第4話 禁忌の鍛錬

 深く呼吸を行い、魔素を取り込んだレナードの体を覆っていた熱いものが一気に膨らみ、全身に広がっていく。


「ぬぅぅぅうう!!」


 体中が燃えるように熱くなり、全身を襲う激痛に耐える。

 歯を全力で噛みしめ、体が飛散しそうになるのを魔力と力で押さえ付けた。


(レナードよ。お前がこの鍛錬法を知っていても実行しなかった理由がよく分かったぞ!!)


 全身が張り裂けそうになるほどの痛みに耐えるレナードは、人生で味わったことのない苦痛を感じながらも歓喜していた。

 体に感じる火を大きくすればするほど、自らの肉体に活力が湧きあがってくるのを実感している。

 効果の反面、痛みで意識を手放したり、全身の力を抜いたら、この体は跡形もなくなるだろう。


(この世界に来る前、こんな鍛練法があるなんて微塵にも思ってもいなかった)


 今、こうして体験したことのない魔法を使っているという事実がレナードの心を満たす。


(この感覚だ……この高揚感こそ俺が求めていたものだ!!)


 魔法を使ったことで気分が良くなったレナードは、さらに狂気じみた鍛錬を続ける。

 レナードが鍛錬を開始してから数時間が経過したとき……


「……もう限界だ」


 ついに体力の限界を迎えたレナードは地面に倒れ伏す。

 先ほどまで感じていた興奮も消え去り、今は疲労と倦怠感が支配している。


「ふっ……ふふ……くっくっ……あっはっはっはっ!!」


 仰向けになり、空を見上げていたレナードは突然笑い出した。


「俺はもっともっと強くなれるぞ!!」


 高ぶる感情のまま叫んだレナードは、重い体をゆっくりと起こす。

 そして、自分の両手を眺めた。


「素晴らしい成果だ……」


 レナードは感動に打ち震える。

 つい数時間前までは枯れ枝のようにか細い腕をしていた。

 しかし今では、筋肉が盛り上がり、血管が浮き出ている。

 その見た目の変化だけでも十分すぎる成果だったが、それ以外にも変化が起きていることに気がつく。


(意識をしなくても感じるな。俺の魔力と周りにある魔素を)


 自分の体に存在する魔力を自然と感じることができるようになっていた。


「さて、試してみるか」


 そう呟いたレナードは、自分の拳が弾かれた岩の前に再び立つ。

 軽く拳を数回握り、具合を確かめる。


「フッ!」


 レナードは軽く息を吐きながら岩へ正拳突きを放った。

 すると、レナードの放った一撃が岩へ炸裂し、凄まじい衝撃が辺りへ広がった。


「ほう……今ので岩が割れたか」


 岩は粉々に砕け散り、破片が地面へ散らばる。

 拳を振りぬいたレナードは満足げな表情を浮かべ、立ち上る太陽に顔を向けた。


「もっと鍛錬をしたいところだが……行くか……約束を守るために……」


 レナードはボロボロの服を翻しながら、その場を後にした。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「うまい!! うますぎる!!」


 白を基調とした制服に身を包んだレナードは魔法学校の食堂で朝食を摂っている。

 白いパンにかじりついた瞬間、そのあまりの美味しさに驚きの声を上げてしまう。


「こっちの肉も口の中でとろける! それに、こんなスープは飲んだことがない!」


 次々と料理を口に運んでいたレナードは、皿の上に載ったステーキ食べて感激する。

 そんな彼の姿を周りの生徒達は唖然とした様子で見つめていた。


「平民は食事の方法も知らないのか」

「見ていて不愉快だどうしてあんなのが……」

「なんで、あんなに騒いでんだよ」


 生徒たちはひそひそと話し合う。

 レナードの食事は彼らの常識から逸脱しており、その光景は異様なものとして映っていた。

 食堂の視線を注がれているレナードは、皿に乗っていた料理を平らげていく。


(まだ足りない! この体はもっと栄養を欲している!!)


 鍛錬によって漲ったレナードの体は大量の栄養を必要としていた。

 そのため、彼は目の前の食事を瞬く間に胃袋へ収める。


「ごちそうさまでした」


 全ての料理を食べ終えたレナードは、椅子から立ち上がり食器を返却口に運ぶ。

 レナードが立ち上がると、周囲の生徒がざわめき始めた。


「おい、あいつ一人で全部食ったぞ」

「信じられない」

「どれだけ飢えてたんだ……」


 驚愕の眼差しを向ける生徒たちを無視して、レナードは魔法戦闘の授業が行われる広場へ向かって歩き出す。


(戦の前の腹ごしらえは終わった。もうやり残したことはない……ただ……)


 戦いを前にレナードが考えるのは、相手が正々堂々と1人で戦ってくるかどうかだった。

 頭の中にあるレナードの記憶によれば、対戦相手であるマルコには常に護衛役の生徒がつきっきりで傍にいる。

 おそらく、今回もその例に漏れず、従者が付き添っているはずだ。


(俺がこの体になってからの初めての実戦になる。できれば、一対一での戦いがよいのだが……)


 レナードはそう考えながら、魔法学校の敷地内にある広場へ足を踏み入れる。

 広場では授業開始前から体を動かしている者たちがいた。

 周りにはこれから行われる魔法戦闘の授業を観戦するために集まっている人たちもいるようだ。


「よく逃げずにきたなレナード。そんなに俺と戦いたかったのか?」


 声のする方へレナードが目線を移すと、そこには一人の青年が立っていた。

 背丈はレナードよりも少し高く、体つきは細く引き締まっている。

 短く整った金髪は、太陽の光を浴び、キラキラと輝く。


「おれ……は……」


 馴れ馴れしく話しかけてくる相手へ、レナードは返事をすることができなかった。

 体が強張り、上手く口が動かすことができない。


(なんだこれは……体が恐怖している……まさか……)


 突然体が動かなくなったレナードは困惑した。


(体が震えて……怯えているのか? この俺が? こんな相手に?)


 レナードは自らの肉体に起きた異変の原因を探るため、相手の顔を凝視する。


「お前! 何かを言ったらどうなんだ!? マルコさまが話し掛けているというのに!!」


 レナードの態度が気に障ったのか、背後にいたもう一人の男性が威嚇をするように叫ぶ。

 男性はレナードの前に立ちふさがり、胸ぐらをつかもうとしてきた。


「よせ。これから俺が戦うんだ、楽しみを奪うなよ」

「しかし!!」

「俺の命令が聞けないというのなら……クロフト、お前をクビにするぞ?」

「……わかりました」


 マルコの言葉を聞いたクロフトと呼ばれた男は渋々と手を離す。


「ふんっ」


 クロフトはレナードを一瞥し、マルコの後ろに立つ。


「残り数十分の余命だ。せいぜい楽しめよ」


 それだけ言い残して、マルコはクロフトと共に去っていった。

 二人の後姿をにらむレナードは、拳を強く握りしめ、奥歯を噛み締める。


(なるほど、あいつらがお前を自殺に追い込んだんだな。俺に任せろ!)


 戦うべき相手を見つけ、レナードはニヤリと笑う。


(やはりクロフト……あやつが邪魔だ。マルコと戦う時はやつを気にする必要があるな)


 マルコとどのように戦うのかレナードが考えていると、教授らしき人物が広場に現れる。

 年齢は40代後半くらいだろうか。

 長い髭を伸ばしており、鋭い瞳で生徒たちを見据えていた。


「よし、全員いるな。これより魔法戦闘の授業を始める!!」

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天下無双の大将軍、剣と魔法の世界を六度死んだ姫と共に派手に駆ける 陽和 @akikazu1012

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