
このスタイルで、一児の母だったなんて信じられない。
「してないです!」
「強情じゃのう。もっと素直になったらどうじゃ?」
「ひゃっ」
イザベラがフェリックスの首筋に吸い付く。
まるで吸血鬼のように、強く。
不意を突かれたフェリックスからは頼りない声が漏れた。
「そなたの身体は言葉と裏腹に、正直じゃぞ」
イザベラはフェリックスと身体を密着させた体勢で、フェリックスの腹部に触れる。
「だ、ダメです! やめてください」
フェリックスは首をフルフルと振り、イザベラに懇願する。
「ふふ、わらわは自分で言ってはなんじゃが、とても上手いぞ」
しかし、イザベラはフェリックスの必死の抗議を無視する。
「沢山楽しませておくれ、フェリックス」
イザベラの手が下腹部の方へと伸び、フェリックスの股間に触れる寸前ーー。
「好きな人がいるのです」
フェリックスの言葉でイザベラの手が止まる。
「僕はその人を……、裏切りたくありません」
好きな人。
フェリックスの脳裏にミランダが浮かんだ。
「それは、女王のわらわの相手をするより大事かえ?」
フェリックスの発言に、イザベラは眉をひそめている。
この国の貴族として、イザベラのご機嫌をとることが”仕事”である。
フェリックスに想い人がいたとしても、貴族なら強情を張らず、イザベラの性欲を満たすためならと、素直に自身の身体を差し出すべきだろう。
「……はい。僕はその人を愛していますから」
フェリックスは貴族の責務とミランダを天秤にかけ、ミランダを選んだ。
フェリックスの気持ちに答えようと努力したり、ご褒美が欲しいと甘えてくるミランダは”可愛い”を通り越して、”愛しい”の域に達している。
(僕はミランダの事を……、愛しているんだ)
フェリックスはイザベラに夜這いをかけられ、一線を越える寸前で胸の内に仕舞っていた本当に気持ちに気づけた。
愛を知ったフェリックスに迷いはなかった。
「ですから、僕はイザベラさまの夜の相手は務められません」
「……つまらん」
イザベラの身体がフェリックスから離れた。
「興が醒めた」
フェリックスのベッドから降りたイザベラは、床に脱ぎ散らかしたパンツを履き、ひざ丈の黒いナイトウェアを着る。
胸元が開いた大胆なものだが、イザベラの一糸まとわぬ姿に比べたら色香は格段に弱まる。
(こ、これはピンチを乗り切ったってこと!?)
フェリックスはほっと胸をなでおろす。
ミランダは銀の糸で模様が縫われた黒の上着を羽織り、フェリックスの部屋から出て行こうとしたその時――。
ドンッ。
近くで大きな物音がした。
☆
(爆発音!?)
静寂に包まれていた先ほどとは一変し、場が緊張感に包まれる。
フェリックスはベッドから飛び起き、衣服を急いで身に着け、杖を持った。
「イザベラさま」
「心配はいらぬ。杖は常に携帯しておる」
イザベラも自身の杖を持ち、辺りを警戒している。
「えっと、防御魔石は――」
防御魔石は机の引き出しに入っている。
(二つあった)
フェリックスは二つの防御魔石を掴み、一つをイザベラに投げる。
イザベラはそれを受け取り、自身の魔力を防御魔石に込める。
防御魔石は土色に発光し、イザベラはそれを上着の胸ポケットにしまった。
フェリックスもイザベラと同様に、防御魔石を装備する。
「女王さま!!」
廊下から、男性がイザベラを探す声が聞こえる。
(イザベラが僕の部屋にいるとか……、護衛は真っ青だろうなあ)
あの声はイザベラの護衛でやってきた騎士の声だろう。
非常時に護衛対象が部屋にいなかったのだ。
慌てて当然である。
「イザベラ女王はここです!」
フェリックスは部屋をあけ、護衛騎士の姿を確認し、彼にイザベラの居場所を告げる。
「女王様、ご無事で何より」
「ふん、護衛騎士が物音一つで取り乱しおって」
取り乱していたのは、イザベラの行方が分からなかったから、というツッコミはフェリックスの胸のうちにしまっておく。
「現状を述べよ」
「はっ!」
イザベラの命令で、護衛騎士が屋敷の状況を彼女に報告する。
先程の大きな物音は、屋敷が何者かに襲撃された音。
敵は他の護衛騎士と交戦中というのが現状だ。
「狙いは……、わらわだな」
敵の狙いは女王イザベラ。
敵は何処かでイザベラがマクシミリアン公爵の別邸に宿泊しているという情報を掴み、襲撃作戦を実行したのだろう。
イザベラが問うと、護衛騎士はコクリと頷く。
「裏手はまだ安全です。逃走用の馬車を用意しておりますので、そちらへ避難しましょう」
「うむ。案内せよ」
「はっ」
護衛騎士はイザベラとフェリックスを裏手へ案内する。
ついて行くと、荷馬車が待機していた。
これが護衛騎士のいう、逃走用の馬車だろう。
「さあ、女王様」
護衛騎士が馬車に乗るようイザベラを促す。
「はあ……」
イザベラは護衛騎士の手を振り払い、杖を向けた。
「マッド」
イザベラが護衛騎士に向けて攻撃魔法を唱える。
イザベラは土と水を複合させた"泥魔法"を扱う。
護衛騎士の身体が地面に沈む。
イザベラが護衛騎士の足元を泥魔法で軟化させ、沈めたのだ。
護衛騎士の首だけが地面に生えている。
「女王様、な、なにを!?」
「そなた、革命軍の人間じゃろ」
「っ!?」
味方からの攻撃魔法を受け、護衛騎士は動揺していた。
イザベラは冷徹な言葉で護衛騎士の正体を見破る。
護衛騎士は目を見開き、驚愕していた。
「どうして、俺は――」
「そうじゃな。そなたはわらわの護衛騎士である」
「なら!!」
「じゃが、そちは屋敷に連れてきておらん」
変装ではない。それはイザベラも知っていた。
あの言いようだと、イザベラは配下の護衛騎士の顔を全員覚えている。コルン城からマクシミリアン公爵邸に連れてきた護衛騎士を覚えているのだ。
「臭くて不細工じゃったからのう」
「くたばれ!! 外道が!!」
埋められた守護騎士はイザベラに暴言を吐き捨てる。
「マッドブレード」
イザベラは泥を刃に代え守護騎士の首を切断する。
守護騎士もフェリックスたちのように胸元に防御魔石を装備していたはず。
防御魔法は一度だけ攻撃魔法を守る道具だが、イザベラの泥魔法で胴体を埋められてしまったため、効果を発揮できなかったのだろう。
守護騎士だった男の首は斬撃の衝撃で宙を飛び、地面をボールのように二回弾んだ後、止まった。
「解除」
イザベラが杖を降ると、地面に沈んでいた男の胴体が目の前に現れる。
支えを失った胴体はグニャリと地面に倒れた。
(うっ……)
グロテスクな場面に慣れていないフェリックスは吐き気を覚え、口元を押さえる。
「フェリックス、吐き気を催している場合じゃないぞ」
イザベラは間髪入れず、荷馬車に向けて泥塊を放つ。
壊れた荷馬車には、男二人が乗っていた。
彼らの上着の胸ポケットには革命軍のマークが刺繍されている。
イザベラの予想通り、これは革命軍の罠。
彼らは敵意むき出しで、こちらに杖を向けていた。
「イザベラさま、始めから罠だと分かっていたのですか?」
フェリックスはイザベラに問う。
コルン城から連れてきていない護衛騎士だと判別していたなら、始めからこれか罠だと気づいていたはず。
何故、気付いたときに守護騎士を殺さなかったのだろうか。
「もちろん。わざと罠にかかってやったのじゃ」
「どうして――」
「わはわはそなたにお預けをくらって、イライラしておる!」
イザベラは敵に向けて広範囲の泥をかける。
「こやつらで遊んで、発散しなくてはのう!!」
泥がかかった革命軍の二人の防御魔石がそれぞれ砕かれる。
「マッドドール」
イザベラが泥魔法で、泥人形五体を作り出す。
「キラー」
成人男性くらいの大きさで、両腕が鋭利な刃物になっており、殺傷能力がとても高そうだ。
「殺れ」
イザベラの命令で、殺戮人形たちが動き出す。
それらは対象の男たちに向かって走り出す。
「ファイアボム」
「トルネード」
男たちはイザベラが生み出した殺戮人形へ向けて攻撃魔法を放った。
中級火魔法に上級風魔法。
イザベラの泥人形を破壊する威力はあったはず。
しかし――。
「魔法が発現しない!?」
「泥だ! あの悪女が、俺たちの杖に泥をつけやがった!!」
魔法は魔力を杖の先端に込め、呪文で発現する。
男たちの杖は先端にイザベラの泥が付着し、放出するはずの魔力が閉じ込められている。
「ひとまず距離をおいて、立て直しを――」
魔法が封じられた二人は、態勢を立て直すため撤退を選択した。
(もう……、勝敗はついている)
フェリックスはもう分かっていた。
この勝負はイザベラの圧勝だと。
「足が動かねえ!」
「う、うわああああ!!」
勝負は二人の防御魔石を破壊した時点で決まっていた。
(防御魔石を破壊するための攻撃は目くらまし)
イザベラは派手な泥魔法で相手の注意をそちらに向け、別の泥魔法を彼らにかけていたのだ。
魔法と動きを封じられた男たちは、イザベラの殺戮人形たちの餌食になる。
「ああああ!!」
「や、やめてくれえええ!」
人形たちに感情はない。
形成した主人の命令を淡々とこなす。
両腕の刃は、スパスパと人間を切り刻む。
「ふ、ふふ!! 最高の響きじゃ!!」
男たちの断末魔にイザベラは悦んでいた。
「もっと、もっと聞かせておくれ」
イザベラは恍惚の表情で、身体を切り刻まれる男たちを見ていた。
少し経ち、二つの首を残した肉塊が完成した。
四肢や胴体が細切れになっており、血溜まりと散乱した内臓があった。
始めに一撃で葬った守護騎士の方がマシと思えるほどの地獄。
役目を終えた五体の殺戮人形たちは泥へと戻る。
(……これが女王イザベラの本性)
残虐な殺戮を好む、独裁者。
護衛騎士を付けなくても、小隊一つであれば自力で滅ぼすことの出来る泥魔法の使い手。
(戦闘スタイルはゲームそのものだ)
イザベラは革命軍ルートのラスボスにあたる。
複数体の多彩な泥人形の成形、泥で相手の魔法や行動を制限する強敵だ。
フェリックスはゲームでイザベラと戦い、何度もセーブとロードを繰り返して、やっとのことで辛勝した。
それが九つ目のルートクリアで、クリスティーナの光魔法や、攻略対象キャラたちを最強に近い状態に育てないと勝てなかった。
(イザベラは絶対に敵に回してはいけない)
フェリックスはイザベラの圧倒的な力を見て、そう心に誓った。
次の更新予定
どうして僕の魅力は悪人ばかりを引き寄せるの? 絵山イオン @e_yakiniku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。どうして僕の魅力は悪人ばかりを引き寄せるの?の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます