第30話 獅子の生まれた日
(三人称視点)
――フィレム・ユーウェインは、幼くして騎士となることを定められた。
「【円卓の騎士】となれ。この私のように、ユーウェイン家の威光を受け継ぐのだ」
フィレムを産んだ母は早々に亡くなり、父レオルドは唯一の娘であるフィレムに、騎士となるための厳しい試練を与え続けた。
それでもフィレムは、決して不満を漏らすことはなかった。父親の期待に応えるために。立派な騎士になるために。
毎日毎日、剣を振り続けた。
転機が訪れたのは、とある剣術大会に参加した時のことだ。
当時のフィレムは九歳。今の内に実績を残し、名を広めておこうと目論んだレオルドの命令で、同じ貴族と剣を交えるようになった。
フィレムにとっては、訓練を除いて初めての実戦だった。
「――そこまで! 勝者フィレム・ユーウェイン!!」
審判が告げた勝利宣言を聞いた時の、身体を巡る熱と心臓の高鳴り。
その未知で甘美な感覚は、幼いフィレムに願望を植え付けた。
“剣って、楽しい――!”
そのまま大会で優勝したフィレムは、より一層剣の修行に励むようになった。
炎の魔術に適正を示し、剣技と組み合わせることで爆発的な成長を遂げた。
もはや同世代の貴族で彼女に敵う者はおらず、誰もが彼女の将来を期待していた。
だが、フィレムの人生は順風満帆には進まない。
「クソっ!! 私は
父レオルドの、突然の円卓の騎士の地位剥奪。
とある魔女が引き起こした
その結果が、円卓の騎士からの除名。代々円卓の騎士を輩出してきたユーウェインの名に、彼は傷を付けてしまったのだ。
「だが私は諦めんぞ。まだフィレムがいる。娘を円卓の騎士に入れることができれば、ユーウェインの栄光を取り戻せるに違いない!!」
それからというもの、レオルドは豹変してしまった。
元より厳しかった性格は更に苛烈となり、フィレムに対する訓練はもはや虐待に近いものとなっていった。
毎日毎日。身体中をアザだらけにして、肉が焦げても、血反吐を吐いても。
それでも一切弱音を吐くことなく、フィレムは剣を振り続けた。
“私が、ユーウェイン家を立て直さなければならない”
“敗北は許されない。私は円卓の騎士になるのだから”
父によって植え付けられた、貴族としての矜持と覚悟。
それがフィレムの内面を、冷たく、鋭く磨き上げていく。
……それでも。心の奥底に眠った願望は。
剣を純粋に楽しむ心は、まだ密かに火を灯していた。
◆
その日もフィレムは、ある剣術の大会に出場していた。
身分を問わない、貴族も平民も競い合う
フィレムは修行や勉学の合間を縫って、修行がてらこうした剣技の大会に参加していた。
優勝して家の栄誉に繋がるならば、父も制止はしてこない。フィレムの唯一の趣味とも言えた。
結果としてフィレムは優勝した。だが、圧勝とはいかなかった。
決勝戦の相手。平民だというその少女は、フィレムに迫る程の実力者であった。
同世代にこれ程の才ある者が眠っていたことに、彼女は内心驚愕していた。
“今は私が強い。だが敗北した彼女はきっと、より成長を遂げるだろう”
“次会う時は苦戦するかもしれんな。それでも私は勝つが”
同じ剣の道を歩み続けるのなら、彼女とは再び巡り会える。
久しく経験していなかった、近い実力者同士の戦い。それを経験したフィレムは、密かに彼女との再戦の刻を楽しみにしていた。
剣を競い合うことは楽しい。実力が近ければもっと。
そしていつか彼女と、互いに競い合って、高め合って――
「例の平民だがな、事故で両腕を失ったそうだ」
「――――え?」
今日の天気を呟くように。何気ない様子でレオルドは告げた。
「剣士としての道はこれで断たれたな。彼女には気の毒だが、これでお前のライバルは居なくなったという訳だ」
その時、確かにフィレムは見たのだ。
レオルドの顔に、邪悪な笑みが浮かんだ瞬間を。
同時に確信した。これは不幸ではなく、レオルドが仕込んだ事故であることを。
「お前は何も心配しなくていい。ユーウェインの栄光を阻む者は私が対処してやる。
……子の世話を焼くのは、親の役目だからなぁ?」
その日を境に、フィレムは大会に出るのをやめた。
◆
そして、フィレムは王立騎士養成学校へと入学する。
そこで頂点に立ち、学園で行われる
彼女はそれを、父親の命令に従ってこなした。武力と計略を
その過程にも結果にも、彼女は何ら熱を見出せなかった。
学園の生徒と剣を交える時も、あの
“それでいい。剣を楽しむ必要はない。してはいけない”
“私に迫る者が現れたら、父上がその人をまた
父レオルドが犯罪に加担した証拠は、
本人の聞いてもはぐらかされるばかり。長年貴族の世界で生きてきた男は、証拠の隠滅にも抜かりなかった。
何の証拠もない。誰も味方はいない。
歯向かうだけの力もない。そんな勇気もない。
“……頂点を保つことだけを考えろ。それ以外の雑念は要らない”
“誰とも戦うな。そうすれば、あんな事件はもう起きない”
フィレムはそう言い聞かせて、込み上げてくる恐怖から目を逸らし続けた。
その内面はおくびにも出さず、周囲に悟られないよう心に仮面を被った。
弱みを見せれば、貴族社会では食い物にされるからだ。
そして彼女は、冷酷で苛烈な女王を演じ続けた。全てはユーウェインの名を守るために。父親の期待に応えるために。
周囲から見て彼女は、まるでレオルドの生き写しであった。公爵家の恩恵にあやかろうと近づく者はいたが、誰一人彼女を理解しようとする者はいなかった。
“それでいい……誰も私に近づくな”
「――ねぇ、あなたがフィレムって人間さん?」
そして、フィレムの前に現れたのは。
剣の才能を持ち、頂点を掴もうと羽ばたく小さな妖精であった。
「この学校で一番強いんだよね? じゃあリリとどっちが強いか、勝負しようよ!」
◆
(一人称視点)
「『友達を作る百の方法』……図書室でこの本を見つけたまでは良かったが」
日も沈み、誰もいなくなった校舎の屋上。
学生寮を抜け出した俺は、月明かりの下で一人読書に励んでいた。
「いまいち内容が理解できない……俺の学がないからだろうか? 読み解くには時間が掛かりそうだな」
そして俺は本を閉じる。
待ち望んでいた客が、目の前に現れたからだ。
「そろそろ来る頃だと思っていたぞ、フィレム」
「――――」
誰にも告げていない深夜の待ち合わせ。
だが俺は、こうしてフィレムが俺の前に現れると確信していた。
そしてその目的も。
「一応聞いておこうか。何のために俺の前に現れた?」
「……私と闘え。ティグル・アーネスト」
フィレムの抜き放った長剣が、月明かりを反射して彼女を照らす。
映し出されるのは、彼女の本性。
「お前を倒し、二度と立ち上がれないように敗北を刻み込む。それが私の成すべき使命だ」
「……悪いが、それは無理だな」
応じて、俺も剣を抜く。
挑まれた勝負には応じる。そこにどんな理由があったとしても。
「今度は本気で相手をしてやる――来い」
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