第31話 月下の決闘
(三人称視点)
ティグルとフィレム。この学園屈指の強者である二人が、夜の校舎で対峙する。
勝者は一人。勝った方がこの学園の、新たな頂点となる戦い。
「――【
極短の詠唱と共に、フィレムの足元から炎が噴き上がる。
炎を推進力とした超高速、超火力攻撃。フィレムを最強たらしめる戦術。
「【極点】」
対してティグルは、技の名を呟くだけで動きはない。
だが見るものが見れば、その肉体に巡る力が、足元に一極集中しているのがわかるだろう。
無論フィレムも、その力の流れは既に見抜いている。
(これまで戦った剛剣使いの中でも、奴は間違いなく最強だろう)
全身に熱を、冷静に思考を巡らせるフィレム。
油断など一欠片も存在しない。確実に、完璧な勝利を手に入れる為に、獅子は一切加減をしない。
(生半可な攻撃は剛剣使いには逆効果。奴の極点という技に、エネルギーを吸い取られれば終わりだ)
(ならば――こちらも火力を一点に集中する。魔術と剣術。私のもてる全ての力を一点に叩き込み、極点もろとも噛み砕く)
フィレムの選択は正しい。
長期戦になればなるほど、極点は力を吸って大きくなる。
故に短期決戦。フィレムの持つ長剣に魔力が流れ込み、刀身に沿って炎が噴き出す。
バーナーのように一直線に伸びた炎が、屋上の静寂と月光を掻き消した。
(やはり。フィレムの適正は剛剣の方だったか)
そしてティグルも、フィレムの体内を巡る力の流れは認識していた。
運動エネルギーや魔力を一点に集中し叩きつける。それはまさに剛剣術の戦い方。
フィレムは柔剣と剛剣、両方を使いこなすハイレベルの剣士。
だがどちらかと言えば適正があるのは剛剣だろうと、ティグルは彼女を見た時に見抜いていたのだ。
つまりこの戦いは剛剣と剛剣、同じ系統の剣士の戦い。
そして両者共、ガリウスの様に絡め手を使うつもりはない。真正面から全力をぶつけ合う腹積りだ。
(つまり――)
(――勝負は、一瞬)
両者の思考がシンクロする。
互いに同じ剣術、近い実力を持つが故に、その思考も行動も手に取るようにわかる。
それを理解した上で、先に動いたのはフィレムだった。
「【
一瞬の加速。踵から噴いた火が彼女を前進させ、屋上に線状の焦げ跡を残す。
その瞬間には既に、足元に回した魔力も剣に移動させている。彼女の制御限界ギリギリの臨界火力。
剣の速度は音速を超え、摂氏千五百度を超える高熱。人体など消し炭になる火力だ。
威力もタイミングも完璧。生涯最高の動きで放たれたその必殺の一撃は、寸分狂わずティグルの剣に吸い込まれていく。
(私とお前では覚悟が違う。背負ったものの重さが違う――)
(私は負けられないのだ、ユーウェインの名を頂に導くまでは!)
ティグルとフィレム。実力の拮抗した者同士のぶつかり合い。
ならばそれを制するのは、より強い覚悟を持った者である――
「――
そう考えていたのは、フィレムだけであった。
ティグルの剣を持たない左手が、炎の剣を握り潰していた。
「は――?」
「なんだ、このふざけた剣筋は。そんな脆弱な心構えで勝てる気でいたのか。この俺に」
力が、吸い取られる。
魔力も、運動エネルギーも、フィレムの中の残された力までも。
搾りかすとなったフィレムが、立っていられず膝を突く。
剣を合わせることすらできず、彼女は敗北した。
「ハァ……ハァ……!」
(なんだ……? 今の力は……一瞬で全てを根こそぎ持っていかれた)
「狙いも丸見え、集中も散漫。何より心が身体に追いついていない――」
静寂を取り戻した月夜が、勝者を讃えるようにティグルを照らす。
夜闇に膝を突くフィレムには、まるで目の前の男が得体のしれない化け物のように見えた。
「今のお前では俺に勝てはしない。どうやら俺が今戦うべき相手は、お前ではなかったようだ」
そこ知れない実力。見透かすような眼差し。
この時フィレムは、真の意味で理解した。この男との途方もない実力差を。
初めから勝負になどなっていなかった。ティグルはフィレムに
実力が拮抗しているなど、思い上がりにも程がある。
(勝てない)
この瞬間。フィレムは生涯忘れられないであろう、敗北感を味わった。
築き上げてきた自分の何かに、亀裂が入るのを自覚した。
「……。この勝負はなかったことにしておく。フィレム、お前は本調子ではないようだったからな。本当の実力はこんなものではないだろう?」
「――――」
「再戦は受けない。少なくともお前が抱える問題を解決するまではな」
用は済んだとばかりに、ティグルは
その視線は既にフィレムの方を向いておらず、別の方角を
「……俺はお前のことをよく知らない。だが話を聞くことくらいはできるかもしれない。その気になったら、いつでも尋ねてくるといい」
「…………」
ティグルの言葉が聞こえているのかいないのか。
足取りも
敗者の無様な去り際を、ティグルは最後まで見ることはしなかった。
◆
「――出来損ないが。所詮は女か」
そして、ユーウェイン家の屋敷。
当主であるレオルド・ユーウェインは
「長年鍛えてやったというのに、平民に無様な敗北を喫するとは。とんだ期待外れであった」
「――では、どうするんです?」
「見てくれはまだマシだからな。
「ふふ、お嬢さんも可哀想なことで」
「私の期待に応えられない愚か者であるのが悪いのだ。あんな出来損ないが娘など、つくづく運命というのは私を嫌っているらしい」
レオルドが拳を握りしめる。
その紅蓮の瞳には、ドス黒い憎悪の感情が宿っていた。
「だが私は諦めんぞ。再び栄光を掴み、ユーウェインの名を世界に刻むまでは」
「結構なことで。俺たちも金さえ払ってくれるならお付き合いしますよ」
「当然だ。何のために高い金を払っていると思っている」
そしてレオルドは指示を出す。
【
「ティグル・アーネスト、そしてリリ。この目障りな平民共を始末しろ。今度は確実に殺せ」
◆
「――ようやく尻尾を見せたか」
ティグルは去り行くフィレムに視線はくれず、ある一点をじっと睨んでいた。
少し前から感じていた監視の気配。この気配があったからこそ、ティグルは今夜の決闘を予想できたのだ。
それを全て理解した上で、彼はフィレムを完膚なきまでに叩きのめした。
「視線にへばりつくような悪意。リリをやったのは貴様等か……?」
――ティグルの表情が歪む。
人間としての皮を脱ぎ捨て、獣としての本性を垣間見せた瞬間だった。
「俺は逃げも隠れもしない。だが向かってくるなら、命を捨てる覚悟をしろよ」
◆
「――マジか。この距離から気づかれた、二キロは離れてるはずなんだが」
男はそう呟いて場を離れる。
気づかれたのなら監視の続行に意味はない。足早にその場を去る。
「すげぇ気迫。まるで獣だ、どんな生き方したらあんな顔ができるのかね?」
浅黒い肌をした男、【
「そんな奴ほど、絶望する時はいい顔をしてくれるもんだ。……お前はあの妖精ちゃんよりいい顔をしてくれるかな?」
◆◆◆
いよいよ終盤へ。ここまでお読みいただきありがとうございます。
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孤高の剣鬼やめます。転生したのでまずは学園で友達作りから〜ぼっち剣士、転生して次こそ最強を目指す〜 猫額とまり @nyanyanyanbo-
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