第9話【傾国の美少女】と少しずつの変化

「なあ、一つ聞きたいことがあるんだけど」

「なに?」


 次の週の月曜日。椿芽が二度目の休みの日であり、俺は彼女と帰っていた。


「椿芽は『幼馴染』ってなんだと思ってる?」

「……? 時雨くん」

「あ、いや、そうじゃなくてな。俺の質問の仕方が悪かったな」


 椿芽からすれば当然幼馴染=俺なんだけど、俺の聞きたいことからはズレていた。聞き方が遠回りだったなと反省する。


「その、だな。先週の話なんだけど。……俺になら頬を触られてもいいって椿芽言ってただろ?」

「うん、言った」

「……あれってさすがに冗談だよな?」


 椿芽は無表情が多いけど、冗談の可能性は否めない。というかさすがに冗談であってほしい。


 しかし、俺のそんな願いは届かず……


「本気だけど」


 本気だった。しかもちゃんと目を合わせて伝えてきてる。

 本気かぁ……なんとなく予想はしてたんだけど。


「あんまり男にそういうの、言うのは良くないぞ」

「……?」

「男は狼って言われるくらいだ」

「がおー……?」

「……なんで椿芽が狼の真似したんだ?」

「なんとなく」


 真顔でがおーと言われると、こちらとしてもどんな反応をすれば良いのか分からない。……ちょっと……結構心臓が嫌な音を立てたんだけども。


「とにかく、あんまりそういうことは言わない方がいい。特に異性には」

「でも時雨くんは私を傷つけないよ?」

「俺は、だろ? これから他の男の子と仲良くなるかもしれないし……恋人とかならともかく、あんまりこういうのは良くないんだよ」


 そう言えば、椿芽がピタリと立ち止まった。合わせて俺も止まる。


「時雨くん以外の誰かと仲良く出来ると思えない」

「……出来るよ。少なくとも一人は」


 その相手はもちろん、俺の数少ない友人の一人である灰口白尾だ。彼なら多分仲良く出来る……はずだ。彼女含めて内弁慶だけど、優しいし。


「でも私は、誰かと仲良くしたくない」


 どうして?

 ――そう聞こうとしたものの、瞳に宿る深い闇を見てその言葉は飲み込まれる。

 けれど、俺が聞こうとしていることは分かったのだろう。椿芽が続けた。


「相手が友達だと思ってないって分かると、ね」

「……あったのか」

「うん。ね」


 言葉的に一回とか二回じゃ済まなさそうだ。だから俺が幼馴染って言ったことに反応したのかもしれない。


「ごめん、ちょっと配慮が足りなかった」

「ううん。私も話してなかったから」


『友達ならいつか出来るはずだ』と言葉にするのは簡単だけど、俺の自己満足でしかない。それに、これを今の椿芽に言うのは……ダメな気がする。

 でも、それはそれとして。


「一応、な。相当仲良くならない限りはああいうの、あんまり言わない方が良いってだけ覚えておいてほしい」

「分かった」


 仕事で男の人と共演することも少なくないだろうし、向こうから仲良くしたいと思う人も居るだろうし。可能性は決してゼロじゃない。

 椿芽は素直に頷いてくれて……だけど、足は止まったままじっと俺のことを見つめている。


「時雨くんに言う分には問題ないよね」

「……それは」

「時雨くんは私のこと傷つけないもんね」


 分からない。その言葉の意図が。多分深い意味はないんだろうけども。

 ……いや。元々この話は椿芽が暇な時に寝ていて、自分を傷つける人が居るから周りに人が来たら起きるとか。そういう話だった。


 ということは……否定しない方が良いだろう。元々彼女を傷つける気はないんだけど。


「もちろん傷つけたりしない。……だから頬を触る、とかもしないけどな」

「でも昔はよくやってくれたよね」

「む、昔はな。うん。でもまあ、さすがに大きくなったから」

「そっか。


 その言葉を最後に椿芽は歩き始める。しかし、逆に俺は歩けなくなっていた。

 数歩進んで、椿芽が振り返る。


「どうしたの?」

「いや…………なんでもない」


 開き書けた口を閉じ、長い瞬きと共に、頭の奥にある煩悩を振り払おうとする。


 ――って何がなんだ?


 頭の中を動き回る言葉をどうにか追いやり、足を動かす。


「……? うん」


 椿芽も深く聞いてくることなく、二人で歩き始める。


 相変わらず途中ですれ違う人が椿芽を二度見三度見四度見してきたが、それももう結構慣れたこと。


 歩きながらも中々先程の疑問は解けてくれず、別の話をしようと考える。


「そういえば椿芽」

「なに?」

「あれから動物の動画とか見るようになったのか?」


 椿芽は学校で暇な時間は基本的に眠っている。俺が学校に来るまでとか、お手洗いに行っている間とか。そういう時は寝てる。

 動物の動画を見るのは好きだったっぽいし、見てるかなと思ったんだけど……学校ではそんな素振りは見せなかった。

 どうなんだろうと二人になったら聞いてみたかったのだ。


「ううん。見てないよ」

「……ちなみに見ない理由はあるのか?」

「休みじゃないから」


 意外というよりも、やっぱりかという思いが強かった。

 椿芽はめちゃくちゃストイック……ストイック過ぎるくらいだから。


「仕事に悪影響、とか考えてるのか?」

「うん。目が変わるなら余計に」


 その言葉にふむ、と頷く。確かにずっとあのままなら……仕事に影響が出る可能性もゼロじゃない。写真を撮る時は元に戻るので大丈夫だと思うんだけども。


「まあ、仕事に向かう時はあれだけど……帰りとかはどうなんだ?」


 彼女の仕事に対する姿勢を見れば、難しいと分かっている。

 それでも一応ダメ元で聞いてみると――


「そうする」


 彼女は考える素振りすら見せず、即座に返事をしてきた。

 思わず目を見開いてしまい……けれど、なんとなく察することが出来た。彼女の中ではかなり迷っていたことなのかもしれないと。

 もし今の言葉で背中を押すことが出来たのなら幸い……いや、さすがに自意識過剰かもしれないな。


 まあどっちでもいいか。時間がある時に見て、ストレス発散になるんだったら。


 そう思い直し、彼女の隣を歩く。

 椿芽が少しずつでも変わっていくのが分かって、自然と足取りは軽くなっていた。

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