死後サブスク

ちびまるフォイ

現世は魂の成熟をお忘れなく

「1299番の死者、4番窓口へどうぞ」


「はい……」


待っている間で自分の死を受け入れてしまった。

窓口で自分の死後身分証を受け取る。


「俺は天国にいくのでしょうか? 地獄でしょうか?」


「さあ? 身分証に書いてあるでしょう?」


身分証をひっくり返す。

『→天国』と書いてあって安心した。

その横に謎の番号が書かれている。


「この天国……の横に書かれている番号はなんですか?」


「ああ、どうせ当たらないから気にしなくていいです」


「はあ……」


「で、サブスクは入りますか?」


「え? 天国にサブスクがあるんですか?」


「遺産を持て余す人も多いですからね」


「いや……俺はそんなにお金もちじゃないですし」


「いいんですか? みなさん入ってますよ?」


「いや心情としてわからないものには入りたくない……」


「そうですか。まあでも入りたくなったらいつでも契約できます」


「めっちゃ推すなあ」


サブスクには入らず天国へと転送された。

そこはどこまでも花畑が広がる素晴らしい場所だった。



数分で見飽きる。



「……退屈だなぁ」


花冠を作っても数分で飽きてしまう。

膨大な死後の人生をエンタメ性ゼロのこの空間で過ごすとは。

むしろこっちのほうが地獄なんじゃないか。


「サブスク……契約してみるか……」


退屈から逃げるようにサブスク契約を決めた。

サブスクに入るやいなや、いきなり服が新調された。


「わ! すごい、めっちゃおしゃれ!」


天国入りたての無課金病院服から一転。

ファッションセンスがない自分でも困らない一式コーデが贈られる。


更にサブスクに加入したことで、現世観察サービスも解禁。

天国のはしっこにある双眼鏡から現世の様子を見ることができる。


「ははぁ、現世は今消費税100%かあ……。

 早いうちに死んでよかったかも」


残された遺族や友達の様子を観察するという日課もできたので

退屈すぎた天国の日常からは解放された。


サブスクにより「天国スマホ」も支給されたので

もうヒマが入る余地はどこにもなくなった。


「サブスク入って正解だったなぁ。

 これは確かにみんな入って当然だわ」


すっかりサブスクによるワンランク上の生活を満喫。



けれど人間とは恐ろしいもので、

あんなに楽しく無限に遊べると思っていたのに飽きが来る。


「やってること毎日同じで暇だな……。なんかもっと新しいサブスクないかなあ」


再び襲ってくるヒマの波に耐えかねて、サブスク案内所へと足を運んだ。

店員の天使はにこやかに迎えてくれていた。

入口近くの横断幕には「ようこそカモさん!」と書かれている。


「いらっしゃいませ、サブスクをお探しですか?」


「ええ。なんか天国の生活も飽きちゃって」


「でしたらこれはどうでしょう? エンジェル・プライム。

 天国あちこちへの転送が無料になります。

 さらにプライム会員なら、アーティストのライブにも無料でご招待!」


「ライブに!? それはいいじゃないですか!」


「現世じゃAIアーティストばかりですから、

 今じゃ天国のほうが人間アーティスト多いんですよ。

 やっぱりライブは人間じゃなくっちゃですよね」


「はい! 他にはどんなサブスクが?」


「ラク天-フリックス というサブスクもございます。

 これは、なんと現世や天国のグルメがあなたのもとに届きます!」


「食事が楽しめるんですか!?」


「ええ、死後も味覚を再現して食事が楽しめます。

 世界の名産に舌鼓を16ビートで刻んでください」


「契約します!!!」


「さらにまだあるんですよ」


「聞かせてください!! とりあえず入ります!!」


それからもサブスクは雪だるま式に増えていった。


サブスクに契約したことで一軒家が与えられ、

そこでは大好きな音楽を流しながら、あてがわれた異性と暮らせる。


「ワタシ、アナタ、スキヨ」


「ああもう最高だ! サブスク契約してよかった!!」


日がな一日家でダラダラし、外に出ればサブスクでライブに行ったり映画を見たり。

昔のゲームから、新作の現世のゲームもサブスクで遊べちゃう。


天国にある遊園地だって優先案内されるし、

もう気分はすっかり上級天国住民。


もう前の生活には戻れないと思った矢先のこと。

朝に目をあけると何もかもが消えていた。


「あ、あれ……。俺の家は……?」


花畑の上で、ワンピースのような初寄服を着せられて寝ていた。

なにかの異常があったのか。サブスク案内所へ向かう。


「あのサブスクサービスが軒並み消えてるんですけど」


「契約名は?」


「〇〇です」

「お調べします」


しばらくしてから無惨な言葉が告げられた。


「残金不足ですね」


「え゛」


「あなたが生前貯めていたあらゆるお金が尽きたので、

 サブスクサービスが停止したんです」


「い、いやいやいや……今さらこんなデフォルト生活に戻れと!?」


「イヤですか?」


「当然ですよ! こんな娯楽ひとつない場所でどうしろと!!」


「実は、支払い方法は遺産のほかにございます。

 魂による精算もできますよ」


「た、魂……?」


「しかも魂なら生前相続税もかからないのでむしろお安い。

 いかがです? 今度は魂を使ってサブスクを継続しませんか?」


「もとの生活になんて戻れませんよ!!」


サブスクの支払い方法を更新して再度契約。

天国はふたたび彩り豊かで退屈しらずのアミューズメントパークになった。


「ああやっぱりサブスク最高! これがなくちゃ始まらない!」


「ワタシモ、ソウ、オモウワ」


「せんきゅーマイワイフ。愛しているよ」


これでもう安心と思った。

1週間後に家に真っ赤な紙が届くまでは。



>魂の残量のお知らせ


>あなたの魂の残量がごくわずかとなりました。

>見込みでは来月のサブスクのお支払いができません。



その紙には死刑宣告のような言葉がつづられていた。


「た、魂ですらもう支払いできないのか……?」


なんとか案内所にかけあったが、他の支払い方法はないとのこと。

遺産も使い切り、魂も今に使い切ろうとしている。


「ああ、あと数日でサブスクなしの人生が始まるのか!?

 そんなの耐えられない! どうすりゃいいんだ!」


今までサブスクにより幸せで濃密な時間を享受してきた。


でもそれは与えられたものを満喫していただけで、

自分がなにか変えたり努力したりして得たものではない。


それだけにサブスクが今まさに消えようとしている状況でも

なにも思いつかないし、なにもできやしなかった。


「明日ついにサブスクが終わるんだ……。

 ああどうしてもっと生前にお金を貯めなかったんだ。

 どうして生前もっと魂を充実させる努力しなかったんだ……」


ぶつくさ文句を言いながら最後のサブスクベッドに横たわった。




翌朝、目が覚めると家が消えた花畑。

そのはずだった。

まっくらな場所で目が覚めた。


「あの……ここはどこですか?」


お誕生日を祝うかのようなクラッカーが鳴らされる。


「おめでとうございまーーす!!!」


「え!? ええ!?」


「幸運にもあなたは現世への輪廻転生くじに当選しました!」


「はい!?」


くす玉が割られてハッピー極まりない雰囲気だが、

飲み込めていないのは自分だけだった。


「あのひと違いじゃないですか?

 そんなの応募したおぼえないですよ?」


「おや、あなたの天国身分証の裏を見てください」


「数字がありますけど……」


「その数字こそが、この輪廻転生くじの当選番号なんですよ!」


「そんな年賀状の宝くじみたいな……」


「とにかくあなたは現世へふたたび受肉することができました!

 よかったですね! ふたたび人間として生活できるんですよ!」


「え、ええ……? それはうれしいです」


「でしょう!? そうでしょう!?」


万雷の拍手が贈られ、お立ち台の上に立たされる。

なにやら空から1本のロープがぶら下がっている。


「ではそれを引いてください」


「これですか?」


ロープを引いた瞬間。

足元の床が抜け現世へとまっさかさま。


「いってらっしゃーーい!! よい来世を!!!」


遠くで天国から声が聞こえた。

でもすぐに聞こえなくなった。




現世では新しい生命が誕生した。


「おめでとうございます。元気な男の子ですよ!」


「そうですか。スペックは?」


「顔の平均値も高く、頭脳も申し分ない。

 これはなかなかいい個体ですよ」


「ああよかった。うれしいわ」


目を開けるとうっすら現世の世界が見えた。

これからまた新しい人生は始まるのだろう。



「ただ……」


「ただ?」



「魂の濃度が低いみたいなんですよね……。

 普通、生まれたときは魂の濃度は最高値のはずなんですが」


「あらそう。それじゃやり直しね」



その言葉を最後に、次に目を覚ましたのは再び天国だった。

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