第2話 神獣ルフェン

 ここは南の大陸の最北部に位置する港町、サウラポートだ。

 冒険者ギルドの勢力圏の南端はこの辺りまでとなっている。

 言うなれば、さっき出てきた冒険者ギルドの施設が最も南の建物なのだ。


(さて、また一人旅に戻ってしまったな……)


 せっかく古くからの友人に会うことができたのに、会って早々に別れてしまったのだ。

 この旅が終わればまた会えるだろうが、それまでは我慢しなくてはならない。


 ところで、友人の多い北の大陸を離れて南の大陸にいるのにはとある目的がある。

 それは、封印されている四神獣を解放するというものだ。

 その力は世界の均衡を保つために必要である。

 現在世界が力を失いつつあるようで、魔物の動きが活発化してきている。

 特に竜の飛来が頻発し、それを未然に防げるのは神獣しかいないそうだ。


 今は四神獣の一体が封印されているという、ここから西に行ったところにある霊山へと向かっている。



 一旦サウラポートを出る。

 港町らしい景観は内陸側に行くと無くなり、そこには二つに分岐する街道と草原と森しか無くなった。

 一人で先へ進むのもいいが退屈なので、俺の相棒を呼び出す。


「ルフェン、出てきていいぞ」


 何もない空中に呼びかけると、空間がグルグルと渦巻き始める。

 そして光が弾けるようにして出てきたのは、体高が人の背丈を超える大きな狼だった。

 白銀の毛並みは美しく、それでいて発せられるオーラには威圧感があった。

 その体躯と相まってじつに神々しい。

 神獣ルフェン、それがその狼の名前である。


「呼んだか、フィストよ」


 重く響く、重厚感のある声がその狼の長い口から発せられる。


「ああ。頼みたいことがあってな」

「それは背に乗せてくれ、ということか?」

「ばれたか……」

「そんなところだろうと思ったぞ。ま、我は構わないがな。はっはっはっは」


 ルフェンは低い声で息を吐くように笑う。


「目的地はどこだ?」

「あそこに一際高い山が見えるだろう?あの辺りらしい」

「あの山か……確かパースの住処だったように思うぞ」

「パースって誰だ?」

「我と同じ、神獣よ」


 なるほど、やはりあの霊山に神獣が封印されているというのは間違っていないようだ。


「じゃあ、その神獣パースについて詳しく教えてくれ」

「残念ながら、あやつに関して詳しいことは何も知らん」

「何でもいいんだ。とにかく情報があれば教えて欲しい」

「そうか?ならばよい。我が知っている限り話そう」


 そうして語ったのはパースという神獣の詳細。

 深紅の羽根に包まれた巨鳥で、気さくな性格らしい。

 時折精神世界から実体化して、世界中を飛び回っているそうだ。


「あやつが封印されているならば、やはり山の頂上であろうな」

「ルフェンの場合は大洞窟にできたダンジョンの最奥だったが、封印された場所は性格とか種族とかと何か関係があるのか?」

「無いのではないかな。我も適当に言ってみただけだ」


(何だよそれ……)



「相変わらずだが、これは気持ちいいな!」

「あんまり喋るな。舌を噛むぞ」


 俺は疾走するルフェンの背中に捕まりながら言う。

 流石神獣というべきか、ものすごく速い。

 あっという間にサウラポートは豆粒のように小さくなる。

 何度も森を抜けた。

 時折すれ違う旅人や商人がびっくりして俺たちの方を振り向く。


 最初の方は余裕があったのだが、流石に一時間を過ぎると音を上げそうになった。

 俺はルフェンに止まるように指示を出した。

 いざ止まってみると、足元が変な感じがした。

 地面に降り立ったその瞬間にくらっとしたのだ。


「ほら、止まらない方がいいぞと言ったろうに」

「そうだな、すまん。俺が、間違って、いた、うっ」


 言いながら、俺は一瞬吐きそうになった。

 これ以上進むのは困難と判断し、そこで野営することになった。



 § § §



 翌日、俺たちは早朝から街道を駆ける。

 後ろから上ってくる朝日が差してくる。

 その中を、俺たちは進んでいる。


 ルフェンに苦情を言ったからか、今日の走りはなんだか遅くなっているような気がする。

 これはこれで違和感しかないのだが、昨日よりかは気分は楽だ。

 風を切るくらいの速度で、気持ちを落ち着けさえすれば心地よさも感じる。


「ルフェン、これからもこれくらいで頼む」

「そうか?昨日の半分くらいの速度だから到着は遅くなるであろうが」

「え、半分でこれか?」


 俺は思わず聞き返した。

 今の速度ですら馬の襲歩を大きく上回っているというのに、一体昨日はどれくらい飛ばしていたんだ……。

 だがその成果もあってか、霊山は明らかに近づいていた。

 このペースでいけば昼までには麓まで到着できそうだ。



 太陽が高く昇った頃、無事に山地の麓に着くことができた。

 歩けば一ヶ月はかかったであろう距離なので、ルフェンに感謝だ。

 ……といっても、ここから更に山地の中を進んで霊山に行かなければならない。

 途中までは山道があるが、その山道は霊山を素通りして奥へと続く。


「とりあえず、今日はこの辺にしておくか」

「そうであるな。我も少し疲れた」


 足に生えた白銀に輝く毛は、走った時に立った土ぼこりで少し汚れていた。


「我は少し眠る。何かあれば呼んでくれ」


 ルフェンは無数の光の欠片へと変わり、空間に消えていった。

 こうやって俺の魔力に溶け込んで休息しているのだ。

 精神世界とを行き来するよりも簡単にできるらしく、ルフェンはそっちの方を多用している。


 まあ、ここまで来たら後もう少しだ。

 しばらく休ませておいてあげよう。

 ……まだ午後の時間は残っている。少しでも先に進んでおくか……。



 山道は左右に岩山がそり立つ谷間を通っている。

 見上げればゴツゴツした岩肌がある。

 崩れてくることは無さそうだが、一応警戒して道の真ん中に寄っておく。

 そして、見慣れない木も生えている。

 松、というやつだろうか。話には聞いていたが、実際に見たことは無い。

 地面の草の色も濃い緑色をしている。

 こうして観察してみると、北の大陸とは全く違う自然の様子なんだな。

 異境にいるんだと実感する。


 山地に入ってから少し歩くと、【上位空間把握】に一つの強力な反応があった。

 【上位空間把握】は俺の持つスキルの一つで、能力はいろいろあるがどれも空間の情報を感知するのに役立つ。

 ある程度の距離までなら意識していなくても直感的に分かるので、森の中や曲がり角の多いダンジョン内での探索に有効だ。

 そして、今回は前方からこちらへ歩いてくる強者を捉えた。

 人は比較的少ない魔素の量が多く、人型の影であったが明らかに人ではなかった。


 その魔物が姿を現した。

 血走った上に赤っぽく光る獰猛な目、その片方には縦に大きな傷が入っていた。

 黒に近い体毛は、血で赤く固まっている箇所がいくつかある。

 二足で立っているが、その足には傷によって毛が生えなくなってしまった場所がある。

 腹には一方の肩からもう一方の腰にかけて大きな傷がある。

 爪はそれなりに長く、これだけが新品のようにギラギラと輝く。

 その爪の先からは血が滴っていた。

 激しい戦いを勝ち抜いてきた歴戦の個体なのであろう。

 そして、ここからでも分かるくらいに大きい。

 俺の身長よりも頭一つか二つは大きそうだ。


 スキル【最上位鑑定】を発動させる。

 目の前に現れた鑑定結果のウィンドウにさっと目を通す。

 どうやらその魔物は鮮血ブラッディ人型熊ワーウルススロードというらしい。

 この近辺に発生するワーウルススのユニークで、やはり特に好戦的なようだ。


 熊は俺を敵と認めたようだ。

 俺を真っ直ぐ見つめ、そして走ってくる。

 その足は思ったよりも速い。

 俺は息をつく暇も無く戦闘態勢に移った。

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魔法世界創世期 だりょ @daryodaryo

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