第10話 【傾国の美少女】と二度目の休日

 家に入り、先週のように手洗い諸々を済ませてからリビングに案内をする。

 ソファに座った椿芽の隣に座る。近すぎず、遠すぎない位置へ。


「二回目……一週間って結構あるね」

「そうだな。一週間の密度じゃなかった気がする」


 椿芽と会ったのはもちろん、高校生活も始まった。最初の授業はオリエンテーションがほとんどだったけど、それでも目新しさがある。そのせいか結構長く感じた。


「さて、じゃあ今日はどうしようかな。前みたいに動物系の動画を見ても良いんだけど……」


 それでも全然いい。日々動物系の動画は更新されるし。人によっては毎日上げるので週七本とか溜まる。そういう人は結構稀だけども。

 とにかく、毎週一緒にいくらでも見ることは出来る。でも、それだけだとこう、なんていうか……違う気がする。他にも色んな休日の過ごし方を経験して欲しいし。


 少し考え、決める。


「よし。じゃあ今日は動物も出てくる映画とかどうだ?」

「映画……うん、いいよ」


 断られたらまた色々考えるつもりだったが、幸いすんなりと受け入れてくれた。

 動物中心の映画っていうと、あれが良いかな。俺が昔好きだったやつ。


「飲み物は冷たい系と温かい系、それか常温どれが良い?」

「温かいのが良い」

「分かった。……ホットミルクとかどうだ?」

「貰う。カルシウム大事」


 味が分からないとはいえ、ただお湯を出すのもなと……匂いも大事だしと思って聞くと、頷かれた。

 ホットミルクの準備をし、映画の準備をする。最近観てなかったのでタイトルの記憶がおぼろげだったが、無事に見つけることが出来た。


「これはどういう話?」

「そうだな……思春期の男の子が色々悩む話、って言えば良いのかな。主に恋とか勉強、将来のことに悩むんだ。でも、誰にも話せなくて……唯一、ペットのアレックスにだけ話せる。アレックスと少しずつ成長していく話だな」


 よくある話と言えばそうなのだが、子供でも分かりやすい。お母さんとお父さんが言うには大人にも……大人だからこそ来るものがあるらしい。

 それに、何より……


「アレックスがめちゃくちゃ可愛いんだ」

「犬種は?」

「確かシベリアンハスキーだな。もうもっふもふですっごい可愛いんだよ」


 作中でアレックスと戯れる描写が多いのだが、それがもう凄まじく可愛いのだ。というかもう全部が可愛い。


「観てて楽しい映画だから、楽しみにしててくれ」

「うん。楽しみ」


 シリアスな場面はちょくちょくあるけど、全体的にほんわかした感じの映画作品だ。

 まずはこの作品から映画に慣れて貰って、少しずつ色んなものに触れていきたいな。椿芽に映画が合えばいいんだけど


 ◆◆◆


『アレックス。僕はどうすればいいのかな。……アンジェラが男の子と歩いてたんだ。それで僕、すっごく心がモヤモヤして』

『わふっ!』

『……そうだね。明日、アンジェラと話してみるよ。ありがとう、アレックス』


 画面の中で少年が真っ白なシベリアンハスキーに顔をぺろぺろと舐められる。くすぐったそうに笑った後、撫でくりまわしていた。

 めちゃくちゃ可愛い……とほっこりしながらも、少しだけビクついていた。


 大丈夫だと思ってたんだけど……恋愛って地雷だったりしないのかなと。


 ちらりと目を隣に向ければ……目が合った。光一つない、暗い瞳と。


「時雨くん」

「は、はい」


 彼女に呼ばれ、思考を途切れる。背筋をピンと伸ばしながら顔ごとそちらに目を向けた。やらかしてしまったかもしれない。


 そう思ったが、しかし――


「時雨くんって恋人とか出来たことあるの?」

「へ?」


 思いもよらぬ言葉に声を上げてしまう。

 恋人?


「いや、ないけど」

「じゃあ好きな人は?」

「……そっちもない」


『本当?』とでも言いたげに、じーっと黒い瞳が見つめてくる。


「中学は……なんか学校の雰囲気が恋人を作れるものじゃなくてな。からかわれ方が凄かったっていうか」


 高校生になって気づいたが、あの雰囲気は……ちょっと良くなかったなと思う。クラス全体でからかわれるため、公表しなかったりそもそも付き合わない人が多かった。仲の良い男女はそれなりに多かったと思うんだけど。


「まあそうじゃなかったとしても、恋人は居なかったと思うけどな」

「……? そうなの?」

「中学時代も色々あったんだよ」


 白尾と仲良くなるまでも色々あったし、それ以外でも色々あった。ここで話すには長すぎる。


「その辺も機会があったらな」

「うん、分かった」


 こうして話している間、画面では主人公がアレックスと戯れている。……もうしばらく会話はないな。


「ちなみに椿芽はどうだったんだ?」

「私もないよ」


 話の流れとして聞いてみると、椿芽は即答してきた。そこで会話は終わる……と思いきや、彼女が続ける。


「私、共演者からは大体嫌われてたから」

「……そう、だったのか?」

「うん。モデルってプライドが高い人多いから。私の載る雑誌だと必ず私が目立つ」

「……なるほど」

「そう。それで、撮影が重なった時は敵対視されるか……綺麗すぎて怖がられる」


 その言葉が全然嫌味っぽくないのは、全て事実だと分かってしまうから。……畏怖してしまうほどの美しさと言われても、違和感を抱くどころか納得してしまいそうになる。


「あとは私を利用しようとする人くらいしか居ない。……そもそも誰かと仲良くなることも少なかった」

「……そうか」

「うん。だから、恋とかもよく分かってない」

「それに関しては俺も似たような感じだ」


 俺も恋はよく分からない。いや、映画とか漫画でどういうものなのか頭では理解しているけど。自分があんな風になるとは考えられない。

 俺の言葉に椿芽はじーっと顔を見つめてくる。


「でも――」


 その言葉が最後まで紡がれることはなかった。映画の場面が切り替わり、学校に移ったからである。

 開いた口を閉じ、こちらを向いた顔が画面へと戻される。


 椿芽は今、何を言おうとしたのだろうか。


 そんなことを考えながらも、折角映画を観てくれているのに邪魔をする訳にはいかない。

 覚えていたら後で聞こう。……こういうのって大体忘れるんだけど。


 そうして映画に集中し――彼女も楽しんでくれていれば良いなと思いながら、俺も久しぶりだったので楽しむ。小さい頃も観たけど、やっぱり面白い。


 時間はすぐに過ぎていって――主人公が高校生になる。アレックスを撫で繰り回した後、学校へ向かった。そこでエンドロールとなる。


 このサッパリした終わり方、好きなんだよな。人として成長した感じと、全てが良い方向に進む感じ。


 ……椿芽は楽しんでくれただろうか。


 ほんの少しの不安と期待を胸に、隣を観ると――椿芽は瞳を輝かせてエンドロールを見つめている。


「……面白かった」


 その呟きと共に、小さく息を吐き出していた。

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笑うことが出来なくなった【傾国の美少女】を全力で幸せにしようと思います 皐月陽龍 「他校の氷姫」2巻電撃文庫 1 @HIRYU05281

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